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初依頼の結末

 タマモが採掘場の施設圏内に近づくと、待っていたかのように通信が入った。


『こちらは、ガッテン鉄鋼の採掘場です。現在、敷地内は立ち入り禁止となっています』


「こちらは、フリーギルド所属の冒険者エクスペリエンスです。ブラックウルフ討伐の依頼を受けてきました。進入許可をいただけますか?」


 俺が落ち着いた声で応答すると、相手は一度間を置き、慎重に続けた。


『確認します……申し訳ありませんが、ギルド証と受注データを送っていただけますか?』


「了解。送信します」


 俺はホロディスプレイを操作し、ギルド登録証と依頼受理データを選択して送信する。送信完了のアイコンが点灯し、しばらくの静寂が流れた。


『確認できました。現在、ブラックウルフの群れは四匹確認されています。今、彼らの現在地データと、採掘施設周辺の隕石群マップを送ります』


 続けて受信したのは、隕石群に囲まれた採掘場の立体マップと、四つの目標ポイントだった。


「データ、受信完了。これより討伐作戦を開始します」


『どうか、お願い致します……くれぐれも――』


「はい。施設および隕石群には被害を出さないよう慎重に行動します」


 言葉を先取りして約束すると、相手はほっとしたような声色で応じた。


『すみません。よろしくお願いします』


 通信が切れる。


「ミケ、すべて確認済みだ」


『了解よ。――作戦、開始するわ』


 ミケの声が、緊張感とともにタマモのコアに満ちた。タマモが静かに推進力を高め、四つの目標ポイントへ向けて加速する。


「意外と散らばってるな。餌でも探してるのか?」


 マップに映るブラックウルフたちは、それぞれ離れた位置で緩やかに移動していた。


『でも、こっちには好都合よ。まとまってこられるより、各個撃破できる方が楽だもの』


 ミケが軽い調子で答える。


「まあ、確かにな。……けど、油断は禁物だ」


『そうね。そろそろ、ナノマシンを散布するわ』


 ミケが集中すると、タマモの尾部からナノマシンが静かに放たれた。目に見えるわけでもない。外から見れば、ただタマモが静止しているだけにしか見えない。


(……これ、ヤバいな)


 気づかないうちに空間全体を支配され、いつの間にか命を奪われる。そんな想像をして、背筋が少しぞくりとした。


『エクス! 一匹目、見つけたわ。まだ、こっちに気づいてない』


「散布量は十分。範囲にも入ってる。――いつでもいける」


『了解』


 ミケが一言告げると、タマモの全身から妖力の波動が広がった。ナノマシンに命を吹き込み、空間に干渉していく。


 次の瞬間――


 気づかぬままうろついていたブラックウルフの腹部付近に、鋭く、細長い“針”が形成される。ナノマシンで形作られた、細く鋭利な殺意。


 それが、一閃。


 音もなく突き刺さった。


「心臓は……外したか?」


『問題ないわ』


 そう答えたミケは、すかさず指先に妖力を集中させた。


『――氷!』


 その言葉と同時に、ブラックウルフの体内で一気に冷気が爆発する。苦悶に身をよじらせたかと思えば、次の瞬間には動きが完全に止まった。


「……内部を凍らせたのか?」


『そうよ。こうすれば、毛皮には一切傷が付かないからね』


 ミケの声には、確かな自信がにじんでいた。


「……恐ろしいな」


 本音が思わず口をついて出た。


『頼もしいって言いなさいよ。――次、行くわよ』


 ミケの軽やかな声が通信越しに響く。狐耳がぴくりと揺れる様子が目に浮かぶようだ。


「了解。その前に……」


 俺はホロディスプレイを操作し、絶命したブラックウルフの位置にマークを付けた。


「こいつに印を残しておく。後で確実に回収するためにな」


『ふふ、抜かりないわね。……次も、この調子でいきたいところね』


 ミケの声には、手応えと自信が滲んでいた。


 ――行ける。これだけ静かに、確実に仕留める方法なんて、奴らに予想できるはずがない。


 まるで見えない死神。今この空間で、俺たちは“サイレントアサシン”そのものだった。


「OK。行こう」


 俺はタマモと一体になった感覚を確かめながら、次の目標へ向かって進み出した。


 二匹、三匹と――同じ手法で確実に仕留めていった。ブラックウルフたちは、自分たちの間引きすら気づくことなく、静かに、無抵抗のまま倒れていく。


 残るは、あと一匹――


 そう思った矢先。


「ミケ、気をつけろ。……恐らく、もう一匹いる」


 ホロディスプレイに映る熱源反応を見て、俺は声を落とした。


『もう一匹……?』


「熱源が二つある。明らかに別方向に動いてる」


 マップには、予定していたターゲットとは異なる位置にも、はっきりと高温反応があった。


『それって、報告漏れ……?』


 ミケもすぐに気づき、緊張を滲ませた声で返してくる。


「可能性は高い。もしくは、合流してきたかだな」


 そして何より――


「一匹だけ、熱量が異様に大きい。普通のブラックウルフじゃありえない数値だ」


『……この群れのボスってこと?』


「ああ、多分な」


 通信越しでも伝わる、ピリリとした空気。――想定外。だが、引くわけにはいかない。


「油断するなよ、ミケ」


『もちろん。……こっちも、ここからが本番ね』


 タマモが姿勢をさらに低く落とし、静かに次の動きへ備える。ミケの妖力がじわじわと高まり、目に見えぬ針が二本、再び形成されていく。


 二本の針は、標的のブラックウルフへ向かって滑るように進んだ。


「……っ! ボスは外れた! まずは一匹、確実に仕留めろ! ボスがこっちに向かってくる!」


『了解――氷!』


 ミケの指示と同時に、一匹目のブラックウルフが内部から凍りつき、動きを止めた。


 その間にも、ボスらしき個体がまっすぐこちらへ突進してくる。通常個体とはまるで違う、明確な殺意をまとって。


「……一回り、いや二回りはデカいな。まさか針を避けるとは思わなかった」


 俺が舌打ちまじりに呟く。


『いいわ。――直接、仕留める』


 ミケの声は静かだったが、そこに宿る気迫は、間違いなく本物だった。


 タマモが推進力を微調整し、ボスの正面に立ちふさがる。


「毛皮のことは考えなくていい。確実に仕留めるぞ」


『そうね。……でも、接近戦しか手はないわね』


「ああ。銃器は使えない。流れ弾で施設や隕石群を壊しかねないからな。――妖力刀だけで仕留めるしかない」


 タマモが推進力を絞り、ぐんとブラックウルフに向かって突進する。両腕に妖力刀を展開したミケが、一閃――鋭く振り抜いた。


 だが。


 ブラックウルフはしなやかに体をくねらせ、その一撃を紙一重で躱した。すぐに距離を取り、こちらの出方を窺う。


「……反応が良いな」


『そうね。……よし、試してみるわ。エクス、ちゃんと見ててね』


 ミケが静かに距離を取り、タマモを構える。一見、膠着状態――だが、次の瞬間、空気が変わった。


『ナノマシン包囲、完了』


 その一言と同時に、周囲の空間が動いた。


(……マジかよ)


 俺のホロディスプレイには、散開していたナノマシンが周囲に集まり、まるで幻のようにタマモの分身体を形成していく様子が映っていた。


 中身は空。けれど、外見はすべてタマモそのもの。突如、敵の数が何倍にも増えた光景に、ブラックウルフが戸惑うのも無理はない。


『終わらせるわ』


 ミケの声と同時に、分身体と本体が一斉に襲いかかる。分散し、混ざり、攪乱しながら、本物のタマモが狙いを定める。


 ブラックウルフは明らかに狼狽し、どれが本物か判別できずにいた。


『獲った!』


 ミケが叫び、妖力刀を振りかざす。狙いは脳天――直撃するかに見えた、その瞬間。


「なっ――!」


 ブラックウルフが驚異的な反応速度で身を捻り、カウンターを仕掛けてきた。


 その牙が、タマモの喉元を――確かに噛み砕く。


『……食ったわね。氷!』


 冷静なミケの声が響いた瞬間、ブラックウルフの体内で氷が一気に膨れ上がる。内部から凍り付いた肉体は、次の瞬間、完全に動きを止めた。


 絶命。


『万が一を考えていてよかったわ。それ、ナノマシンの塊よ』


 ふっと空間が揺らぎ、何もない空間から本物のタマモが姿を現した。


「……万が一でステルス化しておいて、正解だったな。……本当に、恐ろしいわ」


 思わず漏れた本音に、


『もう! “頼もしい”って言いなさい!』


 ミケが拗ねたような調子で返してくる。


 狐耳がぴくぴくと揺れている様子が、目に浮かぶようだった。


『ねぇ、エクスも食らってみる? 私特製のナノマシン氷漬け♡』


「絶対要らないです! 申し訳ございませんっ!」


 即座に両手を上げ、全力で拒否した。


 笑いを堪えるミケの気配が、ヘッドセット越しにふわりと伝わってきた。


「周囲に熱源反応はなし。大丈夫そうだけど……一応、ブラックウルフを回収しながら周辺も見て回るか」


『そうね。想定外の五体目がいたんだもの。念のため確認しておきましょう』


 タマモを滑らせながら、ミケが静かに答える。


 俺たちは、ナノマシンを使ってブラックウルフたちの死体をまとめつつ、採掘場周辺に広がる隕石群を丹念に調べて回った。だが、異常はなし。


(――これで、全部だな)


 確認を終えた俺は、通信チャンネルを開いた。


「あー、こちらガッテン鉄鋼の職員さん、聞こえますか? こちら冒険者エクスペリエンスです」


『はい、こちらガッテン鉄鋼です。……討伐、終わりましたか?』


「はい。ただ――」


『ただ?』


「報告されていた数よりも、実際は一体多かったんです。そのため、正式な報酬額に変動が出る可能性があります。一旦、こちらの母艦ホームを呼び寄せてもよろしいですか?」


『本当ですか! ……わかりました、すぐに上司と相談します。恐らく報酬アップにはなると思いますが、一応、少しだけお待ちください。母艦は、こちらが指定する係留ポイントへお願いします』


「了解です。よろしくお願いします」


 通信を終えると、今度はすぐにロウへ回線を繋いだ。


「ロウ、討伐は完了。でも、ちょっとしたトラブルだ」


『どうしたの?』


「依頼内容では四匹って話だったけど、実際は五匹いた」


『あらあら……それなら、報酬の金額が少し変わっちゃうわね』


 ロウはまるで想定済みとでもいうように、落ち着いた声で返してきた。


『今すぐそっちへ向かうわ』


「頼む。係留ポイントはここだ」


 座標データを送信すると、ロウが軽く笑う。


『了解。5分だけ時間をちょうだいね』


「助かる」


 回線を閉じ、俺はタマモのコクピットに深く背を預けた。


 ――初依頼、無事達成。……でも、最後まで気は抜けないな。

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