初依頼、タマモ出撃
スペースゲートの向こうに開いたのは、言葉では表現しきれないほど複雑で、神秘的な色彩の世界だった。虹彩のように幾重にも重なる光の輪。透けるような幾何構造の光線が空間を縫い、まるで夢と現実の狭間を漂っているような――そんな感覚に囚われる。
その中を、ホームは音もなく滑るように進んでいく。スラスターの噴射音もなければ、振動もない。ただ、静かに。確実に。
「障害物は無し。予定通りに行けそうね」
ロウが淡々と報告する声が、艦内に落ち着いた調子で響く。
「よかった……もし何かあったら、そこで事故っちゃうもんな」
俺がホッと胸をなでおろすと、ロウは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、このホームなら、万が一“何か”にぶつかっても粉砕して突き進みそうではあるけど……念のためね」
そんなやり取りを交わしながら、艦はゲートの中へと一気に加速していく。
――瞬間、周囲の光が伸び、空間がひずむような感覚。けれど不思議と、不快感はなかった。
「さて。到着したらタマモを発艦させるわ。エクス、パイロットスーツに着替えて、起動準備をお願い」
「了解。……ミケ、頑張れよ」
「ふふ。エクスもサポートよろしくね」
「おう、任せとけ!」
軽く拳を合わせるように手を上げて応えると、俺は格納庫へと向かった。――いよいよ、初依頼だ。
更衣室でパイロットスーツに着替え、ハンガーへ出ると、そこには仰向けに寝かされたタマモの姿があった。
流線型で妖艶なシルエット。戦闘用機体なのに、どこか色気を感じさせるフォルム。……ミケの姿にはない“美しさ”が、そこにあった。
――ジジさん、何でこんな形にしたんだ?
たぶん、答えは一つしかない。ロマン。……それに尽きる。
「お待たせ。……って、どうしたの?」
背後からミケの声がして振り返ると、彼女はスーツ姿で髪を後ろにまとめていた。耳がぴこぴこと動き、尻尾も心持ち弾んでいるように見える。
「いや……ロマンって何なんだろうな、って。改めて考えちまってさ」
「……はぁ? いいからコックピット入りなさい。今回は、ここでも“燃料役”よ」
「そなんだけどな。……まあ、いいか。乗るか!」
気合いを入れて、俺もタマモのハッチへと向かった。
手首の端末をかざすと、タマモのコックピットハッチが静かに開いた。滑らかに展開する外装。その隙間に身を滑り込ませると、ぴたりと身体を包み込むような操縦席が迎え入れてくる。
深く息を吸い、インターフェースに手を伸ばす。
――燃料役、か。
内心で苦笑しつつ、右手から魔力を一気に注ぎ込んだ。
縮退炉が応えるように微かに振動し、タマモの全身へと魔力エネルギーが流れ込んでいく。機体の各部が淡く光を帯び、起動プロセスが順調に進行していった。
『よし、タマモとのリンク完了。エクス、そっちは?』
ミケの声がヘッドセット越しに届く。どこか緊張を押し隠した、けれど張りのある声だ。
「もう座ってる。初依頼だけど、リラックスしていこうぜ」
余裕を装って答えながらも、自分の心臓がわずかに高鳴っているのを感じた。
『そうね……ナノマシンの散布状況、ちゃんと監視お願いね』
「任せろ!……って言いたいとこだけど、初めてだから大目に見てくれよ?」
冗談めかして返すと、ミケがくすっと小さく笑ったのが通信越しにも伝わった。
『……考えてあげるわ』
その軽やかなやり取りに、少しだけ肩の力が抜けた。
『お二人とも、準備はいい? もうすぐスペースゲートを出るわ。出たら即、出撃をお願いね』
ロウがブリッジから冷静な声で通信を飛ばしてくる。その穏やかな調子が、かえって緊張感を引き締めた。
『いい? 絶対に油断しないこと。初依頼で緊張するのは仕方ないけど、いつも通りにね』
「了解。……ところで、ロウは出撃後どうするんだ?」
『防御システムを起動して待機するわ。こっちでも戦況は監視するけど、今回は基本ノータッチ。……まあ、このくらいは私なしでこなしてね』
さらっと言うその言葉に、ロウなりの信頼が込められているのを感じる。
『安心して。依頼も、ボーナスも、しっかり頂くわ♪』
続いたミケの明るい声に、俺は思わず苦笑した。
(いいなぁ……張り切ってるな、ミケ)
少しだけ、羨ましさが胸をよぎる。――本当なら、俺も飛び出していきたいくらいだ。
『スペースゲートを出るわ。準備はいい?』
ロウの声に意識を集中する。
「いつでもいける」
『大丈夫。問題ないわ』
ミケも迷いのない声で応えた。
スペースゲートを抜けた瞬間、ホームの格納庫ゲートが開き、固定アームがタマモをしっかりと支えたまま外へ運び出していく。
機体は、静かに、しかし確かな手応えを持って宙へと押し出された。
『タマモ、行くわよ!』
ミケの声が、機体内に響く。
固定アームが解放されると、タマモは音もなく宇宙に浮かんだ。すぐさま姿勢制御が働き、機体は一瞬で進行方向を捉える。
目標――採掘場まで、一気に加速する。
『頑張りましょう、エクス!』
ミケの声は、わずかに弾んでいた。その気持ちが、こちらにも伝わってくる。
「ああっ! 行こう、ミケ!」
俺も力強く応えた。
『行ってらっしゃい。……頑張ってね』
ブリッジからロウの柔らかな声が届き、俺たちの背中をそっと押してくれる。
タマモはそのまま滑るように宇宙を駆け、目標地点へ向かっていく。
(さてさて、どうなるかな……初依頼)
胸の奥が、高鳴る。
不安もある。けれど、それ以上に――期待の方が、ずっと大きかった。




