親子の絆と冒険の覚悟
作戦が固まったその時、グレイブさんの端末が小さく振動し、着信を知らせた。ホロディスプレイを確認すると、ホッとしたように表情を和らげる。
「……息子が来たみたいです」
「私がお連れします」
ロウがすっと立ち上がりながら応じる。声は変わらず落ち着いていたが、その動きには迷いがなかった。
「急いで、運輸局とのやり取りを終えてください」
「わかりました。……もう少しで、完了します」
グレイブさんは短く返事をしながらも、端末の操作に集中していた。その指先には焦りを押し殺した切実さがにじんでいた。
グレイブさんが必死に端末へ入力し、送信を繰り返している中、ロウが迎えに行った息子さんが急ぎ足でやってきた。
「親父! すまない、俺のせいでこんなことに!」
息子さんはドアを開けるなり、駆け寄って低い声で謝罪する。グレイブさんより若くて、そこそこイケメンだな。……ただ、今にも泣きそうな顔で台無しだ。まあ、そんなこと言っている場合じゃないが。
「今は言っている場合じゃない。手伝ってくれ。急いで書類データを完了させるぞ」
グレイブさんは顔を上げ、きっぱりと言い切った。
息子さんもすぐに気持ちを切り替え、そのまま隣に腰を下ろす。ホロディスプレイを手早く操作し始め、指先がためらいなく端末を走る。二人の間には、ピンと張りつめた空気が漂っていた。
そんな様子を見届けたロウが、きびきびと指示を飛ばす。
「時間が迫っていますので、私はブリッジに向かいホームを発進させます。お二人は書類データが揃い次第、私の端末に送ってください」
ロウはそう告げると、ぴたりとこちらへ視線を向けた。
「エクス、ミケは準備に入って頂戴」
ロウの声に応じ、俺は頷く。隣で、ミケもぴんと狐耳を立てながら、静かに頷いた。
「グレイブさん、そして……」
一度言いかけて、俺はふと視線を向ける。
「ゲイブです」
息子さん――ゲイブさんが、端末から一瞬だけ顔を上げ、名乗ってくれた。
「グレイブさんとゲイブさんは、戦闘になった際、このリビングから絶対に出ないでください。お飲み物などは自由に取って構いません。……ですが、それだけは必ず守ってください」
強く念を押すと、ゲイブさんが操作を続けながら、頭を下げた。
「わかりました。息子を……よろしくお願いします」
その声には、父親としての複雑な想いが滲んでいた。
「さあ、出発よ」
ロウが軽やかに促す。
「おう」
俺は短く応じ、肩の力を抜いて立ち上がった。
「わかったわ」
ミケもまた、静かな声で答え、狐耳をぴんと立てたまま俺の隣に並ぶ。
「壮大な親子喧嘩になったわね」
困ったようにミケが俺に言ってきた。狐耳がわずかに後ろへ傾き、微妙な戸惑いが滲んでいる。
そりゃあな。まさか本当に海賊になるなんて、普通は思わない。しかも、何者かの支援があるかもしれないなんて――いやな予感しかしない。
「そうだな。しかし……冒険者初日にしては、色々と起こりすぎだろ」
苦笑しながら、俺は肩をすくめた。思い返すだけで、どっと疲れが押し寄せる。
「ブラックウルフ討伐での採掘場の上司の暴走に、今度は壮大な親子喧嘩。……濃ゆいわ~」
ぼやき混じりに言いながら、俺はミケと並んで格納庫へと歩き、やがて更衣室の前にたどり着く。
「不謹慎よ。……そう思わなくもないけどね」
ミケが小さくため息を吐き、狐耳をふるふると揺らした。彼女の尻尾も、少しだけ力を抜いたように揺れている。
その様子を横目に見ながら、俺は気持ちを切り替えるように声をかけた。
「さて、切り替えていこう。……とりあえず、パイロットスーツに着替えて、タマモを起動させておくか」
ミケもすっと顔を上げ、狐耳をぴんと立てる。先ほどまでの戸惑いを押し込み、静かに覚悟を固めたようだった。
「それから、すぐカリバーンにチェンジしておこう」
そう言いながら、更衣室へと入り、手早く着替えを始める。パイロットスーツに腕を通しながら、ふと独り言が漏れた。
「武装もスケイルシールドだけ……俺って、初日なのに活躍できてないな……」
苦笑混じりに小さく呟く。まあ、仕方ない。今は、与えられた役割を確実に果たすことが最優先だ。
スーツを着込み終えると、更衣室を出る。ミケは、まだのようだ。
そう思いながらタマモへと向かうと、背後で更衣室のドアが開き、ミケも姿を現した。
「お待たせ。……さて、実戦でモードチェンジは初めてだから、ちょっと緊張するわね」
ミケはパイロットスーツ姿で、ぴんと狐耳を立てながら言った。尻尾も、わずかに緊張を帯びたように揺れている。
俺は頷き、タマモのコックピットハッチに手を翳す。承認音が鳴り、滑らかにハッチが開いた。
「大体二秒。……隙としては大きいと思うか、小さいと思うかだけど」
俺はミケに向かって言いながら、軽く肩をすくめる。
「今回は、たぶん心配なさそうだけどな」
「油断しないようにしましょう」
ミケも真剣な面持ちで応じる。俺たちは互いに視線を交わし、息を合わせるようにそれぞれのコックピットへ乗り込んだ。
シートに体を収め、縮退炉の起動シーケンスを開始する。座席周囲に微かな振動と、静かな重力制御の唸りが満ちた。
「ミケ、いいか。今から固定アームを外してカリバーンにチェンジする」
『いつでもOKよ』
ミケの声がヘッドセット越しに返ってくる。落ち着いた、しかし確かな緊張感を帯びた声だった。
俺はホロディスプレイを操作し固定アームの解除する。軽いショックと共に、タマモの機体がふわりと格納庫内に浮かび上がる。
「モードチェンジ、エクス」
静かに宣言すると、タマモの外装が転送され、カリバーンの重装機構が瞬時に展開されていく。ビームのような光と共に装甲が組み換わり、武装ユニットが自動で装備される。
変形が完了すると、ディスプレイに表示が切り替わった。
「OK、リンク完了」
『固定アーム接続。……格納庫内でのチェンジって、ちょっと面倒ね』
ミケが小さくぼやく。
「仕方ない。一応、重力慣性制御があるとはいえ、機体が格納庫内にぶつかる危険はあるからな」
俺は苦笑しながら応じた。
静かに魔力の流れを整え、コックピット内に意識を馴染ませる。カリバーンは安定して起動しており、全周囲モニターに格納庫の映像が静かに広がっていた。
――さて、後は待つだけだ。




