向き合う時と、それぞれの役割
「ロウ、その辺で」
静かな声が格納庫に響いた。ミケだ。その背後には、グレイブさんとゲイブさんの姿があった。
……リビングから連れて来てくれたのか。ロウの役目は、もう終わっている。ここから先は、“当人同士”で向き合う時間だ。
「ロウさん」
グレイブさんがゆっくりと一歩前へ出て、深く頭を下げる。
「通信で、これまでのやり取りはすべて拝見しておりました。……孫のために、ここまで厳しく叱ってくださり、ありがとうございました」
ロウは軽く会釈し、静かな口調で応じた。
「いえ……少々、出過ぎた真似だったかもしれませんが……彼にどうしても伝えたかったんです」
そこへ、ゲイブさんが一歩前に出た。
ぐるぐる巻きのまま動かないゴレイブを、まっすぐに見据えて言葉を投げる。
「ゴレイブ。――もう、やめよう。俺たちの喧嘩は、もう十分すぎるほど大きくなってしまった」
「……親父……」
掠れた声が、ゴレイブの喉から漏れる。
「確かに、お前から見れば、俺は“へこへこしてる”ように見えたかもしれない。客に頭を下げ、低姿勢で対応する姿が、情けなく映ったってこともな」
ゲイブさんは、静かに一歩踏み出す。
「でもな、それは全部――“ありがとう”の笑顔をもらうためだ。そのためなら、何度でも頭を下げる。みっともなくたって構わない」
声に熱がこもる。だが、それは怒りではなかった。父として、職人としての信念がそこにあった。
「それが――“信頼”ってやつだ。それが、“黒狼運送”の誇りであり、同時に――お前の生活を守る手段でもあるんだよ」
静かな余韻が、格納庫の空気を包み込む。
「ロウ。……もうロープを解いて、当人同士で話をさせよう。リビングでいいだろ」
俺がそう言うと、ロウは小さく頷いた。
「そうね。ちょうどいいわ。その間にやっておきたいこともあるし。……監視役は私がやるから、エクスとミケには少しお願いがあるの」
その言葉と同時に、俺とミケの端末に通知が届く。
――海賊船とUNBを一か所にまとめておき、カリバーンで待機。
短い指示だったが、意味ありげだ。俺とミケは顔を見合わせて首をかしげる。するとロウが、口元に人差し指を当ててにっこりと微笑んだ。
……どうやら、内緒の“何か”があるらしい。
まずは、目の前の“海賊もどき”たちのロープを外し、口元を塞いでいたテープも丁寧に取っていく。
「みんな、一旦リビングに移動して話し合ってちょうだい。私も付き添うけど、口出しはしないわ。それに……ゴレイブについてきたお仲間にも、ちょっと聞きたいことがあるのよね♪」
ロウは軽やかな声でそう言いながら、グレイブさん、ゲイブさん、ゴレイブ、そしてその仲間たちを率いてリビングへ向かった。
格納庫に残されたのは、俺とミケだけ。
「……聞かせてたんだな」
俺が問いかけると、ミケが軽く頷く。その狐耳が、わずかに揺れた。
「ロウの指示よ。従業員さんをリビングに連れて行くとき、端末にメッセージが届いてて。あの子たちにも、映像付きで全部見せたわ」
「反応は?」
「悲しそうだった。でも、エクスとロウの言葉には感謝してたわ。ゴレイブの“本音”を聞いたときは……少し怒ってた。裏切られた気持ちもあったんだと思う」
「……そうか」
俺は少し考えたけど、なんとなく“自分に置き換えてみようか”ってのはやめておいた。
だって――うちの父さんときたら、基本、新聞データ読んでるかお茶飲んでるかのどっちかだし。訓練のときだけ、まるで別人みたいに鬼になるんだから……な。
「さて――格納庫に戻って、カリバーンの準備でもしておくか」
軽く肩を回しながら歩き出したところで、ミケがぽつりと声を落とす。
「ねえ、エクス。今回の件って……ほんとに“裏”はなかったの?」
「裏?」
「うん。獅子リサイクル工業のこと、ちょっと調べてみたんだけど――あそこ、結構グレーよ」
俺は一度足を止め、少し考えるように空を見た。
「……ああ、“ゴレイブたち”に関して言えば――裏はなかった」
「本当に?」
「ああ。馬鹿みたいに真っ直ぐ、独断で突っ走っただけだ。ただの暴走だよ。支援も指示も、誰かに操られた形跡も一切ない。彼らは……何の“闇”にも繋がってなかった。ただ、軽率だっただけだ」
ミケが小さく頷く。けれど、すぐに言葉を重ねた。
「でも、獅子リサイクル工業自体は……怪しい。でしょ?」
「ああ、そこは問題だ」
俺は歩きながら言葉を続けた。
「ギルドの内部でも“要注意企業”に指定されてる。表向きはリサイクル業者だけど、扱ってる品の出所が不明なことが多すぎる。今回の継ぎはぎ戦艦にしても、どこで拾ってきたのか見当がつかない。それに……型落ちとはいえ、軍用のUNBを五機も――普通じゃ手に入らない」
ミケの狐耳がぴくりと動く。
「つまり、裏があるのは“ゴレイブたち”じゃなくて、売った“業者”の方かもしれないってこと?」
「そういうこと。今回、ゴレイブたちは“犯罪組織”の手先だったわけじゃない。でも、あの業者は……もしかしたら、そういう連中とつながってるかもしれない」
俺は小さく息を吐いた。
「だからこそ、ロウは――話をちゃんと聞きたかったんだろうな」
俺は歩きながらそう呟いた。
「証拠としての“証言”が取れるかもしれない。たまたまとはいえ、今回で尻尾をつかめる可能性があるなら――見逃す手はないだろ」
「なるほどね……でも、エクスってばすごいのね」
隣を歩くミケが、ふと珍しいものでも見るような顔で俺を見つめてくる。
おっ……なんだよ。俺の知識量に感心したのか?
「……700年も働けば、知識も擦り切れるくらいには蓄えられるのね」
「……は?」
言葉の意味を一瞬で理解できず、俺は目を瞬かせる。
「どういう意味だ、それ?」
「じゃあ聞くけど――学校の授業内容、どれくらい覚えてる?」
「……いや、それは別の話じゃん」
話題の切り替えが雑すぎるだろ。
俺は小さくため息をついて、踵を返す。
「……いいから、行くぞ。とりあえず、指示通りまとめておこう」
「……逃げたわね」
ミケの声が、背中越しに軽やかに刺さってくる。
うるさい、動け。……って、後ろから“やれやれ”みたいな雰囲気を出すな。見えてるんだよ。




