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燃料役と初依頼

 みんなでブリッジへと入ると、ロウは直ぐに操縦席に腰を下ろし、操作端末を素早く確認していた。艦の状態を把握しようと、真剣な眼差しで設定項目を切り替えていく。……その横で、俺はというと。


「燃料役。はい、ここ握って魔力を注いでね」


 ミケが端末の横を指さしながら、にっこりと笑いかけてきた。――その顔が、どうにも腹立たしい。耳が愉快そうに動き、尻尾も軽やかに揺れている。


「……お前なぁ。もうちょっと言い方考えろよ」


「事実でしょ?」


 悪びれもせずに返され、俺は思わずため息をついた。


「えっ、燃料役って何!? 人がエネルギー供給してるの?」


 その言葉に、案の定ロウが食いついた。目を丸くしながら、操縦席からこちらを振り返る。くそ、ミケめ……余計な餌を投げるんじゃねぇ!


「この艦の動力はね、“二連魔力式縮退炉”なの。でも、完全停止状態から再起動するには、膨大な魔力が必要になるの」


 ミケが軽やかに言いながら、端末の横に手を添えた。狐耳がぴくりと動き、尾がリズムを刻むようにゆったりと揺れる。


「動き出せば無限に魔力エネルギーを供給できるし、出力も他の艦とは比べものにならないくらい高いのよ。でもね――その前提として、燃料役のエクスが必要なの」


 あくまでさらりと、しかも満面の笑みで言い切る。


「……いや、その呼び方どうにかならないのか?」


 思わず口を挟んでも、ミケは知らん顔。むしろ、楽しんでる気すらする。


「でね。その起動に必要な魔力を持ってるのは、エクスだけなのよ。今は無駄な消耗を抑えるために、満充電された予備の魔力式バッテリーで艦内の基本機能を回してるけど――いざ本格稼働となれば、魔力という名の“燃料”をくべる必要があるの」


「なるほどね……動く燃料。いいわねそれ。燃料代が浮くなんて、うらやましいわ」


 ロウが操縦席からくるりと振り返り、にこやかに笑う。悪意はないが、面白がってるのは確かだ。


「そういう問題じゃねぇだろ……!」


 抗議の声が思わず漏れる。が、完全に流されている感が否めない。


 それでも、俺は渋々と指定された端末へ向かい、魔力供給用のインターフェースを見つめた。――まったく。扱いが燃料タンクってのは、いくらなんでも納得いかねぇ。そう思いながらも、俺は深く息を吸い、右手をインターフェースの握り棒に添えた。


 瞬間、胸の奥――二つの心臓が同時に高鳴るのを感じる。魔力を一気に流し込むと、艦の奥底で眠っていた縮退炉が静かに目を覚まし、予備バッテリーの供給から本来の動力へと切り替わった。


 次の瞬間――艦内の明かりが一段と鮮やかに輝き出す。まるで、目を開けたばかりの生き物が光に馴染んでいくような、そんな感覚。


 ロウの座っていた操縦席も、ゆっくりと形を変えていく。硬質な操作パネルが沈み込み、背もたれが包み込むような曲線に変わった。


「……あら? なにこれ? 形が……変わっていく?」


 ロウが目を瞬かせながら座席を見下ろす。


「しかも……リラックスできる仕様になってる。変な船ね。でも、ありがたいわ」


 そう言いながら、彼女はさっさと端末を起動し、ホームの内部設定を確認していく。早っ。


「OK。いつでも出られるわよ」


 手を止めずに続けるその声に、わずかな感嘆が混じる。


「それにしても、この“スカイ合金”って本当にすごいのね。メンテナンスフリーで整備代も浮くし、防御性能が……もう桁違いじゃない」


 指先で防御レベルの数値をなぞりながら、笑みを浮かべた。


「太陽に突っ込んでもへっちゃら……とまではいかないけど、今の技術じゃ傷をつけるのも難しいなんて」


「武装がついてない分、防御に全振りなんですよ。おまけに、全身から推進力が生まれるから、機動力も移動スピードもぶっ飛んでるってやつで」


 俺の言葉に、ロウはくすっと笑いながら頷いた。


「なるほどね。戦闘はエクスたちが担当。……私はこの“家”の守りを任されたってわけね」


 彼女の目が、モニター越しに広がる宇宙を捉えていた。


「いきましょうか。……管制室、こちら聞こえるかしら? ギルド所属パーティ《エクスペリエンス》の母艦ホームよ」


『こちら管制、受信良好です。どうぞ』


「これより発艦します。ハッチの開放をお願いします」


『了解しました。ハンガー内に作業員などは残っていませんか?』


「ええ、大丈夫。確認済みよ」


『承知しました。ではハッチを開きます。完全に開いた後、ゆっくりと発進してください』


「ありがとう。助かるわ」


『いえ、お気をつけて。復帰時はドック番号をお間違えなく。指定番号は“5-HZ”です』


 ハッチがゆっくりと開ききり、完全にロックが解除されると、ホームは滑るように前進を始めた。


 ――スラスターの噴射もない。振動も、音も、一切ない。


 おそらく外から見れば、不気味に思えるかもしれない。だが、それがこの艦の“普通”だ。ただ、静かに。宇宙を進む。


「……静かね。普通なら何かしらのエンジン音が響いてくるものだけど」


 操縦席からロウがぽつりと呟く。端末に目を走らせながら、口調はいつも通り落ち着いている。


「それに、重力も慣性制御も、この船……各部で最適化されてるわ。乗ってる場所ごとに設定が違うなんて、正直、驚いたわよ」


「気にし始めたらキリがないよ。もう、そういう艦だって思っといた方が楽」


 俺が肩をすくめると、ロウは小さく笑ってうなずいた。


「確かに、そうね。さて――目的地まではスペースゲート経由で約20分ってところかしら」


 そう言いながらロウは、ミケの方へと視線を送る。


「今回は……ミケが適任ね」


「えっ、カリバーンは!? 俺の出番は!?」


 思わず声を上げた俺に、ロウは即座に首を振った。


「ダメ。今回は“タマモ”で行くわ」


「な、なんでだよ! カリバーンの方が――」


「どうしてだと思う?」


 ロウの問いに、俺はしばらく考えたあと、はっと気づいた。


「……カリバーンだと過剰な威力になるからか?」


「正解」


 満足げにロウが笑みを浮かべた。


「ざっとスペックを確認したけど、今回の相手にはタマモの方が向いてる。作戦も単純明快よ」


「……どんな作戦?」


 ロウが真剣なまなざしでミケに向き直る。


「ミケ、あなたにはナノマシンを散布しながら接近してもらう。攻撃は極力避けて、動きを読ませないように」


 狐耳がピクリと動き、ミケは黙って頷いた。


「で、タイミングを見て――針状に固定したナノマシンを心臓に、一突き。内部で妖術を放って仕留める。シンプルでしょ?」


 ロウの口調は淡々としているが、その中には明確な意図と計算があった。


「毛皮にはダメージを与えず、内部だけを破壊するのね?」


 ミケが確認すると、ロウは小さく頷いた。


「そのとおり。依頼もこなせて、さらにボーナスで素材までゲット。傷一つでもつけたら勿体ないわ。せっかくの収入源なんだもの」


「……カリバーンじゃ無理ね。火力が高すぎて、抑えても貫通しちゃう」


 ミケはゆっくりと尻尾を揺らし、しなやかな動きで小さく微笑む。その横顔には、任務への自信と理解が滲んでいた。


「なるほど……毛皮の損傷も最小限で済むし、これなら確実に仕留められる。いい作戦ね」


 そう言いながらも、ミケの視線がちらりとこちらを伺う。


「……でも、初依頼、俺がやりたかったな」


 ぽつりと漏らした言葉に、自分でも情けなさを感じながら、俺は肩を落とした。


 そのとき――


「エクス。あなたたちの《EME》は、二人で一つの機体よ?」


 ロウの声が、やわらかくも芯を持って響いた。


「それに、サポートは大事な役割。どちらが“初依頼”なんて、張り合うようなものじゃないわ。パーティとして、みんなで挑む初めての仕事なんだから」


 耳に刺さるわけじゃない。でも、心の奥にはっきりと届く言葉だった。


「……うん。そうだよな。俺たちは――“二人で一つ”。ミケと一緒に動いて、初めて本来の力になるんだ」


 そう、俺たちは“パーティ”なんだ。どこまでも――みんなで進む、それが《エクスペリエンス》。

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