二つの心臓と解かれた封印
「今から話す話は、ドラちゃんとフレンちゃんは知ってる話よ」
母さんの穏やかな声とは裏腹に、どこか張り詰めた雰囲気を感じる。兄さんたちが俺を見て、無言で頷いた。何が始まるんだ?
「まずは、お父さんの種族は覚えてる?」
母さんの問いに、俺はすぐに答える。
「エンシェントドラゴンだよ」
そう、父さんはこう見えてドラゴン。しかも伝説級の存在――エンシェントドラゴン。そのドラゴンが今、人の姿で甚平を着て、母さんの淹れたお茶を飲んでいる。……これだけ聞くと、どこかシュールだな。
「じゃあ、母さんの種族は?」
「ハイ・エルフ」
そう答えた瞬間、母さんがふっと微笑む。
「……それがどうしたの?」
俺は思わず眉をひそめた。なんだ、この意味深な雰囲気は――?
母さんはお茶を一口飲んでから、静かに続けた。
「私たちの間に生まれた子は、皆ハーフになるわよね」
「そうだよ?」
それがどうしたっていうんだ?兄さんたちはハーフだけど、母さんのハイ・エルフの血が強く出ている。初めて会ったセンカ姉さんは、父さんのドラゴン寄り。兄弟全員、ドラゴンの鱗を持っているし――そういえば、俺も背中にある。それに、知らない人に触られるとものすごく気持ち悪い。家族とミケ以外には絶対に触らせたくない。そういうものだと思ってたけど――
「今から話すことは、エクス。貴方の体についてよ」
母さんがまっすぐに俺を見据えた。俺の体……?身長が低いってことか?
父さんが、なんてこともない口調で言い放った。
「たいしたことではない。エクスは心臓が二つあるって話だ」
――…………え?
頭が一瞬、真っ白になった。心臓が……二つ?俺が?意味がわからない。俺は何かの聞き間違いをしたのか?反射的に自分の胸に手を当てる。
ドクン――
いつも通りの鼓動。けど――本当に、二つあるのか?その疑念が頭をよぎった瞬間、父さんが静かに告げた。
「今から封印を解く。苦しいと思ったら言え」
――え?
言葉の意味を理解するよりも早く、体の奥が急に熱くなった。
「あっつぅ!! なにこれ!?」
全身が一気に燃え上がるような感覚。ただの暑さじゃない――内側から何かが解放されるような、得体の知れない熱が体を駆け巡る。まるで、全身の血液が沸騰しているような感覚。隣にいるミケが、心配そうに手を伸ばした。
「ミケ! 触るな! 危ない!」
とっさに叫ぶ。これはヤバい。何かが体内を巡っている。痛みはないが、全身の奥で何かが蠢いている感覚がある。姉さんも目を見開いている。そりゃそうだ。帰ってきたばかりで兄さんに怒られ、俺と会ったばかりで、今こんな状況――
「父さん! どういうことですか!」
センカの声が鋭く響く。しかし、父さんは特に動じることなく、ゆっくりと口を開いた。
「エクスには心臓が二つある」
……また、それか。
「一つはハイエルフの心臓。そして、もう一つは俺――エンシェントドラゴンの心臓だ」
――え?
思考が一瞬で止まる。
「今、体を巡っているのはドラゴン特有のオーラだ。落ち着くまで触らない方がいい。手が焼けるぞ」
「やはり、まだ無理か」
父さんが軽く息を吐く。
「もう一度封印する。少しずつ慣らしていくしかないな」
そう言った瞬間――体を駆け巡っていた熱が、ゆっくりと収まっていく。先ほどまで暴れていたオーラが静まり、感覚が元に戻り始める。ようやく、自分の体が自分のものに戻った感覚。
「……はぁ……元に戻った」
深く息を吐くと、ようやく落ち着いてきた。そんな俺を見ながら、父さんが静かに言う。
「やはり、まだ耐えられないか。ただ、鍛錬のおかげで少しは大丈夫みたいだな」
――何が「大丈夫」だよ!
「何が大丈夫だよ! びっくりしたじゃないか!」
思わず声を上げる。冗談じゃない、いきなり体内で何かが暴れ出したと思ったら、今度は封印だのなんだのって――まったく、心臓に悪すぎる!
「それより着替えて来い。今、素っ裸だぞ」
……は?
父さんの言葉に、一瞬、思考が停止した。俺はゆっくりと下を見る――何もない。俺の服が――完全に消えている!?座布団の下で何かが微かに光っていた。母さんが燃えないように魔法をかけてるんだな。……俺の服にもかけてよ!!!
「バカーーーーーーー!!!」
俺は叫ぶので精いっぱいだった。そして次の瞬間――ダッシュ。俺は全速力で自室へ向かう。後ろから笑い声が響く。
「はははっ!」「あはは!」
完全に笑われてる……!
と、その時。
「まさか服が燃えて、フル……ふふっ」
後ろを振り向くと――ミケがついてきていた。銀色の尻尾を揺らしながら、口元を押さえて笑いをこらえている。
「……お前、ついてくるなぁぁぁぁ!!!」