再会と、新たな一歩
ホームを宇宙港の指定ドックに係留し終えると、俺たちはそのまま艦内の転送室から地上へと移動した。
転送先は、王都宇宙港の正規エントランスホール――広大な転送室のひとつだった。
転送光が消えると、目の前にはゲートが構えられており、手首の端末をかざすことで自動的に開く仕組みになっていた。
ぴ、と短い認証音が鳴り、ゲートが静かに開く。
その先には――活気に満ちた港湾フロアが広がっていた。
さまざまな種族の人々、そして冒険者らしき一団が行き交っている。
俺たちと同じように宇宙港に到着した者もいれば、これから搭乗口に向かい出航しようという者もいる。
――人の流れが、ここで世界を結んでいる。
「これから、ここに通うことになるのね」
ミケが周囲を見渡しながらそう呟く。狐耳がぴんと立ち、尻尾が左右に揺れている。
「ああ。冒険者になったら、手続きや依頼の関係で、ここの出入りも増えると思う」
俺は軽く肩をすくめながら答えた。
「なるほど……なんだかんだ言って、ギルドでのバイト経験が生きてるわね」
ミケが軽く笑い、耳が柔らかく揺れる。尻尾も楽しげにふわふわと弧を描いていた。
「だろ! ちなみに――宇宙港からギルド本部までの直通エアーバスもあるぞ!」
俺が胸を張って得意げに言うと、ミケの尻尾がぴたりと止まった。
「……で、どこにあるの?」
「――知らん!」
言い終わると同時に、ミケの耳がピクッと反応し、尻尾が「はぁ……」と言いたげに一度たれてから、ゆるく揺れた。
「意味ないじゃない。……職員の人に聞いてみましょう」
そう言ってミケは端末を開き、近くの案内カウンターに視線を向けた。
しっかり者で助かるが、尻尾の動きにすべての心境が表れていて、やっぱり可笑しい。
案内カウンターでエアーバスについて確認してみたところ――乗り場は、この施設から少し離れた別ブロックにあるらしかった。
俺たちは案内された方向に向かって歩き出す。
途中、出入口近くの中央通路を通りかかると、懐かしい顔が目に入った。
ギルドで何度か一緒に作業をしたことのある、あの人たちだ。
「おう、今日ギルドに行ったら“辞めた”って聞いたぞ。――まさか、とうとう冒険者になるのか?」
気さくな中年の冒険者が、手を振りながら声をかけてくる。
「うん。今から登録してくるところ」
俺がそう返すと、仲間たちも続けて顔をほころばせる。
「おぉ、そりゃめでてぇ! 頑張れよ!」
「ありがとう!」
肩を軽く叩かれながら、俺は思わず笑みを返していた。
ミケも横でぺこりと会釈をして、耳がぴこぴこと上下に動いている。尻尾は左右にふんわりと揺れながら、どこか楽しげな雰囲気だった。
そんなやりとりをしながら、歩みを再開する。
数分後――目的地であるエアーバス乗り場に到着した。
そこには、すでに数機のエアーバスが発着しており、停留エリアには案内スタッフと管理システムが整っていた。
端末に手をかざして登録情報を照合していると、また別の人物が声をかけてきた。
「よぉ、エクス! 聞いたぜ、いよいよ冒険者になるんだってな!」
「うん、今ちょうど向かってるところ」
「それなら、気をつけろよ。最初は戸惑うことも多いと思うけど、基本を忘れなけりゃ大丈夫だ。あと――背中はちゃんと任せられる仲間を持て」
その言葉に、俺は隣にいるミケの存在を意識する。
彼女は表情を変えずに頷いたが、耳がほんの少し伏せられ、尻尾がゆっくりと一度だけ揺れた。
たぶん、照れくさいのを隠してるんだろう。
「ありがとう。肝に銘じるよ」
そう答えると、バス乗り場の発着サインが光を放ち、次の便の搭乗が始まろうとしていた。
エアーバスに乗り込むと、内部は思った以上に広々としていた。
座席の脇には装備を一時的に置けるようなラックが整備されており、短距離とはいえ、しっかりと休める造りになっている。
俺たちは後方の空いている座席に向かおうとしたその時――
「エクス? おお、やっぱりエクスか! 久しぶりだな!」
声をかけられて振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
ケンさん――初めてギルドに行ったとき、俺を案内してくれた先輩冒険者。ドラシエル兄さんの友人でもある。
「久しぶりね、エクス」
その隣には、エマさんもいた。
柔らかく微笑むその顔に、どこか少し寂しげな影が差しているように見えた。
「お久しぶりです。……エマさん、何かありました?」
俺がそう尋ねると、エマさんはちょっとだけ眉を下げて、ゆっくりと頷いた。
「……わかっちゃうか。うん、私ね――引退するの」
一瞬だけ、時間が止まった気がした。
ミケも隣で表情を変えずにいたが、ぴたりと耳が止まり、尻尾がほんの少し沈んだように見えた。
「まあ座れ。……詳しく話すとだな、おめでたなんだ」
ケンさんが照れくさそうに笑いながら言った。
(おめでた……?)
俺は首を傾げた。何かいいことでもあったのか……?
隣を見ると、ミケが目を丸くしていた。耳が思いきり跳ね上がり、尻尾がばっと立ったまま固まっている。
その異様な反応に戸惑いながら、俺は素直に疑問を口にした。
「……おめでたって、何がめでたいんです?」
「――エクス!」
ミケが、珍しく語気を強めて俺をにらんだ。
耳がぴしぴし震えていて、尻尾がぴくぴくと感情を抑えきれない様子で揺れている。
「……あんた何言ってるの! “赤ちゃん”よ! お腹に赤ちゃんがいるってことよ!」
「……あっ」
その瞬間、俺の中でやっと意味が繋がった。
エマさんが、静かに笑いながらお腹に手を添える。
「そういうこと。やっと落ち着いたからね――この辺で一区切りってわけ」
俺は思わず口を押さえ、恥ずかしさと同時に込み上げる感情にうなずいた。
「……そうでしたか。おめでとうございます!」
俺はそう言って、心から祝福の気持ちを伝えた。
だが、その笑顔の裏でふと気になることが浮かんでくる。
「……ケンさんも、引退されるんですか?」
問いかけると、ケンさんは少し肩をすくめながら、口元に苦笑を浮かべた。
「俺? 引退は……しない、って言いたいところなんだがな。そろそろ潮時って感じだ」
そう言いながらも、どこか吹っ切れたような表情だった。
「それに――誘われててな」
「誘われた?」
俺が首を傾げると、ケンさんはあっさりと答えた。
「ドラだよ。軍に来てほしいってさ。冒険者としての知識や経験を、新兵たちに教えてやってくれって頼まれてな」
「兄さんが……すみません。いつも人を巻き込むタイプで」
申し訳なさそうに言うと、ケンさんはくしゃっと笑った。
「気にするな。あいつの頼みって、結局は“誰かの役に立つこと”だしな。悪い話じゃない。それに――」
ちらりと隣のエマさんに目を向ける。
「エマと、ちゃんと結婚式も挙げたいと思ってるんだ」
その言葉に、エマさんが小さく頷いた。
ミケは隣でそのやり取りを見守りながら、尻尾をふわりと左右に揺らしていた。耳もゆるやかに伏せられ、会話に滲んだ穏やかな空気を、そのまま受け取っているようだった。
――どこか、嬉しそうにも見える。
ケンさんとエマさんの未来に、少しだけ希望を感じていたのかもしれない。
そんな温かな空気の中で話しているうちに、バスは静かに減速を始めた。
車内アナウンスが流れ、目的地が目前であることを告げる。
視界の先、ホロウィンドウには――見慣れたギルドの建物が映し出されていた。
ゆっくりと降下しながら、エアーバスは滑らかに着陸する。
ドアが開く音と共に、お互いの新しい一歩が、また始まろうとしていた。




