新たな拠点、ホーム探索開始できない?
ホームの格納リフトに降り立った俺とミケは、並んで艦内へと歩みを進めた。
短い廊下を抜けると、すぐにブリッジへと辿り着く。
そこにあったのは、余計な装飾の一切ない、シンプルな操縦席だった。
「シンプルなブリッジだな」
思わず呟くと、隣でミケも小さく頷く。
「そうね。操縦席だけ……かな?」
俺たちは周囲を見渡した。ブリッジの窓際には、折りたたみ式の簡易シートが並んで収納されていた。
「ここで宇宙を眺めながら、相談とか、作戦会議とかできるんだな」
俺は天井に広がる広大な窓を見上げた。真っ暗な宇宙が、静かに瞬く星々を浮かび上がらせている。
「ブリッジ兼ブリーフィングルームってところね」
ミケの銀色の狐耳がぴくりと動き、尻尾がゆったりと揺れた。
この空間は、ただの操縦室じゃない。俺たちの旅立ちを支える、いわば心臓部だ。
「エクス、どうする?オート操舵で宇宙港に向かう?」
ミケが操縦席に軽く手を添え、こちらを振り返った。
「……そうしよう。その間、ホームの中を見てみようぜ!」
俺は笑いながら答えた。
「子供ね。もっと余裕を持ちなさいよ」
ミケが呆れたように言う。その声音は、完全に『まったく、子供なんだから』という空気を纏っていた。
だがな、ミケよ。
「……耳と尻尾が興奮を隠しきれてないけど」
俺が静かに指摘すると、その瞬間――
ミケの狐耳も尻尾も、そして本人すら、ぴたりと動きを止めた。
まるで一時停止したかのように硬直している。
俺は肩をすくめ、小さく笑いながら言葉を重ねた。
「全く、ミケも子供だな」
俺が肩をすくめると、ミケの狐耳がピクッと震えた。
次の瞬間だった。
目の前に、ふわりと白いものが飛び込んできた。
ミケの足だ――いや、もっと正確に言うなら、足の付け根近く、ちらりと見えた白い布地。
咄嗟に認識してしまった俺の脳は、次の瞬間、強制的にフリーズした。
その間に、ミケは完璧なフォームで飛び上がっていた。
「このバカエクスが~っ!」
怒りの絶叫が、耳をつんざく。
見上げる俺の視界いっぱいに、ミケの靴裏が迫る。
回避?無理だ。
言葉を発する暇もなく、ミケの渾身の一撃が俺の額を直撃した。
衝撃で意識が一瞬飛びかける。
痛みよりも、最初に感じたのは、彼女の尻尾が怒りに震えている気配だった。
それがなんだか悔しくて、最後の力で呟いた。
「……白、だったな」
そして――
俺の世界は、真っ白に染まった。
――いや、本当に、意識ごと吹き飛ばされた。
怒りの声が響いたブリッジの中、重力のない空間で、俺の身体はふわりと宙に浮き上がる。
くるり、くるりと、緩やかな回転を繰り返しながら。
手足を伸ばす力もなく、ただ無抵抗に回る俺の視界には、銀色の光沢を放つ天井や壁が、次々とゆっくりと流れていく。
その合間に、ミケの狐耳と、ぷくっと膨れた尻尾が怒りに震えているのがちらちらと見えた。
――ああ、やっぱり怒ってるな。
そんなぼんやりとした感想すら、もう遠い。
やがて、俺の身体はゆっくりとした速度のまま、ブリッジの後方壁面へと近づいていく。
回転の勢いも、ほとんどない。
ぺたん、と壁に当たると、まるで吸い付くように俺は止まった。
そのまま、壁にぐしゃりと貼りついた姿勢で、完全に意識を手放す。
ブリッジには、微かな衝突音と、まだ怒りを滲ませたミケの声だけが、静かに漂っていた。
目を覚ますと、俺はまだブリッジにいた。
無重力の中、壁にゆるく貼りついた体勢のまま、ゆっくりと意識が戻る。
どうやら――そのまま放置されていたらしい。
「……いたたたっ」
痛む顎に手を当て、呻きながら体を起こす。
無理に動かしたせいで、内臓まで軽く揺さぶられたような気持ち悪さが込み上げたが、なんとか耐えた。
「ミケの奴、やっぱり蹴りの威力が上がってるな……」
情けない呟きを漏らしながら、ふとブリッジの窓に目を向ける。
そこには、黒く深い宇宙が広がっていた。
点在する星々が、まるで流れるように遠ざかっていく。
どうやら、ホームはすでに航行を始めているようだ。
「……オート操舵、か」
ミケが自分で設定してくれたのだろう。妙に手際がいい。
俺はぼんやりと宇宙を眺めながら、ふと――さっきの出来事を思い出してしまった。
「しかし、白か……」
あの、チラリと見えてしまったミケの下着の色。
それは、以前見た子供っぽいデザインではなかった。
どこか、少しだけ――成長したんだな、と思った。
だが、すぐに自己嫌悪の波が押し寄せる。
「……いや、今日やらかしたばっかりだった……」
自分の情けなさに、思わず顔が熱くなった。
更衣室でのあの騒動。
ミケの怒り。
そして、ブリッジでの制裁。
次々にフラッシュバックしてきて、俺は慌てて首を振る。
いやいやいや!考えるな俺!今はそんな場合じゃない!
ぐるぐると頭の中で否定しながら、何とか気持ちを切り替える。
「……さて、ホームの中を見て回ろうかな」
体の痛みをこらえながら、立ち上がる。
ミケに謝らなきゃならないし。
それに――
この小さな艦が、これから俺たちの“家”になるんだ。
ちゃんと、自分の目で確かめておきたかった。




