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ギルドへの正式加入と“お願い”

 バスを降りると、目の前には見慣れたギルドの建物が広がっていた。


 ――これからは、ここに通うことになる。


 少しだけ背筋が伸びた気がする。今までとは違う、そんな実感が胸の奥で膨らんでいく。


 ケンさんとエマさんは「家に帰る」と笑顔で別れを告げ、そのまま去っていった。温かく、でも少し寂しい背中だった。


 ギルドの自動扉をくぐると、そこはいつもの光景――のはずだった。


 だが、建物の中からはひときわ大きな拍手の音が響いてきた。


「おう、おめでとう。これからは仲間だな」


「おめでとう、頑張ってね。将来有望なルーキーは歓迎よ」


 あちこちから祝福の声が飛んでくる。


 顔見知りの冒険者たち。ギルドでバイトをしていた頃に世話になった人たち。


 その一人一人が俺に向けて笑顔を向け、手を差し伸べ、温かい言葉をかけてくれる。


 嬉しい。けれど、恥ずかしい。


 思わず顔を背けたが、視界の端でミケの狐耳がぴょこりと動く。尻尾がやんわり揺れていて――彼女も嬉しそうだった。


(……やべぇ、泣きそう)


 胸の奥が熱くなって、言葉にできない思いが溢れそうになる。


 そのとき、手を叩く軽やかな音が響いた。


「はいはい、みんなその辺で。――いらっしゃい、エクス。今朝ぶりね」


 ロウだった。カウンターの中から出てきて、周囲に向けて穏やかな笑みを浮かべながら、みんなをやんわりと制した。


 その声に応えるように、祝福の嵐が少しずつ収まっていく。


「ロウ……! とうとう、ここまで来たぞ」


 俺が高ぶる気持ちのままにそう言うと、ロウは微笑んだまま、隣にいるミケに視線を向ける。


「そうね……ミケちゃん、どう? 緊張してないかしら?」


 するとミケは一歩前に出て、淡々とした声で答えた。耳がピクリと動き、尻尾が緩やかに揺れる。


「大丈夫です。ただ、エクスがここまで慕われているなんて――ちょっと驚きました」


 その言葉に、俺は思わず振り向いた。


「……おい、それどういう意味だよ」


 つい突っ込むと、ミケの耳がぴくっと跳ね、尻尾が小さく揺れた。


「そのままの意味ですけど?」


 さらりと返されたその一言に、周囲からまた笑い声がこぼれる。


(……絶対ちょっとからかわれたな、今)


 俺は苦笑しながら、それでも――この空気が心地よかった。


「さて――では、ちょっとギルマスの部屋に行きましょうか」


 ロウが穏やかに言いながら、俺たちの前に歩み出た。


「えっ、登録ってカウンターでやるんじゃないのか?」


 俺が戸惑いながら聞き返すと、ロウはにこりと微笑んだ。


「本来はそうなんだけど……今回は特別。ギルマスから直接、少しお願いしたいことがあるそうなの」


「……お願い?」


 俺が首を傾げると、隣のミケが小さく反応した。耳がぴくりと動き、尻尾がわずかに立ち上がる。


 ほんのり緊張感が走る空気に、ロウは気さくな笑みを崩さないまま、歩き出す。


「大丈夫よ。変なことじゃないから――いや、やっぱり“面倒ごと”だと思っておいて」


 ロウは軽く肩をすくめながら、くすりと笑ってみせる。


 そう言って先を促すその背中を見ながら、俺は仕方なく背筋を伸ばした。


「面倒ごとって、まさかまた書類データの整理とか、部屋の片づけとか……」


「違う――と言いたいけど、父上のことだから……言いかねないわね」


 ロウは楽しげに笑いながら振り返る。耳がほんの少しだけ揺れて、気を緩めたような尻尾の動きが目を引いた。


 ミケはというと、無言で俺の隣に並んでいたが、軽く息を吐くように肩を落とす。耳が少しだけ伏せられていたのは、きっと“覚悟”の合図だ。


 俺たちは並んで転送装置へと足を踏み入れた。


 転送光が身体を包み、数秒後――目の前の景色が変わる。


 到着した先は、ギルドの最上層にある一室――ギルマスターの執務室だ。


 荘厳さと実用性が同居したその空間の前で、ロウは慣れた調子で声をかけた。


「父上、入りますよ」


『ギルマスって言え。……どうぞ』


 中から聞こえてきたのは、いつもの――やたらと疲れきった声だった。


 朝に聞いたばかりのはずなのに、なんだかあの時よりも倍は疲れてるような気がする。


 ぴしゅ、と音を立てて扉が開く。


 その瞬間、目に飛び込んできたのは――


 見慣れた、と言ってしまえば聞こえはいいが、やたらと散らかったギルマスターの執務室だった。


「……朝は綺麗だったのに」


 思わず漏れた俺のぼやきに、すかさずロウが肩越しにツッコミを入れる。


「ギルマス。もう少し、美意識を持ってほしいわね」


 ちらりとミケを見ると、彼女はすでに“戦闘態勢”だった。


 ぴん、と耳が立ち、尻尾が小刻みに揺れている。 目線は室内の散らかった書類の山と、使い終わっていない器具類に釘付けだ。


(うわ、うずうずしてる……)


 表情には出さずとも、動きで分かる。


 きっと、メイドとしては“この惨状”が許しがたいんだろう。


 ミケは無言のまま室内を見渡していたが、耳がぴんと立ち、尻尾が落ち着かない様子で左右に揺れている。 その視線は、あきらかに散乱した書類データや空いたカップ、使いっぱなしのホロ端末へと注がれていた。


(お願いだから……いきなり掃除し始めたりしないでくれよ?)


 俺が心の中でひそかに祈った直後、ギルマスターの声が室内に響いた。


「――座ってくれ。今、これを終わらせてしまう」


 書類の山を前にしながら、ギルマスターはわずかに顔を上げる。


 俺は一歩引きつつ、遠慮がちに言ってみる。


「いや、だったら俺、カウンターで登録してくるけど?」


「ダメだ」


 即答だった。


 その一言にかぶせるように、ギルマスターは書類が映っているホロディスプレイを一枚ぺらりとめくりながら続ける。


「ロウから聞いていると思うが――頼みごとがある。少し、待て」


 言葉に感情はないが、その口調にだけは微妙な重みがあった。


 俺は仕方なく頷き、ミケと視線を交わす。


 彼女は黙って隣に立っていたが、尻尾の揺れが少しだけ落ち着いている。


(掃除を始めてないってことは、まだセーフか……)


 ペン型端末をひと振りし、ギルマスターがようやく書類束に区切りをつけた。


「……よし、終わった。今そっちに行く」


 その一言に、室内の空気がふっと緩んだ。


 立ち上がったギルマスターが大きく伸びをしながら、ぼやくように呟いた。


「……早く引退してぇ~」


 あまりにも素直な本音に、俺は肩をすくめた。


「兄さん待ちです」


「わかってるよ……」


 ため息混じりに応えたギルマスターは、手元の端末を操作して、登録用のホロパネルを浮かび上がらせる。


「さて、待たせたな。まずは登録を済ませてしまおう。このデータを読んで、チェック欄に記入を――」


 そこで、俺の方をちらりと見てから、やや力なく言った。


「……エクス、登録の手順は覚えてるな。説明、してやっといてくれ」


 相変わらずの丸投げだった。


 俺はため息をひとつついてから、ミケの方を振り返る。


「……はいはい、俺が説明するよ」


 呆れながらも、俺はミケに向けて、手順の説明を始めた。

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