孫の救出作戦と迫る影
恥ずかしい勘違いに悶えている中、グレイブさんが本題に入った。
「今回の海賊討伐なんですが、お願いがあります」
神妙な面持ちで呟くグレイブさん。年季の入った黒狼族の耳がぺたりと伏せられ、どこか悲しげな色を帯びている。
「殺さず、生け捕りにしてほしいのです」
「……はぁ?」
思わず間の抜けた声が漏れた俺に、グレイブさんはさらに肩を落とした。
ますます沈んでいくその様子に、ロウが静かに俺を一瞬だけ睨みつけると、すぐに表情を戻して優しい声で尋ねた。
「理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
(いや、そんなに責めなくてもいいだろ……)
内心でロウに突っ込みながらも、俺も耳を傾ける。
「お恥ずかしい限りなのですが……孫なのです」
え? 孫?
思わず思考が止まった。
「孫? 今回の海賊って……」
「はい」
グレイブさんは小さく頷き、苦しそうに続けた。
「本当に、しょうもない理由なのですが。原因は親子喧嘩でして。息子が叱ったのです――『そんなに仕事の大切さがわからないなら、海賊にでもなっちまえ』と」
そこで言葉を区切り、グレイブさんは目を伏せる。そして。
「……それで、本当に海賊になってしまったのです」
「…………はい?」
信じがたい話に、思わず間抜けな声を漏らす。
ロウもミケも絶句していた。
「なんで喧嘩を?」
俺がそれとなく理由を尋ねると、グレイブさんは少し肩を落としながら答えた。
「孫は……父親――つまり私の息子になりますが、その仕事ぶりが情けないと……」
「そんな。だって黒狼運送って、この付近の業界でもかなり評価が高いですよ。それが情けないって……」
思わず口を挟むと、グレイブさんはわずかに苦笑を浮かべた。
「嬉しいお言葉ですが、孫にはそう映らなかったようでして。……いつもへこへこと頭を下げ、みっともない、と。そんなふうに思ってしまったようなのです」
狐耳をぴくりと動かしながらミケが小さく首を傾げる。
「へこへこ……?」
「ええ。荷主にも、取引先にも、頭を下げる場面が多いですからな。我々にとっては当然の礼儀なのですが……」
グレイブさんは、どこか寂しげに目を伏せた。
「その小さな不満が、積もりに積もったのでしょう。ある日、そこから喧嘩に発展し、息子がカッとなって――『そんなに嫌なら海賊にでもなれ!』と叱ったのです」
「それで……本当に海賊になったと」
俺は思わずため息を漏らした。
「親子喧嘩の規模……」
ぼそっと呟いた俺の声に、リビングの空気が一瞬静まり返った。
ロウは軽く額を押さえながら、冷静に一番重要な点を確認した。
「確認です。襲撃は今回だけですか?」
「いえ、何回か行っています。ただ、成功はしていません。……いえ、正確には、させていないのです」
グレイブさんは、静かに言葉を継いだ。
「もしかして」
ロウが鋭く問いかける。
「はい。――その海賊団の中に、信頼できる我が社の従業員を潜り込ませています。監視と、そして、成功させないために」
グレイブさんは、深く息を吐きながら頷いた。
「だから生け捕りを、と」
「はい。孫が襲撃しているのは黒狼運送だけであり、他社や民間人に手を出した事例はありません。被害も一切出ていません。――今なら、まだ、戻れると信じています」
ミケの狐耳が小さく揺れ、尻尾もふわりと落ち着いた動きを見せた。彼女もまた、その願いに静かに耳を傾けていた。
だけど――俺とロウは、恐らく同じことを思っていた。
――手遅れに近い。
いくら未遂とはいえ、海賊行為を繰り返した時点で、普通なら即アウトだ。
死刑、もしくはそれに近い重い刑罰。
成功していないとは言っても……事情だけでは救えない世界だ。
「ロウ」
俺は小声で呼びかけた。
「わかってるわよ」
ロウはため息をつきながらも、すぐに答えた。
「方法がないわけでもないんだけど……間に合うか、ギリギリね」
そのやり取りに、グレイブさんは苦悶の表情を浮かべた。
「何か……間に合わないことでも?」
グレイブさんの問いかけに、ロウは少しだけ言葉を選びながら答えた。
「生け捕りについては問題ありません。ただ……罪に問われる可能性は、極めて高いです。いえ――正確に言えば、もうアウトです」
ロウの言葉が静かにリビングに落ちた。
ミケも、狐耳を小さく伏せ、尻尾をふわりと下ろした。重たい現実が、俺たちを静かに包み込んでいた。
「ただし、一点。迅速に動けば――まだ間に合う可能性があります」
ロウが静かに告げた瞬間、グレイブさんの顔に一縷の希望が灯る。
「それは!」
すがるような声に、ロウは落ち着いた調子のまま言葉を続けた。
「違反金はかかりますが、すぐに襲撃予定地点で“海賊行為時における逃走訓練”の申請書を運輸局に提出してください」
グレイブさんは息を呑むようにロウを見つめる。
「期間は――襲撃が始まる一週間前から、できれば念のため明日いっぱいまでに。急いでください」
ロウの声には、冷静な中にもわずかな緊張が滲んでいた。
「ただし、その場合でも、申請漏れとして違約金の支払い義務が発生します」
グレイブさんの耳がわずかに伏せる。それでも必死に聞き逃すまいと、身体を乗り出していた。
「さらに、申告漏れによる違約金とは別に――制裁措置や報道による企業イメージの悪化も避けられません。企業へのダメージは、大きくなる可能性があります」
ロウの静かな声が、リビングに重く響いた。
再び、沈黙。それでも、完全な絶望ではない。
「それでも――間に合えば、今回の海賊行為は“訓練”として処理が可能です」
ロウはゆっくりと息を整えて続けた。
「そしてもう一つ、大事なことがあります。依頼内容の修正を、すぐに行ってください」
「修正……ですか?」
グレイブさんが戸惑いを含んだ声で問い返す。
「はい。現在、海賊“討伐”としてギルドに提出されている依頼ですが、これを“逃走訓練の補助および護衛”という名目に変更する必要があります。そのうえで、運輸局からの許可証を添付して、私に提出してください」
ロウの視線はまっすぐで、ブレがなかった。
「この場で、私が正式に修正をかけます。それが間に合わなければ――正直に申し上げますが、生け捕りは不可能です」
グレイブさんの狼耳が、ぴくりと震えた。
「今すぐ動きましょう」
ロウがぴたりと空気を引き締める。
「息子さんにもすぐに連絡を取ってください。そして、運輸局への手続きも――即時開始。一時間以内が望ましいです。遅れれば遅れるほど、間に合わなくなります」
ロウの静かな指示に、グレイブさんは即座に立ち上がった。
「今すぐに動きます! 息子は確か、近くにいるはずです。すぐに連絡を――」
黒狼族特有の俊敏な動きで、通信端末にアクセスしながらグレイブさんは続けた。
「運輸局から必要なデータを受け取り次第、すぐにロウさんへ送信します!」
「お願いします」
ロウは小さく頷き、冷静なまま応じた。
「こちらはこちらで、作戦を少し練り直しておきます」
狐耳をぴんと立てたミケも、背筋を伸ばして立ち上がる。俺もすっと立ち上がり、静かに息を吐いた。
グレイブさんの邪魔にならないよう、居間へと移動する。今回はもう破壊はできない。新たに作戦を練り直すしかなかった。
「今回は内部からも動いてもらいましょう。それと、生け捕りだけど、その後の引き渡しはすぐにしない」
「なんでですか」
ミケが小首を傾げ、狐耳をぴんと動かしながら問いかける。
「エクス。答えてみて♪」
ロウが先生のような口調で俺に振ってきた。……まあ、弟子みたいなもんだし、仕方ない。
「恐らくだけど、扇動した奴がいる可能性が高いんだ。海賊なんて、そんな簡単になれるもんじゃない。ましてや、継ぎはぎとはいえ戦艦やUNBを揃える資金、どこから来たと思う?」
ミケは真剣な表情で考え込む。狐耳がわずかに傾き、尻尾が小さく揺れる。やがて、答えに辿り着いたように顔を上げた。
「……裏があるのね」
正解。俺は心の中で頷いた。
「そう。捕まえてみないと確証は得られないけど、誰かが裏で糸を引いている可能性が高い。あまりにも、状況が整いすぎてる」
ロウは少し間を置いてから、さらにミケへ問いかける。
「どうして急ぐ必要があるか、わかるかしら?」
「え。さっきの説明通りじゃないの?」
ミケは狐耳を動かしながら小さく首を傾げる。
「実際はまだ理由があるの。考えてみて」
ロウの声には、優しさの中にわずかに試すような響きがあった。
ミケは目を閉じ、じっと考え込む。狐耳が、無意識に面白いほど器用に動いている。尻尾もわずかに揺れ、集中しているのが伝わってきた。
「……もしかしてですけど、ここまで成功していないってことは、内通者――つまり、信頼できる従業員が妨害しているからで、その従業員を殺させないため……。それと、今は継ぎはぎでも、ここまで成功していないとなると、新しい戦艦やUNBを支援される可能性があるから……ですか?」
言い終わると同時に、ミケは少し不安そうにこちらを見る。
「良いわね」
ロウが頷き、優しく微笑む。それから、指を一つ立てて付け加えた。
「加えて――今回の黒幕を探し出し、制裁するためよ」
ロウは静かに、しかし確かな重みを込めた声で告げた。
「もし、黒幕がライバル運輸だった場合は、逆に利用できるかもしれない。黒狼運送へのダメージを最小限に抑えるためにね。それに、もし背後に犯罪組織が絡んでいたら――警察や軍に通報して、徹底的に壊滅させないといけない」
その言葉に、ミケの狐耳がぴんと立ち、尻尾も静かに揺れる。彼女も事態の深刻さを悟ったようだった。
「というわけで、エクス。殺さないようにね♪」
ロウが軽やかな口調で告げるが、その声音の裏には、かすかに緊張感が滲んでいた。
俺は眉をひそめ、やれやれと肩をすくめる。
「武装、使えないのかよ……まあ、上手くやるよ」
そう言いながら、俺は軽く拳を握り直す。肩にわずかに入っていた力を抜き、改めて心を整えた。
そこへ、ロウが落ち着いた口調で作戦を告げる。
「作戦としては、今回はわざとUNBに囲まれるわ」
俺とミケが耳を傾ける中、ロウは淡々と続けた。
「それから、貨物室を開けると言ってカリバーンを展開する。その際、固定アームは事前に外しておいて、すぐ動けるようにしておいてね」
イメージを頭の中でなぞりながら、俺は小さく頷く。
「出撃後は、すぐさまコックピット以外を破壊して、UNBを行動不能にするわ」
なるほど、相手がカリバーンに驚いて対応できないうちに機体を潰すってわけか。聞きながら、俺は胸の奥にじわりと熱が広がるのを感じていた。
「それから戦艦に向かうタイミングで、タマモにモードチェンジ」
ロウの視線が俺とミケに向く。ミケも緊張感を湛えた面持ちで、しっかりと頷いていた。
「ちょっと従業員さんには申し訳ないけれど、ナノマシンを艦内に潜り込ませて、電気ショックで気絶させる。……これで行きましょう」
狐耳をぴんと立てたミケの背筋が、ぴしりと伸びる。俺も静かに、だが力強く頷いた。
――目標は、生け捕り。誰一人、死なせない。それが、今回の作戦だ。




