海賊芋虫
騒がしい格納庫の光景に、一瞬、思考が停止した。ロープで拘束されたパイロットたちが、芋虫のように床を這いながらもがいている。まともに動ける者など一人もいないのに、全員が揃って無様にジタバタと蠢いていた。呆然としている俺の横に、ミケが肩を並べる。
「さっき目を覚ましたみたい。状況がわからなくて、しばらくこの調子だったの。ロウがね、『エクスが戻るまで面白いから見てましょ』って……それで、この有様よ」
ミケの狐耳が軽く揺れ、尻尾が楽しげにぴょこりと跳ねた。
「……なるほど、妙に納得した」
俺が頷くと、ブリッジからロウが姿を現す。手にはタブレット端末を持ち、満足げな笑みを浮かべていた。
「おかえり。データは引っこ抜けた?」
「問題なくな。こっちが抜き出したファイルだ」
俺が端末を渡すと、ロウはすぐにログを確認し――ピンと眉を上げる。
「……あった。これ、見て頂戴」
指先で示されたデータには、ある企業名が記されていた。
「獅子リサイクル工業からの購入履歴……ってことは」
「そう。バックには誰もいないわ。本当に、ただの喧嘩の果ての暴走劇よ。しかも、武装の購入まで正規ルート。どこにも裏はない。……ある意味、清々しいくらい」
肩をすくめながらロウが苦笑する。
「で、いくらだった?」
「UNB一機が十五万UC。それを五機、そして戦艦と一緒にまとめて購入。割引が入って――合計で百万円。ちゃんと領収データもあるわ」
ロウが提示した金額を見て、俺は少し黙った。――高いのか、安いのか。正直、微妙なところだ。
「継ぎはぎ船だったのは、そのせいか。……安物買いの銭失いってやつだな」
「ええ。身の丈に合わない買い物ってことね。結果は、ご覧のとおりよ」
ロウが小さく笑う横で、ミケが狐耳を伏せながら不安げに問いかける。
「どうするの? これ……収拾つけなきゃいけないんでしょ?」
「簡単よ。まずは現実を突きつけてあげましょ」
ロウはそう言うと、拘束された連中に向き直った。
「まずは確認するわ。黒狼運送の内通者、従業員さんは――誰?」
その問いに、一瞬の沈黙。そして、もがいていた一人が思い切り足を上げて名乗りを上げる。
「貴方ね。ちょっと待ってて」
ロウはその人物に近づき、ロープと口を塞いでいたテープを取り除いた。
「痛かったでしょう。ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。社長に頼まれてましたし、ボーナスも弾んでいただく確約もありますから」
軽い調子でそう答える男に、ロウが軽く目を細める。
「ミケ、一応、体の痛みだけ取ってあげて。終わったら、グレイブさんとゲイブさんのいるリビングに案内して」
「了解」
ミケは静かに頷き、指先から優しい魔力を練る。それが男の全身をふわりと包み込み、拘束による軽い打撲と、雷撃を受けた際の不快感をそっと和らげていく。
「これで、少しは楽になったでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
素直に礼を言いながら従業員が立ち上がると、ミケが彼を連れて静かに格納庫を後にした。その背中を、残された海賊たちが恨めしそうに目だけを動かして見送っている。動けぬ身体をもがきもせず、ただ視線だけで抗う姿は――まさに芋虫そのものだった。海賊芋虫。……うん、なかなか良いネーミングかもしれない。
「……なあロウ。この海賊芋虫ども、どうするんだ?」
俺の問いに、ロウは端末を操作しながらも迷いなく答えた。
「まずはギルドに報告。それから、法の裁きが下るわ。死刑か、採掘場で永遠のお仕事かしらね♪」
その軽い口調に反して、内容はとても軽くない。
「で、キャプテンのゴレイブは?」
「死刑ね。間違いなく」
あまりにもあっさりと告げられたその一言に、場の空気が変わった。拘束されたままの海賊たちが、一斉にぴたりと動きを止める。ついさっきまでジタバタと暴れていた姿は、まるで嘘のように静まり返った。
「あら? さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
ロウがわざとらしく挑発しても、誰一人として返す声すら出ない。ようやく、自分たちが置かれた立場の重さを理解したらしい。
そんな中、ロウはゆっくりと視線を一人に定める。
「さて……貴方が、キャプテンのゴレイブね?」
その言葉と共に見つめられたのは、黒狼族の青年。しっかりとした骨格をしていたが、その表情はどこか虚ろで、どこか幼くも見えた。俺より年上なのは間違いない。けれど――なんだろう。妙に情けなく見える。
「さて、それじゃあ――喋れないでしょうから、口のテープだけ取ってあげるわ」
ロウはそう言うと、ゴレイブの前に歩み寄り、軽く指先を動かす。テープが静かに剥がされると、わずかに赤くなった口元が露わになった。だが、ゴレイブは沈黙したまま俯いた。
「最後に言い残すことは? ……グレイブさんとゲイブさんに、別れの言葉は要らない?」
ロウが表情ひとつ変えずに問う。その声音には、脅しにも似た静かな圧力が滲んでいた。
「……ない。俺の我がままだ。これは、全部俺一人でやった。……こいつらは関係ない。俺が脅して、無理やりやらせたんだ」
しぼり出すような声で、ゴレイブはそう言った。その言葉に、他の海賊たちが急にもがき出す。否定の意志を全身で伝えようとしている――だが、拘束された身体では、無意味に床を揺らすだけだ。
「そう……でも、ね」
ロウの声が、ぴたりと冷たくなる。
「それで許されると思っているなら、大間違いよ。――もう遅いの」
その一言に、俺も言葉を重ねた。
「お前らは武器を構えて、実際に襲いかかってきた。その時点で、すべてアウトだ」
さっき、俺たちははっきりと戦闘状態に入った。そして今、映像記録という“証拠”が残っている。
「しかも自分たちから“海賊団”を名乗って、堂々と襲撃してきた。誰一人として嫌々やってる風じゃなかった。むしろ――楽しんでたようにすら見えたぞ」
言葉の端々に、皮肉と怒気が混じる。
「……遅いんだよ」
沈黙が落ちる。誰もがその現実から逃れられないことを、ようやく理解したのだろう。
ロウは、沈黙するゴレイブをまっすぐに見据えた。
「――どうして、海賊になったの?」
その問いは、静かで――けれど逃げ場を与えない。
ゴレイブは一瞬、唇を噛み、それからぼそりと呟いた。
「……親父を、否定したかった」
言葉が漏れた瞬間、その場の空気が微かに変わる。
「だって……! あんなにくだらないクレームに頭を下げて、たいして価値もない荷物なのに、必死に運んで……」
感情があふれ出すように、声が大きくなっていく。
「なんであんなにへりくだってるんだよ! 情けないにも程がある!」
ゴレイブの目は、怒りと悔しさに揺れていた。その奥には、どうしようもなく幼い正義感と、理想だけが浮かんでいる。
「次期社長だぞ!? だったら堂々としてるべきだ! いくら客だからって、なんで俺たちが頭を下げなきゃならないんだ……!」
拳を握ったまま、うつむく。
「……本来なら、客の方が頭を下げるべきなんだ。俺たちが運んでやってるってのに……!」
その言葉には、もう“誇り”ではなく、ただの歪んだ選民意識が透けて見えていた。――けれど、それが彼の“本心”だったのだろう。
俺はゴレイブの言葉を最後まで聞き終え、しばらく黙っていた。その間にも、彼の目には怒りとも悔しさともつかない感情が宿っていたが――俺はため息混じりに口を開く。
「……で? たったそれだけの理由で、海賊に?」
視線を逸らさず、言葉を続けた。
「なんで? いや、マジで聞きたい。お前、バカなの?」
「なんだと……!」
ゴレイブが睨みつけてくる。けれど、ロープでがんじがらめになったその姿では、どう足掻いても迫力など出やしない。――締まらんな。
「親父のやり方が気に食わなかった。それはいいよ。ムカついたなら、ぶつけりゃいい。だけどさ――」
俺は肩をすくめて、呆れ半分に言葉を投げた。
「だからって、他人に迷惑かけてどうすんだよ。社長として“頭を下げるのが嫌”だったからって、“襲って奪えば偉い”ってなると思ったのか?」
ゴレイブは口を開きかけたが、声が出ない。
「結果、何が残った? 壊した信頼、仲間の未来――全部、無駄にしただけじゃねぇか」
言い切った瞬間、背後から声が飛ぶ。
「エクス。そこまでよ」
ロウが静かに制した。俺は肩をすくめて、それ以上の言葉を飲み込んだ。……まあ、これくらいで十分だろう。
ロウは歩を進め、海賊たちを一通り見渡すと、ゴレイブの前で足を止めた。
「さてと……反論は?」
無言が返ってくる。その沈黙を確認して、ロウは一つ頷いた。
「じゃあ――ゴレイブ。ちょっと、これを見てほしいの」
手元の端末を操作すると、格納庫の上空にホログラムが展開される。その中で、いくつかの録画データが順番に映し出されていく。
『黒狼運送さんの配達は丁寧で、本当に助かってます。いつも感謝してます』
『小さな荷物だったのに、すごく丁寧に運んでくれて……驚きました』
『急なお願いにも関わらず、予定より早く届けてくださって。大事な商談に間に合いました。本当にありがとうございます』
『他の業者には全部断られたのに、黒狼さんだけが引き受けてくれた。あの荷物がなかったら、私は今も立ち直れてなかったと思います』
『ちょっとした手紙だったけど、家族のもとに確実に届けてくれて、本当に……ありがとう』
『一言じゃ言い表せないけど、“信頼”って言葉の意味を教えてくれた気がした』
優しい声、感謝の笑顔、そして黒狼運送のロゴがホログラムの端に揺れている。映像はどれも、誇張や演出ではない。心からの“ありがとう”が、画面の中からにじみ出ていた。
ゴレイブは、それを無言で見つめていた。
優しい声。感謝の笑顔。そして、そのすべてに共通しているのは――「黒狼運送」の名だった。
ホログラムの端でロゴがゆるやかに揺れ続ける。そこに映し出された数々の映像は、どれも誇張でも脚色でもない。ただ純粋な「ありがとう」の気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
ゴレイブは、沈黙したままそのホログラムを見つめていた。
ロウが静かに言葉を重ねる。
「これは、黒狼運送に寄せられた“感謝”のメッセージよ」
彼女の声に、怒気はない。けれど、その温度のなさがかえって突き刺さる。
「もちろん、否定的な声もゼロじゃない。けどね――全体を見れば圧倒的に“好意的”なの」
ロウの視線が、真正面からゴレイブを射抜く。
「今の時代で、ここまで誠実な評価をもらえる企業なんて、ほとんど存在しないわ。文句じゃなく、感謝を“言葉にして残してくれる”お客様が、こんなにいるのよ」
ホログラムの“ありがとう”が静かにループし続ける。
「……ねえ、ゴレイブ。これを見て――本当に、情けないと思う?」
その問いに込められたのは、怒りでも非難でもなかった。ただ、静かな“疑問”。だが、それは何よりも重かった。
「お前さ――一つの面しか見てなかったんだよ」
俺はゴレイブに向け、落ち着いた声でそう言った。怒鳴るでもなく、見下すでもなく。ただ、まっすぐに。
「黒狼運送って、そのロゴの通り“安心・安全”をちゃんと貫いてる会社だ」
視線を外さずに言葉を重ねる。
「エルドラ王国にも、運送会社はいくつもある。けど――黒狼運送はその中で、王族専用の配達枠を正式に任されてる」
ホログラムに映る“黒狼”のロゴが、静かに揺れていた。
「その意味、わかるか? いくら技術があっても、信頼されてなきゃ絶対に任せられない。しかも国外の会社が、それを勝ち取ってるんだ。――どれだけ信用が厚いか、分かるよな」
俺はふっと息をついて、続ける。
「うちにも何度も届けてくれた。配達員さんは、毎回笑顔で、どんな無茶振りにも嫌な顔ひとつしない。こっちが恐縮するくらい、ちゃんと頭を下げてくれる」
思い出すたびに、胸の奥にこみ上げるものがある。
「……俺、ああいうの、カッコいいと思ってるよ。あんな大変な仕事、誰にでもできるもんじゃない。それを毎回きっちりこなしてくれる人たちを――俺は、心から尊敬してる」
ゴレイブは、目を伏せたまま言葉を返さなかった。だが、その肩がかすかに震えていたのを、俺は見逃さなかった。




