旅立ちと美容の誓い
宇宙港の指定ドックに係留されたホームの中へ入ると、まずはロウの部屋へと案内された。
「おどろいたわね。外見も変わってるし、スラスターもないのに航行可能なんて。しかも中……居住区の広さが、他の艦とは桁違いじゃない」
ロウが目を丸くしながら、内装を見渡す。
「それ、俺も最初に思った。普通の戦艦って、個室も食堂も機能的で狭めに作られてるのが当たり前だしな。でもこの艦……完全に異質だよな」
「ええ。でも、その“異質”が良いのよね。キッチンも本格的だし、お風呂も……もう最高」
ロウの言葉に、俺も思わず頷く。あらためて周囲を見回せば、この艦がいかに“住むため”に作られているかが分かる。
「でも、ありがたいわね。……私の部屋は?」
「こっちよ。私の隣の部屋」
ミケが軽やかに歩き出し、ロウを案内していく。
俺はその背中を見送りながら、リビングのソファに腰を下ろした。
――あらためて思う。
この艦は、やっぱり“ホーム”だ。
俺があの時、中を詳しく見もせずに決めたが、今になって――本当に良かったって思ってる。
戦うためだけの艦じゃない。帰ってこられる場所。本当に、俺たちの“家”なんだ。
さて……ブラックウルフ四匹の討伐依頼。たしか資料は――
そう思った瞬間、テーブルの上にホロディスプレイが浮かび上がった。
映し出されたのは、ブラックウルフの詳細データ。出現地点、習性、連携傾向――実戦向けに整理された、かなり正確な解析資料だった。
「さて、部屋は確認できたし、荷解きは後ほどにしましょう。まずは――依頼の再確認から」
ロウが当然のように言いながら、ホロディスプレイを操作する。
……さすがだな。俺が動く前に、すでに準備が整ってる。悔しいけど、心底頼もしい。
ミケも俺の隣に座り、画面をのぞき込む。
「今回のブラックウルフだけど……エクスは答えないで。まず、ミケ。あなたならどう討伐する?」
「えっ、わ、私ですか?」
一瞬戸惑ったように耳が揺れるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「そうですね……まず遠距離から一体を倒して、残りをビームマシンガンでけん制。そのあと妖力刀で斬り込むか、ナノマシンを使って分身体を展開してかく乱、そこから各個撃破、でしょうか」
「うん、それでも悪くないわ。でも――他に注意すべき点、何かわかる?」
「注意点……反撃、ですか?」
ミケの耳がわずかに後ろに倒れる。思考が迷ってる証拠だ。
「う~ん、惜しいけど違うのよね……。――エクス。あなたなら?」
ロウが俺を見て、静かに問いかけてきた。
その視線には、“どうせわかってるでしょ”という信頼の色が込められていた。
「まず、周囲への配慮。依頼地点は企業の所有する採掘施設だから、構造物や採掘用の隕石に被害を出さないよう注意が必要。それと……ブラックウルフの毛皮。コートや高級生地に使われる素材だから、できる限り損傷を避けるべきだ」
「そう、それよ。正解」
ロウはふわりと微笑んだ。
「よかったわ~。もしそれを忘れてたら、あなたのバイト経験が無駄になるところだったわ」
……流石にそこは、忘れてないって。多分だけど。
「いい? ミケ」
ロウが少し表情を引き締め、ミケへと視線を移す。
「討伐っていうのは、ただ倒せばいいってものじゃないのよ。依頼内容や背景、素材の価値まで考えるのが冒険者の仕事。――ほら、もう一度データを見てみて」
ミケはうなだれ気味に「はい……」と返事をしながら、ホロディスプレイの表示を改めて確認する。俺も念のため、隣から画面をのぞいた。
そこには、ブラックウルフの各部位とその素材評価、そして“状態による価値変動”までしっかり記載されていた。
毛皮の項目には「痛み・血濡れ・焦げ・裂け」によるマイナス評価の例と、毛並みが綺麗に残っている場合の高値例が表示されている。
「宇宙空間で適応できる毛皮なんて、そうそう手に入るもんじゃないわ。こういう害獣や怪獣の素材こそ、ちゃんと扱えば収入源になるのよ」
ロウは軽く肩をすくめて、言葉を締めくくった。
「どうせ討伐するなら、ボーナスまで狙っていきましょう。活用できる部位は活かす――それが私の価値の一部よ」
冗談めかして笑うけど、その言葉に重さはある。
……なるほど。さすが、ギルドの“特級職員”だ。
700年――ロウの背中を追いながら、いろんなバイトを頑張ってきた俺が言うのもなんだけど……正直、ギルマスに一番向いてるのって、ロウなんじゃないかって昔から思ってた。
「ロウの存在って、やっぱすごいよな。俺たちには、もったいないくらいだ」
思わず、心の中の本音が口を突いて出た。
「あら、珍しいじゃない。エクスが私をそんなに褒めるなんて♪」
ロウはくすりと笑いながら、どこか嬉しそうにこちらを見る。
「いや~。ほら、俺、700年ロウの後ろをついてバイトしてきたからさ。その時は上司って感覚だったし、“できて当たり前”って思ってたんだよ。でも、いざ仲間になって、同じパーティで並んで動くようになったら……やっぱすげぇなって、素直に思ったんだよ」
自分でも、なんでこんなことを急に言ったのかよくわからなかったけど――たぶん今、ロウのやってることが、目に見える形で“支え”として実感できたからだろうな。
「ありがとうね、エクス。でも――まだ始まったばかりなのよ。この程度で驚かれても困るわね」
ロウが冗談めかして笑う。
すると、ミケがそっと前に出て、まっすぐに彼女を見つめた。
「なら……もっと驚かせてください」
その声は、静かだけどしっかり芯があった。
「エクスも私も、まだまだ未熟者です。だから、いろいろ教えてください。お願いします」
「俺も一応、結構頑張って覚えたんだけどな……」
小さくぼやく俺に、ロウがすかさず被せてくる。
「エクス。言いたくないけど、あなたギルドの雑用ばかりやってたでしょう? 討伐記録の書き方、成果報告、評価の指標――そのへんの実務、ちゃんと知ってるの?」
「…………知らん」
自分でも素直すぎてちょっと情けなくなった。
「そういうことよ」
ロウはやれやれと肩をすくめる。
でもそのあと、ミケがやわらかく続けた。
「だから、私たちが覚えていけばいいんです。ロウの負担が減れば、そのぶんロウは自分の夢に――前に進めるから」
その言葉に、ロウが一瞬だけ目を見開いた。
……でも、すぐに、そっと目元を緩めて微笑んだ。
「いい子ね、ミケ。もう……おねえさんを困らせて、どうする気なのかしらね♪」
ロウがからかうように笑うと、ミケは尻尾をふわりと揺らしながら、少しおどけた口調で答えた。
「良い化粧品と美容のコツを聞きたいだけですよ。だって、ロウが推薦してくれたスキンケアや化粧品――それに尻尾のトリートメント、どれも効果抜群だったんですから」
その言葉に、ロウの表情が一気に誇らしげになる。
「乙女として当然よ。私に任せなさい!」
胸を張って指を立てると、勢いそのままに言葉を続ける。
「きっと素敵な化粧品や美容品の数々を作ってみせるわ。そのためにも、まずは資金稼ぎと――施設の製作ね!」
ぱちんと指を鳴らしてウインク。
「ミケ、美容のためにも頑張りましょう♪」
「はいっ!」
ミケの耳が跳ね、尻尾が元気よく揺れる。
二人のやり取りが、リビングにふわっとあたたかい空気を作っていた。
俺は、ほっておかれていた。
いや、正確には――完全に置いてけぼりで、二人で盛り上がってるだけだ。
さみしい……けど、正直、話題に全然ついていけないから、まあいいか。スキンケア? トリートメント? む、無理だ……。
とにかく。
「出発しようか。――ブリッジに行こう」
そう言って立ち上がった瞬間、二人の会話がぴたりと止まった。
そして、同時にこちらを振り向く。
その視線が、なんというか……妙に悪戯っぽい。
「話に加われないからって、いじけちゃった?」
ミケがふわりと微笑む。耳がぴくぴくと動き、尻尾も楽しげに揺れている。
「大丈夫よ。エクスにも、専用のスキンケア用品、作ってあげるから」
ロウがさらりと続ける。目が本気なのがまた怖い。
「いやいや違うからな! そういうんじゃないからな!」
顔を赤くしながら必死で否定する。
「いいから行こう! 出発するぞ!」
俺は逃げるようにブリッジへ向かった。
いや、違う。逃げたわけじゃない。……出発のためだ。逃げじゃない!
――絶対に、逃げじゃない!




