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報酬交渉とロウの怒り

「はぁ~~~……! 報酬が、増えない……だと!?」


 俺が思わず頭を抱えたそのとき、通信越しに上司らしき男の冷たい声が響いた。


『はい。依頼額のままです。――何か問題でも?』


 おいおいおい。本気か? 本気で言ってるのかこの上司。


「……本気ですか?」


 なるべく怒りを押し殺して返す。


「今回の依頼は、四匹の討伐という内容でギルドに正式に登録されていたはずです。しかも、万が一、数に違いがあった場合には――減額、あるいは増額するって、ギルド規約に明記されてますけど?」


『知りません。提示した報酬額以外、支払うつもりはありません』


 平然と言い放つ声。その上――


『それと、討伐したブラックウルフも置いていってください。あれは施設内で倒した以上、こちらの所有物です』


「……おいおいおいおいおい……」


 マジかよ。地雷を踏み抜くなんてもんじゃないぞ、この上司。


 ギルド規約無視。報酬踏み倒し。素材強奪。これ全部、ギルドへの正式通報案件だぞ。


「――確認したいんですが、これはガッテン鉄鋼の正式な総意でいいんですか?」


 冷静な口調で問いかける。


『構いません。……というか、ね? 素人なんかに来られた私たちの身にもなってくださいよ。正直、こっちがお金をもらいたいくらいです。まったく、素人を寄こすなんて……ギルドも落ちたもんですね』


 あ~~~~……言っちゃった。


 通信の映像越し、後ろにいるガッテン鉄鋼の職員たちが、全力で首を横に振っているのが見える。明らかに――この上司個人の暴走だ。


 ……ピンハネ確定だな、これ。


「最終確認です。……この発言、ガッテン鉄鋼の公式見解として受け取ります。もう後戻りできませんが、本当にいいですね?」


『ええ、どうぞ。さっさと帰ってください。こちらも採掘作業の遅れを取り戻さないといけないので』


 あー……終わったな。この上司、完全に自爆したわ。後ろで必死に止めようとしている部下たちも、完全に無視してるし。


 ――よし。もう容赦はいらない。


「わかりました。ロウ、交代だ」


 俺は通信を切らずに、そのままロウにバトンを渡した。


『はいはい、偉かったわねエクス。あなたの対応、花丸よ』


 ロウの声が通信越しに響く。どこか甘やかすような口調だったが、その裏にぴたりと冷たいものが滲んでいた。


『ギルドでのバイト経験、ちゃんと役立ってるじゃない』


 ミケもくすくすと笑いながら、どこか楽しそうに言葉を挟む。


 ……そんな空気をぶった斬るように、件の上司が怒鳴った。


『誰だ! もう終わっただろう! いい加減にしてくれ! これ以上、ここに留まるっていうなら――宇宙警察局に報告させてもらうぞ!』


 おいおいおい、まだ自爆続行かよ……と呆れる間もなく、


『あらあら、威勢のいいこと。お馬鹿ちゃん♪』


 ロウが、にっこりと笑うような声で応じた。


『なんだと!』


『今のやり取り、すべて記録させてもらったわ。ガッテン鉄鋼の総意、ですって?』


『そうだって言ってるだろうが!! いい加減にしろ! このオカマ風情が!!』


 ……あ。


 あ~~~~、やっちゃった。


(俺、知らね。ここから先、俺の管轄じゃねぇ……)


 心の中でそっと手を合わせた。


 ――ご愁傷様です、上司さん。


『…………うふふふふふふふ。そう。――じゃあ、遠慮なくいかせてもらうわ』


 ロウの声色が、それまでの柔らかさから一変する。凍りつくような空気が通信回線越しにも伝わってきた。


『申し遅れたわね。私はフリーギルド所属、特殊職員のロウ・キーン』


 名乗っただけで、場の空気が変わる。今まで好き勝手喚いていた上司も、一瞬、言葉を失ったようだった。


『さて。まずひとつ――さっき、ガッテン鉄鋼の“総意”だと言ったわね?』


『あ、ああ……そうだ。何度も――』


『残念だけど。今、正式に採掘所の所長さんに確認したの。“そんな総意は存在しない。あくまで個人の独断だ”って、しっかりお返事いただいたわ』


 ぐっ……と、上司が言葉を詰まらせる音が聞こえた。


『それに、ギルドとの契約規約――理解していないようね?』


 ロウの口調は、もう完全に冷徹そのものだった。


『ガッテン鉄鋼は、この契約違反によって、今後一切フリーギルドから依頼を受けることができなくなるわ』


 ――ズン、と通信室全体が重くなる。


『もちろん、正式な違反通告もするわ。そちらが希望したんだから、遠慮はしないわよ』


『…………』


 上司は完全に沈黙していた。だが、ロウは追撃の手を緩めなかった。


『さらに。正当な討伐依頼に応じた冒険者を、不当に冒涜したこと』


『う……』


『――あまつさえ、私に対して』


 そこからの声は、もう完全に“別人”だった。


『オカマ風情?』


 一拍置かれた静寂。


『……てめぇ、覚悟できてんだろうなっ!』


 怒気が、通信を通して空間そのものを震わせる。


(――……うわぁ)


 俺は内心でそっと、合掌した。もう、助かる道はないな、あの上司。


『こっちはな――本気でオカマをしてるんだよ!!』


 ロウの声が、ブリッジ全体を震わせる。


『てめぇごときが、私を罵倒する権利なんざ、一ミリもねぇ!!』


 通信の向こう、ガッテン鉄鋼の上司は完全に硬直していた。けれど、ロウはさらに畳みかける。


『いいか! これは――フリーギルドへの宣戦布告と受け取っていいんだな!?』


 雷鳴のような怒声が響く。


『い、いっ……いや、あの……』


 上司の声がかすれる。必死に言葉を紡ごうとするが、もう遅い。


『ああっ!? 聞こえねぇなぁ!!』


 ロウはさらに怒鳴りつける。


『喧嘩を売ったってことで、いいんだなって聞いてんだよ!!』


『イエ……モウシワケゴザイマセン……』


 ついに、上司は完全に折れた。膝から崩れ落ちるような謝罪の声が、通信越しに聞こえてきた。


(……うわぁ)


 俺は通信モニター越しに、心の中でしみじみと思った。


(……ロウ、マジで、怖ぇ)


 けれど、同時に――心の底から、頼もしいとも思った。


「ロウ、そのへんで」


 俺が苦笑しながら声をかけると、


『……はいはい。了解よ』


 ロウも少し落ち着いた声で応じた。


『ロウ、切れるとこんな感じなのね。……うん、怒らせないようにしよう』


 ミケの感想は、至極まっとうだった。――知らないと怖いけど、知っててもやっぱり怖いんだよな、ロウが本気で怒ると。


『エクス、ミケ。所長との話は全部つけたわ』


 ロウが事務的にまとめる。


『正式に報酬アップ。それと、討伐したブラックウルフの素材もこちらの所有で確定。ギルドへの正式報告は不要だけど、あの上司については身辺調査と、降格か――最悪、退職ってことで話がまとまったわ』


 徹底的だな……と感心しながら、俺は軽く頷いた。


「了解。ブラックウルフは倉庫に搬入してから戻る」


『わかったわ。さて、さっさと運んで帰りましょう、わが家へ』


 ミケの声に、思わず笑みがこぼれる。


「そうだな、家に帰ろう」


 ホーム。俺たちの帰る場所へ。


 タマモを操りながら、ふと思った。


(……しかし、久々に見たな。ロウが本気でキレたとこ)


『私は、二度と見たくないわ』


 ミケが心底からの声で呟き、俺はこっそりと頷いた。

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