崩れる誇りと突きつけられた現実
さて――これで、少しは改心してくれればいいんだけどな。
「ゴレイブ。……何か言うことは?」
俺が問いかけると、彼は俯いたまま、しばらく沈黙していた。だが次に漏れた声は、まるで噛みつくような響きだった。
「……ない。やっぱり、おかしい。こんなのおかしいだろ……!」
顔を上げたゴレイブの目は、強情な光を宿していた。
「俺たちを……敬うべきだ!そうだろ!?運んでやってるのは俺たちなんだ!生活を成り立たせてるのは俺たちなんだぞ!」
どうすんだよ……ここまで来ても、まだそれか。
俺は呆れたように眉をひそめながら、口を閉ざした。
「だったら――だったら、なんで俺は、こんなことを……!」
叫びにも似た言葉が、ゴレイブの喉から漏れる。その目が揺れた。怒りと混乱と、自分でも整理のつかない感情が絡み合っていた。
「ふぅ……駄々こね。そんなに認めたくないの?」
ロウが静かに呟く。その声音は、諭すでも、怒るでもなく。ただ、冷たく突き放すようだった。
「ああっ!認めてたまるかよ!!」
叫んだその声は、もはや怒鳴りでもなかった。どこか、泣き出す寸前の子どものような、ひどく不安定な響きが混じっていた。
「認めてしまったら……俺は……何で、こんなことを……!」
自分自身への問い。それは誰にも届かず、ただ空気の中に滲んでいく。
その時だった。
「……後悔してるのね」
ロウが、静かに言葉を落とす。その声はいつもの冷たさとは違った。柔らかく、諭すようで――それでいて逃げ道は与えない。
「仲間を巻き込んで、バカやって……全部壊して、現実突きつけられて……」
ロウは視線を逸らさず、まっすぐにゴレイブを見据えた。
「なのに、どうしても認められない。自分のやったことが、あまりにくだらなくて、怖くて……だから言い訳で押し固めて――心の奥に逃げてる」
言葉一つひとつが、ゴレイブの胸に突き刺さっていく。
「でもね。そうやって叫べるってことは――本当は、もう気づいてるってことよ」
ゴレイブは、歯を食いしばったまま、俯いていた。言葉も、反論も、もう出てこない。
――トドメ、いるかな。
「ロウ。もう、バラしてやれよ」
俺がそう言うと、ロウはゆっくりとタブレットを持ち上げ、ホロディスプレイを切り替える。
「う~ん。そうね……そろそろ、現実を見せる時かしらね」
新たに映し出されたのは、ギルドと運輸局へ提出された緊急処理の記録。依頼名目の修正申請、提出義務違反による違約金の処理、そして――
「今回の依頼は、“海賊討伐”だったのよ」
ロウの声は静かだったが、その一言で空気が凍った。
「最初、私たちは――貴方たちをこの世から“消す”つもりだった。海賊なんて、百害あって一利なし。関わる価値すらないと、そう判断してたから」
言葉の端々に、事実ゆえの冷たさが宿る。
「でも、グレイブさんが“生け捕りにしてほしい”って言ってきたの。私たちはそれを受けて、内部内容を確認した……けど、もう申請は通ってた。形式的には“手遅れ”だったのよ」
ロウはディスプレイに指を滑らせ、ホログラムを切り替える。
「それを救うために、ゲイブさんも急遽合流。運輸局への提出用の申請書を、その場で作成してくれたわ」
表示されたホログラムには、提出用データと共に、通信ログが淡く流れ始める。
「これには、通常なら“事前申請”が必須。出し遅れた場合は“申告漏れ”として扱われて――契約違反。違約金が発生するの」
ロウの視線が、真正面からゴレイブに向けられる。
「この件では、“申告漏れ”という建て付けにして処理された。違約金――即日払い。処理責任――黒狼運送が全て負う。さらに、報道各社には“企業責任としての対応”と声明を出し、あなたたちの名前は伏せられた」
ホログラムには、“事故名目による対応措置”“イメージ回復キャンペーン起案”“対象者匿名扱いに関する通達”といった文言が並んでいた。
「最終的に依頼は、“逃走訓練および輸送護衛任務”として書類上は修正。……全て、今日。正確には――ほんの一時間前、ホームのリビングで行われたわ」
ロウは指先でホロを閉じ、静かに言った。
「さて。あなたが“情けない”と吐き捨てた、お父様とお祖父様。その二人が、何も言わず、貴方のためにここまで動いてくれた。……それでもまだ、認められない?」
長い沈黙が落ちた。
ホログラムの余韻が格納庫に静かに残る中――やがて、ゴレイブの唇がかすかに震える。
「……親父……じいちゃん……」
その声は、最初、風に掠れたように弱々しかった。
「……俺は……俺はっ……なんってことを……っ!!」
彼の体が、ぎゅっと小さくなる。肩が震え、うつむいた顔が見えないほど深く沈んだ。
もう、誇りも、強がりも、そこにはなかった。ゴレイブはただ、震える肩を抱えて、沈んでいた。
ロウは、そんな彼を見下ろしながら、静かに口を開いた。
「……わかった?親子喧嘩が、どれだけ大きな騒ぎに発展したのか」
その声は、責めるでもなく、ただ“現実”を並べていく。
「ひとつ聞いてもいいかしら。――貴方、住む場所に困ったことはある?」
「……ない」
「お金に困ったことは?」
「……ないっ……!」
「じゃあ、食事に困ったことは?」
「……ない!!」
叫ぶような返事だった。だが、それはもう反抗ではなかった。ただ、自分でも崩れかけた答えを、絞り出すだけの声。
「……あの戦艦と、UNB。全部で百万円近い支払いだった。……それ、貴方が自分で稼いだの?」
「……違う!違うっ……全部……貰った……!親父……じいちゃんに、全部……!」
震えながら、唇が崩れていく。
「……そう。じゃあ、なんでそんなことが“可能”だったのかしらね?」
ロウの声には、ほんのわずか――感情が混ざっていた。呆れ、怒り、悲しみ。……いや、もっと別の何か。けれど、それもすぐに静かに飲み込まれた。
――沈黙。
ただ、静寂が格納庫に落ちた。ゴレイブは、もう何も言えなかった。




