登録完了と“親バカ依頼”
ホロディスプレイの署名欄に、俺とミケ――ミューケイ・ミロの名前を書き込む。
表示された内容を確認し、案内に従って手をかざした。
指先から魔力が流れ込む感覚と同時に、淡い光が腕へと走り、生体情報が読み込まれていく。ふわりと、魔力反応がホログラムに浮かび上がるのが見えた。
――そして、端末から音声が響く。
「登録完了。おめでとう。これでお前も、俺の跡継ぎ候補だ!」
「父上、またそんな冗談を……」
傍らで腕を組んでいたロウが、あきれたようにため息を吐く。だが、ギルマスターは悪びれる様子もなく、大きく笑った。
「いいんだよ。候補なんてのは多い方がいい。俺が引退してのんびりできるなら、その方がありがたい」
軽口の裏に、本音が少しだけ滲んでいた。
「……まったく、先に悠々と隠居したスカイのやつが悪い。今ごろお茶でもすすってるんだろうな。こっちはまだ現役で働いてるってのに」
「それは後継者を放浪させてた父上が悪いんでしょう。スカイ様はきちんとドラシエル様を育ててきたんですから。兄さんが戻ってきた今、もう少しの我慢よ」
ロウの皮肉混じりの返しに、ギルマスターは肩をすくめて笑ってみせた。親子とも、主従ともつかない――けれど、確かな絆を感じさせるやりとりだった。
その空気を背に、俺はホログラムに映る登録情報を見つめていた。
“エクス”。その名が、正式なギルドデータとして記録されていく。
胸の奥に、静かに火が灯るような感覚があった。
――でも、ふと、あることに気づく。
「……なんで俺の名前だけ、“エクス”だけなんだ?」
画面には、“ハイ・エルドラ”の姓が記載されていない。ただ、“エクス”の一語だけ。
「配慮だよ」
ロウが答えるよりも先に、ギルマスターが俺をまっすぐに見た。
「お前、自分が王族だってこと……そろそろ自覚しろ」
その声は低く、静かで――でも、重みがあった。
「“ハイ・エルドラ”とあれば、それだけで気づく奴は気づく。……それが、どういう意味を持つか、分かるよな?」
「わかってるけど……」
思わず言葉が曖昧になる。
「別に名前を捨てろって言ってるんじゃない。ただ――余計なトラブルを避けるために、“今は”表に出さない。それだけだ」
ギルマスターの言葉は、あくまで冷静だった。
「この国では通っても、他所じゃ“王族”ってだけで、利用されることだってある。だから、慎重に扱うべきなんだ」
「……でも、それじゃ、名前を隠したまま進むってこと?」
「違う。表示しないだけで、隠してるわけじゃない」
「……それ、隠してるって言うんじゃ……?」
ぽそりと、隣からミケの声が聞こえた。狐耳がぴくりと揺れ、尻尾もわずかに小さく振れる。
その一言が妙に的確すぎて、思わず俺も吹き出しそうになる。
ギルマスターはというと、無言でロウの湯飲みに手を伸ばしていた。
「……何勝手に飲んでるんですか、父上」
ロウの呆れた声が静かに響き、場の空気がふっと緩んだ。
気を取り直したのか、ギルマスターは咳払いをひとつして言った。
「望めば、いつでも“ハイ・エルドラ”を表示できる。それだけの話だ」
その声は穏やかだったが、芯の通ったものだった。
「お前が――周囲を黙らせるほどの冒険者になれば、誰も文句は言わない」
その視線には、一切の迷いがなかった。
すると、隣にいたミケがそっと口を開く。
「……それ、どう考えても“隠してる”って言うんじゃ……?」
狐耳がぴくりと動き、尻尾も小さく揺れた。その言い方は決して責めるでもなく、ただ、静かな事実確認のようだった。
俺は思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
ギルマスターはというと、完全に聞こえなかったふりで、ロウの湯飲みに視線を戻していた。
「……だから飲むなってば、父上」
ロウの小言が静かに刺さる。
そのやりとりを見届けた俺は、改めて答えを返した。
「……なら、いい」
迷いはなかった。
「よし、決まりだな。じゃあ、さっそくだけど――依頼の話をしようか」
「いきなりかよ」
「ああ」
ギルマスターは口元を釣り上げ、隣のロウの肩をぽんと叩いた。
「こいつ、ロウを連れていけ。お前たちの旅に同行させる」
「……は?」
俺とロウの声が、ぴたりと重なった。
目を見開き、思わず顔を見合わせる。何を言われたのか、すぐには飲み込めなかった。
「父上……どうしてですか?」
ロウの問いかけは冷静を装っていたが、その声にはわずかな動揺がにじんでいた。
「簡単な話だ」
ギルマスターは腕を組み直し、やや遠くを見るようにして口を開いた。
「お前はこの場所で燻ってる器じゃない。世界を知らずに終わるには、もったいない」
それは命令ではなく、静かな提案のようだった。
「だったら――外に出してやるのが親の仕事ってもんだ」
「それだけの理由で……?」
「それだけで十分だろ?」
ギルマスターは小さく笑い、続けた。
「それにな……覚えてるか? お前、小さい頃に言ってたじゃないか」
ロウの眉がぴくりと動いた。
「“自分で作った化粧品を世界に届けたい、それを作るために、世界中を飛び回りたい”ってな。……あれ、夢だったんだろ?」
「っ……」
目を伏せたロウは、一瞬だけ唇を噛む。言葉を返そうとして、それを飲み込んだ。
ギルマスターの声は、静かに続く。
「叶えて来い」
その目には、誇りと――ほんの少しの照れが混ざっていた。命令でも、押しつけでもない。ただ一人の父としての――まっすぐな願いだった。
ロウはしばらく沈黙していたが、やがて顔を上げる。目元に、わずかに揺れる感情がにじんでいた。
「……そういう言い方、ずるいです」
その声は小さかったが、どこかあたたかさを帯びていた。
「……あのぉ~。いい話のところ申し訳ないんですが……」
その空気にタイミングを見計らって、俺はそっと手を挙げる。
「依頼じゃなくて、普通に言ってくれた方がこっちは助かるんですけど……?」
その一言に、ギルマスターの肩がビクリと跳ねた。
「うるさい!」
怒鳴った声に、ミケの狐耳がびくんと反応し、尻尾もぴたりと止まる。
「いいか、これは“依頼”だ! 断じて“親バカ”ではない!!」
……いやいや、そこまで言ってない。というか――
今、自分で“親バカ”って言ったよな……ギルマス。
ロウも隣で、ゆっくりと手のひらを顔に当てた。
「……これがなければ、悪くない流れだったんですけどね」
そうぼやく彼の耳元で、ミケがくすりと笑った。




