艦内探検と、ちょっとした大騒動
ブリッジを出て下のフロアへ降りると、目の前には十字に広がる廊下が現れた。
艦の後方には、俺たちの居住区とトレーニングルーム、それに艦の動力や機能を管理するシステム動力室。
右手には、カリバーンとタマモの武装が格納されたエリアへ向かう専用エレベーター。
左手には、物資や補給品を積み下ろすための大型エレベーターが設置されている。
そして正面の廊下には、ブリッジへと繋がるエレベーターと今はまだ使ったことのない情報室や多くの空きスペースも並んでいた。
(……意外と広いな)
ひとまず、ミケがいそうな居住区へ向かうことにする。
スライドドアに近づくと、自動で静かに開いた。
すると、なぜかさらに玄関スペースがあり、きちんと靴を脱ぐようになっていた。
戸惑いつつ靴を脱ぎ、中へ進む。
そこには――
畳張りの居間と、広々としたリビングルームが広がっていた。
(いやいや、マジで家じゃん……)
思わず心の中で突っ込む。
窓の外には、暗く深い宇宙が広がっているというのに。
リビングには、四人掛けの大きなソファが三つ並び、中央には大型のテーブル型端末。ホロ投影装置も内蔵された豪華な造りだ。
居間の方には、座布団と小型の丸型テーブル端末に小さな縁側。
その隣には、襖があり首脳スペースもあった。
さらにリビングの奥には、キッチンと自動調理機も完備。
完全に、どこかの高級マンションだ。
「ミケー?」
軽く声をかけながら進むが、返事はない。
リビングの奥へと続く通路には、いくつかのプライベートルームが並んでいた。
それぞれの扉脇にはネームプレートが取り付けられていて、一番手前には俺――エクスの名前。
隣には、ミューケイのネームプレート。
そっとドアをノックしてみたが、中から反応はなかった。
(……いないか)
肩をすくめつつさらに奥へ進むと、視界に飛び込んできたのは一枚の暖簾だった。
「湯」と大きく染め抜かれている。
どうやらここは、浴場らしい。
男湯と女湯に分かれているのを確認し、試しに男湯を覗いてみると――
そこには、まさかの本格的な銭湯空間が広がっていた。
広い湯船に、木製の洗い場。
壁には、宇宙を映すホロビジョン。
(こだわりすぎだろ!)
思わず突っ込みを入れながら、銭湯を後にする。
とりあえず一旦、自分の部屋を確認してみることにした。
スライドドアを開けて中に入ると、そこには想像以上に快適な空間が広がっていた。
八畳ほどの広さ。
隣には、小型ながらしっかりとしたキッチン。
さらに、トイレとシャワールームまで完備されている。
クローゼットと収納式ベッドに同じく収納式の机と椅子、収納すれば広々としておりちょっとした作業や運動も出来そうなスペースも確保されるようだ。
(……うん、これはこれで快適そうだな)
俺は小さく息を吐き、ベッドに腰を下ろす。
柔らかなクッションが、体をふわりと受け止めた。
あらためて部屋を見回して、ふと考える。
(……八畳ってだけでも十分なのに、キッチンにトイレにシャワー室まであるなんて)
しかも、クローゼットもかなり広め。
正直、これ以上ないくらいの至れり尽くせりだ。
(……俺、こんな快適でいいのか?)
ちょっとした罪悪感すら湧いてくる。
俺は思わず苦笑しながら、ベッドの上で軽く背伸びをした。
「そんな暇ないわよ。もう着くから」
すぐ背後から、冷ややかな声が飛んできた。
――は?
振り返ると、ブリッジの出入口に、腕を組んだミケが立っていた。
銀色の狐耳をぴくりと動かしながら、じとっと俺を見つめている。
もう着く?今、なんて?
「おいおいおい!俺、どのくらい気絶してたんだよ!」
慌てて問いかけると、ミケはあっさりと答えた。
「三十分ほどよ。障害物もなかったし、スペースゲートも使ったから早かったの」
スペースゲート――
あれを使えば、確かに一瞬でワープ移動できるが……
それにしても、三十分って。
俺は思わず天井を仰ぎ、虚しくため息を吐いた。
だが、ミケはそこでは終わらない。
狐耳をピクリと動かしながら、さらに一歩、俺に近づいてくる。
「その前に――何か言うこと、あるんじゃない?」
ちょっとした罪悪感すら湧いてくる。
俺は思わず苦笑しながら、ベッドの上で軽く背伸びをした。
「どこにいるんだ、ミケの奴」
独り言を漏らしながら、ミケ捜索の続きを開始する。
次に向かったのは、左手にある物資倉庫だった。
巨大なエレベーターに乗り込み、倉庫エリアへと降りていく。
扉が開くと、そこにはまだがらんとした広い空間が広がっていた。
床には仮設のラインだけが引かれ、コンテナも最小限。
ほとんど空っぽだ。
そんな中に――ミケの姿があった。
どうやら、運び込まれた物資が何なのかを確認しているらしい。
「ミケー!」
広い空間に俺の声が反響する。
おお、めっちゃ響くな。
「うるさいわよ。響くから大きな声を出さないで!」
ぴしゃりと怒鳴り返された。
ミケは眉をひそめながら、じとっと俺をにらみつける。
その隣では、怒りの気配を宿した狐耳がピクリと動き、尻尾もぴんと張っている。
「で、何か言うことは?」
じとっとした視線が突き刺さる。
俺はぴしっと背筋を伸ばし、真剣な顔で答えた。
「えっと、パンツ見てごめんなさい」
次の瞬間――
「はぁ?」
ミケの声が、氷のように冷たく低くなった。
……あれ?
なんか、空気がおかしい。
どうやら俺は――選択肢を間違えたらしい。
だけど、俺なりに真剣に考えたんだ。
ミケの照れ隠しの蹴りとか、怒った勢いで蹴飛ばされたこととかは、まあ仕方ないと思ってる。
でも――
パンツを見てしまったことだけは、ちゃんと謝らなきゃいけないだろうと。
しかし、目の前のミケは狐耳をぴくぴくと震わせながら、じわじわと怒気を溜め込んでいた。
ヤバい。
全然伝わってない。
俺は慌てて言葉を重ねた。
「いや、だってさ」
手を軽く振りながら、必死に弁解を試みる。
「子供みたいにウキウキしてたのは、正直正解だろ?まあ、それを指摘したのは悪かったと思ってるよ」
ミケの尻尾が、ぴくぴくと不規則に揺れ始める。
さらに俺は続けた。
「でもさ、照れ隠しに蹴りを入れたのは、ミケの方が悪いんじゃないか?」
ぴたり――。
ミケの動きが止まる。
背筋に冷たい汗が伝った。
それでも俺は、後には引けなかった。
「まあ、そのせいで……見えちゃったわけだし。だから、ちゃんと謝ったんだけど……」
尻すぼみになる俺の声。
ミケの狐耳はぴくぴくと激しく動き、怒りと照れが入り混じった尻尾がぶわっと膨らんだ。
これは――本格的にヤバい。
俺は両手をぶんぶん振りながら、必死に言葉を繰り出した。
「いやいや!お互いさまで手打ちにしようよ!」
声が自然と裏返る。
「お互いに悪かったんだし!な?ごめんって!」
必死の呼びかけに、ミケは狐耳をピクピクと動かしながら、じとっとした目で俺を見据えた。
「……今日、スカイ様とシエル様に怒られたばかりなのに、まだデリカシーって言葉を知らないのかしら」
小さくため息を吐き、呆れたように言う。
その尻尾はまだ怒りを含んでいるが、少しだけ、揺れが柔らかくなった。
「でも……確かに、私も悪かったし……」
ぽつりと呟きながら、ミケは腕を組み直した。
「じゃあ、今回は――お互いさまってことでいいわよ」
その言葉に、俺はほっと息を吐く。
だが――ミケはぴしっと指を立て、強い口調で続けた。
「でも!」
尻尾がビシッと跳ねる。
「本当に!デリカシーって言葉を覚えなさい!いつか……」
言いかけて、狐耳がぴくんと伏せる。
「……いつか、もっと痛い目……」
ミケは小さく肩を震わせ、言葉を絞り出した。
「いた……これ以上、痛い目見たくないでしょ!」
最後は怒鳴るでもなく、心配そうな声音になっていた。
俺は、そんなミケを見て、自然と小さく頷いた。
「……わかった。気をつけるよ」
怒っているようでいて、根っこのところでは――心配してくれてるんだ。
だからこそ、俺は心からそう答えた。




