歴史の影と、照れ隠しの時間
黒狼運送の集積所に到着すると、すぐに積み込み作業が始まった。 だが運び込まれるコンテナはすべてダミー――中身は空気だけ。
しかし、それにしても警備が半端ない。 重装備の警備員に、バリアまで張られている。 まあ、荷物を預かる施設だ。狙われやすいのは当然か。
俺はホロディスプレイに積み込みの様子を映しながら、漫画をめくっていた。 そんなとき、館内にロウの放送が響いた。
『積み込みが終わったんだけど、どうやら社長さんが会いたいらしいの。案内するから、リビングに集まって頂戴』
なんだ? なんかあるのか?
「なんの用かしらね」
ミケが自室から出てきた。 髪も尻尾も、まだ少し濡れている。
「髪と尻尾、乾かしてきたら?」
俺が声をかけると、ミケはタオルを握りながら肩をすくめた。
「そうなんだけど……ちょっと長風呂しすぎたわね」
「そりゃ、一時間以上入ってればそうなるだろ」
軽く笑う俺に、ミケは苦笑いを返す。
「魔法で乾かす手もあるんだけど、髪と毛が傷むから、あまりしたくないの」
「回復魔法じゃダメなのか?」
「ほとんど意味ないのよ」
ミケは尻尾をふるふると揺らしながら、少しだけ困ったように笑った。
「仕方ないわ。すぐに乾かして、お茶などの準備をするわ」
「ああ、了解。俺もコップくらいは片付けるか」
立ち上がった俺は、手近なカップをまとめ、キッチンの食洗器へと運んだ。 トレーをセットしてパネルを確認すると、自動洗浄と収納まで一括でやってくれるらしい。
「これ、洗ったら自動で収納できるようになってるのか」
思わず感心しながら呟く。 こういう無駄のない設計、やっぱりホームは一味違うな。
そんなことを思っていると、髪と尻尾をきちんと乾かしたミケが、ふわりとした動きでキッチンに戻ってきた。
「さて、社長さんか。どんな人なんだろう」
ミケは湯沸かし器を操作しながら、楽しげに狐耳を揺らす。
「獣人の黒狼族の人だったはずだ。ドラシエル兄さんにも、謁見してたような……してなかったような?」
記憶を手繰りながら答えると、ミケは苦笑しながら肩をすくめた。
「ふわふわしてるわね」
「だって、王城のことなんて、ほとんど関わってないからな」
俺は苦笑いしつつ、茶器を準備するミケを横目に手を動かしていた。
ミケが湯を沸かしながらカップを並べていると、玄関が静かに開いた。 ロウと一緒に、一人の黒狼族の男性が入ってくる。
――どうやら、黒狼運送の社長らしい。
入ってきた男は、リビングを見渡して素直に驚いた様子を見せた。
「艦の中に玄関があるかと思えば、リビングに居間……ここは不思議ですね」
うん。素直な感想だ。 初めて見た人間なら、そう思うだろうな。
「まさにホーム。家だろ」
俺は肩をすくめながら答えた。
「そうですね。――ああ、失礼しました」
黒狼族の男は慌てて姿勢を正す。
「私は黒狼運送の社長をしております。獣人、黒狼族のグレイブ・コークルです」
「初めまして。俺はエクスです」
「私はミューケイと申します」
ミケも丁寧に頭を下げた。 狐耳をぴんと立て、尻尾をゆるやかに揺らしている。
グレイブさんはミケに目を向け、少し首を傾げた。
「君は……銀狐族かな?」
「いえ。ハイ・エルフと九尾族のハーフで、種族はハイ・エルフです」
ミケは落ち着いた口調で答えた。 耳も尻尾も、わずかに静かな動きを見せる。
その瞬間――グレイブさんの表情が、ふっと曇った。
「……そうですか。九尾族の……」
ん? 微妙な間。 そして沈痛な表情。
「大変でしたね。支援ができず、申し訳ございません」
低く、真摯な声だった。
俺は思わずミケに視線を向けた。 ミケは微かに首を振り、静かに答える。
「……いえ。私は、そのことを知りませんので」
「……そうですね。失礼しました」
グレイブさんは深く頭を下げ、短く詫びた。
俺はなんとなく空気の重さを感じながら、ミケに小声で尋ねた。
「……どういうこと?」
ミケは狐耳をわずかに伏せ、静かに答えた。
「そうね。簡単に言うと――獣人の中で、九尾族って一部の種族から差別の対象になったことがあるの」
淡々と語るミケの尻尾が、ゆっくりと小さく揺れた。
「それで……一族狩りが行われた。母さんは、そこから逃げてきた一人よ」
俺は思わず息をのんだ。 ミケは表情を変えず、ただ事実を伝えるように続ける。
「今はもう、そんなことはない。でも、当時は本当に酷かったみたい。……でもね、エルドラ王国が大部分の九尾族を助けてくれたおかげで、今では何とかなったの」
ミケは言葉を締めくくると、そっと微笑んだ。 狐耳がほんの少しだけ、柔らかく揺れた。
その静かな空気の中、グレイブさんがゆっくりと言葉を継いだ。
「当時は、一部の種族が勢力を誇った一強時代でしてな」
グレイブさんは遠い目をしながら続ける。
「彼らにとって、九尾族は“脅威”だったのです。力ある存在を恐れ、やがて差別が始まり……」
その声には、悔しさが滲んでいた。
「他の種族も、何とか九尾族を守りたかった。しかし、当時の情勢がそれを許さなかった。――だが、そこに現れたのです。当時、エルドラ王国の王様であったスカイ様が」
俺は思わず息を呑んだ。
「スカイ様は、即座に介入して鎮圧を行われた。本来なら外交問題に発展するところでしたが、エンシェントドラゴンは我々獣人にとって、神に等しい存在。反発は起きず、迫害を行った一族は、別の惑星へと追放されました。そして、今では、一強だった国も共和国となり、様々な種族が手を取り合って国を築いています」
グレイブさんの語り口は静かで、しかしそこには確かな誇りが滲んでいた。
(父さん……そんなことしてたのか!)
俺は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。 あの、甚平を着てのんびりお茶を飲んでいる父さんが―― そんな大きな歴史を動かしていたなんて。
グレイブさんはさらに続けた。
「今でも、当時の出来事を記念して開かれる建国祭――『スカイ祭り』は、国の一大行事となっています」
おぅ。 そこでそのネーミングか。 妙に親しみやすいというか、……やっぱり父さんらしい。
ふと、グレイブさんがこちらに深く視線を向けた。
「そして、貴方は……スカイ様のご子息で、お間違いないでしょうか?」
静かな、けれど確信を帯びた問い。
俺は一瞬、呼吸を整えた。 そして、正面から答える。
「……わかりますか。――そうです。改めまして、俺はエクス・ハイ・エルドラ。スカイは、俺の父です」
そう改めて自己紹介をすると、場の空気が少し和らいだ。
「とりあえず、座りましょう。ミケ、お茶を頼む」
「了解よ。ロウもお願い」
ミケは軽やかに応じ、狐耳をふわりと揺らしながらキッチンへ向かった。
「すみません。立ったまま、長話をしてしまいました」
グレイブさんが恐縮したように頭を下げる。
「気にしないでください。緑茶でいいですか?」
「ありがとうございます」
ソファに腰を下ろしながら、ロウがさらりと応じる。
テーブルには、ミケが準備を進めた茶器が並び始める。 リビングにはほのかにお茶の香りが漂い、さっきまでの緊張が少し和らいだ。
俺は姿勢を整えながら、ふと問いかけた。
「さて……今回は、俺に会いに来たんですか?」
少し期待を込めて聞いたのだが――
「……申し訳ないのですが、違います」
グレイブさんは、静かに頭を下げた。
「今回の依頼についてです」
(はっず! 俺に会いに来たと思った!!)
内心、思いきりズッコケた。 顔には出さないように努めたが、どうにも頬が熱い。 なんとも言えない恥ずかしさが、じわじわ込み上げてくる。
「自意識過剰ね」
ミケが、狐耳をぴこぴこと揺らしながら笑いかけてくる。 やめてくれ、そう言われると余計に顔が赤くなる。
「ふふっ、エクス。顔が真っ赤よ」
ロウまで、にやにやしながら追い打ちをかける。
(ロウもいちいち指摘しないでくれ……!)
「す、すみません。期待させてしまい……」
グレイブさんまで、申し訳なさそうに頭を下げた。
(グレイブさんもか! 追い打ちかけないで!!)
俺は耐えきれず、思わずテーブルに顔を伏せたくなった。




