三人の始動と親心の行方
取り繕うように咳払いをひとつしたギルマスターは、わざとらしく腕を組み直しながら言った。
「依頼だからな。……依頼料は、ロウ自身の知識と、ギルド職員としての経験、そして――その役職で得られる“役得”だ」
「ロウの役職って……たしか、上級職員だったよな?」
俺の疑問に、ミケがすっと補足を入れる。
「そうね。でも、“役得”って言っても……残業が多いくらいよ」
ロウは肩をすくめて、小さくため息を吐いた。
「お肌の敵なのに……」
そのぼやきに、ミケの耳がぴくぴくと反応し、尻尾がふわりと揺れた。くすりと笑いを漏らしている。
ギルマスターはというと、まるで聞こえていないかのように、手をひらりと振った。
「……というわけで、今日付けで“特殊職員”に異動させる」
「……は?」
ロウが目を細めた。表情は冷静そのものだが、明らかに眉のあたりがピクリと動いた。
「世界を回って監査や視察を行う立場だ。公的な大義名分もあるし、旅にも同行しやすい。報酬面でも申し分ないだろう?」
ギルマスターは勝ち誇ったようにうなずいているが――
その横顔を見つめながら、俺は小声でミケに尋ねた。
「……これ、つまり無理やり押し込んだだけじゃないか?」
「ええ。どう見ても」
ミケは微笑みながら、ぴんと立った耳を傾けたまま、尻尾を静かに揺らした。
「で、受けるか?」
ギルマスターがどっしりとした声で問いかける。
だけど――
「その前に、まだ確認してないことがあるんだけど?」
俺は、ゆっくりと姿勢を正しながら言った。一番大事なことを、まだ聞いていない。
「なんだ?」
「ロウ自身の意思だよ」
言葉を区切って、ギルマスターを見た。
「今は押し付けられてるようにしか見えない。だから、ちゃんと本人の口から聞きたい。ロウは……どうしたいんだ?」
視線をロウに向ける。俺はまっすぐに彼女を見据えた。
ロウもまた、真剣なまなざしでそれを受け止めてくれる。
そして――静かに頷いた。
「お願い。私も仲間に入れてもらえるかしら?」
その声に、作ったような強がりはなかった。自分の足で、ここに立つという意志だった。
「こんなオカマで申し訳ないけど、損はさせないわ。交渉、資産管理、物資の調達――全部任せて。そっちが戦ってる間に、私が全部整えておく」
自分にできることを、胸を張って言い切るその姿勢に、ミケがそっと口を開く。
「……それでいいの?」
どうやら、まだ聞きたい言葉があるらしい。
ロウは少しだけ笑って、ゆっくりとミケに向き直る。
「そうね……ありがとう、ミケ」
その言葉には、優しさと、どこか少し照れた色が混じっていた。
「私の夢――自分で作った化粧品を世界中に届ける。そのために、どうしても力が必要なの。……お願い、手を貸して」
「こちらこそ」
ミケの表情がやわらかくなる。
「ロウの知識、ぜひ貸してもらいたいわ。エクスだと……浪費が激しそうだから、誰かが財布を握ってないと心配で」
「おい、なんでそこで俺なんだよ!?」
思わず声を上げると、ミケがくすっと笑って肩をすくめた。ロウも、ほんの少しだけ笑いながら、俺の方に視線を寄越す。
「だって、あなた。わかりやすいじゃない」
……俺、そんなに信用ないか?
「よし、話は終わった。これは――餞別だ」
ギルマスターが立ち上がり、手元から小さなケースを取り出す。
中にあったのは、三つの携帯武器だった。
「これはな、特別でもなんでもない。ただの武器だ」
そう言って一つずつ手渡していく。
「エクスにはビームサーベルガン。……読んで字のごとくだ。斬って撃てる、単純明快なやつだ」
俺はそれを手に取り、重量とバランスを確かめたあと、収納魔法へとしまい込む。
「ありがとうございます」
「ミューケイ君には、ビームダガーを二本。短刀が主武装って聞いてたからな」
「頂戴します」
ミケは丁寧に受け取り、小さく頭を下げる。その仕草にあわせて、耳が柔らかく傾き、尻尾が小さく揺れた。
「ロウ。お前には――ビームガン。戦闘に参加はしないだろうが、護身用だ」
ロウがそれを受け取りながら、ちらりと形を見て、眉をひそめた。
「……無骨なデザインね」
言葉とは裏腹に、しっかりと収納しているあたり、使う気はあるらしい。
「お前な……やるんだから素直に受け取れよ」
ギルマスターは額に手をやってため息をつく。
「後で好きにカスタマイズでもしろ。塗装でもリボンでも好きにしていい。これは“どこにでも売ってる武器”だ。初心者なんてこんなもんで十分だ」
その口調は呆れ気味だったが、どこか優しさがにじんでいた。
「終わりだ、終わり!」
そう言いながら、ギルマスターは大きく手を振る。
「よし、じゃあ働け。依頼を受けろ。そして――俺を引退させてくれ!」
最後の言葉には、思わずみんなが苦笑をこらえた。
「引退前提なんですね……」
ロウがぼそりと呟き、
「ずっと言ってますもんね。のんびりしたいって」
ミケがふわりと微笑みながら耳を揺らした。
……まあ、俺たちは、俺たちでやるだけだ。




