新たな依頼と静かな決意
食事を終えると、ミケが手際よく食器を食洗器に片付け、そのままキッチンで飲み物を用意してくれた。
俺には温かいお茶を。 ロウには香り高い紅茶を。 そしてミケ自身には、ほんのりと香ばしいコーヒーを。
三人それぞれのカップを持ってきて、静かにテーブルに並べる。 リビングには、まったりとした、穏やかな空気が流れた。
そんな中――
ロウの手首の端末が控えめな音を立てた。
「確定したみたいね。支払いは、OK。市場価格的には……ちょっと待ってもいいかもね」
端末を軽く操作しながら、ロウが満足そうに呟く。
「どうだった?」
意外と良い反応だったことに気になり、俺は尋ねた。
「まずは、今回の依頼金の入金は確認されたわ。問題なし」
ロウはスムーズに説明を続ける。
「そこから解体費用を差し引いても、予定以上のプラスだったの。おまけにね――」
彼女は小さく笑みを深め、ひときわ嬉しそうに声を弾ませた。
「今回のブラックウルフ、かなりの好評よ」
「おおっ、マジでか」
思わず身を乗り出す。 ロウの口からここまで高い評価が出るとは、素直に驚いた。
「もうね、傷がない。まあ、正確に言うと針の穴程度の傷はあるけど、本当にそれだけ。特にボス個体の毛皮――あれは最高だったわ。まるで新品みたい。傷すら見当たらないなんて、解体職員が驚いてたもの。こんな状態は初めてだって」
ロウは紅茶を一口啜りながら、満足げに肩を落とす。
ミケもコーヒーカップを手にしながら、控えめに笑った。
「ミケのおかげだな」
俺は素直にそう言った。 ミケの狐耳がぴょこんと立ち、尻尾がふわりと嬉しそうに揺れる。
「ううん。みんなのおかげよ」
ミケはそっと首を振り、微笑んだ。 狐耳が柔らかく揺れる。
「だって、ロウの指摘がなければ毛皮のことなんて頭になかったし。エクスのサポートがなかったら、上手くやれていたかどうかもわからない。私一人じゃ、あそこまでうまくできなかったもの」
そう言って、ミケはほんのりと頬を染め、両手で大事そうにコーヒーカップを包み込んだ。
その仕草を見ながら、俺も自然と笑みを浮かべた。
「そうだな。みんなのおかげだ」
改めてそう口にする。 静かに流れるこの空気が、たまらなく心地よかった。
少し間を置いて、ふと思い出し、ロウに尋ねた。
「でもロウ、毛皮……売らないのか?」
「う~ん……」
ロウは紅茶を軽く回しながら、少し考えるように目線を落とした。
「今、市場価格がちょっと落ちちゃってるのよね。最高級の状態だから、今売るのはもったいないわ」
そう言いながら、ロウは少し惜しむように肩をすくめた。
「もし直ぐにでも現金化したいなら、職人のところに直接持って行った方がいいけど……それでも、やっぱり勿体ないわよね。今みたいな市況じゃ、価値を安売りしちゃうもの」
ロウの言葉には、しっかりとした見通しと判断が滲んでいた。
ミケも静かに頷き、カップをそっと置く。
「最高級なら……大事に、良い時を待ったほうがいいわよね」
「うん」
俺も同意しながら、手元のお茶を啜った。 香り高い湯気が、ふわりと鼻先をくすぐる。
「さて、解体も終わったことだし、加工用の処理を待つだけ。そこで次の依頼なんだけど――」
ロウが軽くカップを置き、話を切り出しかけた、そのとき。
「待った」
俺は思わず手を挙げて遮った。
「依頼を受けるのって、ギルドに行かないといけないんじゃなかったっけ?」
「普通は、そうね。でも私がいれば別」
ロウは小さく笑みを浮かべ、紅茶を一口含む。
「特殊職員の特権の一つで、その場で依頼を受けて、報告までできるの。さっきも、ブラックウルフ討伐の報告、私がそのまま処理したでしょ? あっさりしすぎて、気づいてなかった?」
「……気づいてなかった」
素直に白状するしかなかった。
そのやり取りを、ミケが興味津々といった顔で見つめている。
「そうなのね。ロウ、次の依頼って?」
ミケが狐耳をぴょこんと立てて、面白そうに尋ねた。 けれど俺としては、ただただ驚きしかない。そんな裏技みたいなシステムがあったとは。
ロウは楽しげに目を細めながら、端末を指先で操作する。
「次は――ここなんてどうかしら? 海賊退治」
さらりと、しかし耳を疑うような言葉が落ちてきた。
「……え?」
思わず、声が裏返る。
海賊――って、あの、本物のやつだよな?
リビングに漂っていたまったりとした空気が、微かにピンと引き締まった。
「依頼人は、黒狼運送」
ロウが淡々と説明を続ける。
「どうも彼らの使っている運搬ルートで、海賊らしき反応があるみたい」
「よく無事だったな」
思わず俺が漏らすと、ロウは小さく頷いた。
「素人の可能性が高いのよ。海賊を名乗ってはいたけど、足は遅かったみたい。黒狼運送の艦はすぐに逃げ切れたらしいわ。ただ、運搬路に居座られるのはまずいから、早めに処理しておきたいらしいのよ」
そこへ、ミケが不思議そうに首をかしげながら口を挟んだ。
「それって、傭兵ギルドの仕事じゃないんですか?」
「どっちでもいいのよ」
ロウは肩をすくめて答える。
「ただね、傭兵ギルドに依頼すると、料金が高いの。それに、あの人たち、基本的に勝手に海賊を狩って賞金を得てるから、そもそも“正式な依頼”って少ないのよ。依頼掲示板に並ぶのは、戦争とか紛争のときくらい」
「へぇ……」
ミケが興味深そうに狐耳をぴくぴく動かした。
「それ以外の時期は、個々に自由に動いてる。つまり――今みたいな小規模な問題なら、冒険者ギルドの方が依頼しやすいのよ」
ロウはティーカップを傾けながら、さらりと付け加えた。
確かに、冷静に考えれば理屈は通っている。 だけど、いきなり“海賊退治”って言われても、心の準備ってもんが……
「まあ、安心して」
ロウが俺たちの顔色を見て、ふわりと微笑んだ。
「まだ詳細な規模確認はしてないけど、今のところ『一艦だけ』らしいから。しかも、足も遅くて、特別な装備もないっぽいわ」
「なるほど……素人臭いってことか」
「そういうこと」
ロウは軽く指を鳴らし、にやりと笑った。
「今回は、カリバーンで活躍してもらうわよ」
その一言に、ミケの狐耳がぴょこんと立ち、尻尾もふわりと弾んだ。 俺も自然と背筋が伸びる。――いよいよ、俺自身が前面に出る番だ。
「あと、船は落としてもいいわよ」
ロウはさらりと言いながら、カップを置いた。
「たいしてお宝があるとは思えないし、まだ被害も出てないから取り戻す物資もないわ。むしろ、逃がすほうが面倒よ」
「了解」
俺は静かに頷いた。 気楽そうに聞こえるけど、実際は――油断すればこちらが足を掬われる。 だからこそ、気を引き締めなきゃならない。
ミケは小さく拳を握り、ぱちんと音を立てた。
「次は私がサポートね。頼りにしてよね!」
「おう。頼りにする!」
俺もカップを置き、ミケに向き直った。 狐耳をぴんと立てたミケの顔は、どこか誇らしげで、俺まで自然と気持ちが引き締まる。
そのとき、ロウがふわりと笑った。
「落ち着いて。まだ処理には時間がかかるから、今はゆっくりしましょう」
ロウの穏やかな声に、俺は肩の力が抜けるのを感じた。 張り詰めかけていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「……そうだな」
俺は小さく息を吐き、お茶に手を伸ばした。 湯気がふわりと立ち上り、鼻先をくすぐる。 その温かさに、気持ちが静かに落ち着いていくのがわかった。
ミケも、尻尾をふわりと揺らしながらカップを手に取る。 ロウはカップを傾け、何か考え込むように窓の外を眺めていた。
――次の戦いに向けて、まずはこの静けさを大切にしよう。
そう心に決めながら、俺はもう一口、ゆっくりとお茶を啜った。




