叩きつけられた現実と覚悟
ゼン義兄さんに完敗した俺たちは、一旦ユグドラシルに戻った。
タマモを慎重に着艦させ、ハンガーへと収納する。
機体を降りると、すぐにゼン義兄さんがこちらへ歩いてきた。その歩みは、まったく疲れを見せない――あのプレシジョンを、余力で操っていたことを思い知らされる。
「お疲れだったな」
ゼン義兄さんは、にやりと微笑んで言った。
「どうだ? これが高ランク冒険者の実力だ。……まぁ、自分で言うのもなんだがな」
その言葉に、俺は悔しさを噛み締めながら答えた。
「はい。俺は、まだまだどころか……あまりにも甘過ぎました」
膝に手をつき、悔しさと情けなさを押し殺す。
隣ではミケも、きゅっと唇を引き結び、耳を伏せながら小さく続けた。
「わたしも……エクスを見てたはずなのに……」
自分を責めるような声だった。
ゼン義兄さんは、そんな俺たちを静かに見つめ、少しだけ優しく微笑んだ。
「それさえわかればいい。今はまだ、成長中だ」
低く、穏やかな声だった。
「ましてや――まだ冒険者の麓にすら立っていない」
その言葉は、決して責めるものではなく、未来を信じる者の言葉だった。
だけど――
「でも……完敗だった」
俺は拳を握り締めた。
悔しさと、悔しさと――そして、どうしようもない実力差に、打ちのめされるしかなかった。
その時だった。
「いやいやいや」
ゼン義兄さんが、呆れたように言った。
けれど、声には微かに笑みが混じっていた。
「当たり前だろう、エクス」
俺は顔を上げる。
ゼン義兄さんは、腕を組んだまま、厳しい視線を俺に向けていた。
「お前は、Sランクに勝てるとでも思ってたのか?」
静かに、だけど鋭く突き刺さる言葉だった。
「もし、そんな風に考えてたなら――冒険者を止めるべきだ」
突き放すような厳しい声。
けれど、それは決して見捨てるためではない。本気で俺たちを育てるための、痛烈な叱咤だった。
「お前は、あまりにも舐め過ぎている」
静かな指摘が、胸に深く突き刺さった。
ミケも隣で、小さく肩を震わせながら唇を噛んでいた。狐耳がきゅっと伏せられ、尻尾が寂しげに揺れる。
俺たちは――まだ、ただの『駆け出し』にすらなれていなかった。
そんな俺たちに、ゼン義兄さんは静かに言った。
「俺たちがこなした依頼の数、戦闘の数――経験。すべてをまだ持っていないお前たちが、勝とうなどと考えるな」
言葉は厳しい。けれど、そこに怒りはなかった。事実を、ただまっすぐに突きつける声だった。
俺もミケも、何も言い返せなかった。
「……と、説教はここまでだ」
ゼン義兄さんが、ふっと肩の力を抜いた。
「えっ?」
思わず、俺とミケが揃って声を漏らす。
「簡単に言うと――調子にのるなよってことだ」
ゼン義兄さんは、にやりと笑った。
「いつでも、全力でぶつかれ。でないと、今日みたいなことになり、命を落としかねん」
その言葉に、俺たちはぎゅっと拳を握った。命のやり取り――それが、俺たちがこれから進む世界だ。
ゼン義兄さんは、少しだけ間を置いてから続けた。
「まぁ、カリバーンを落とそうとするなら、今の俺でもかなりてこずるがな」
「えっ……どうして?」
意外な言葉に、思わず顔を上げた。
ゼン義兄さんは、わずかに苦笑しながら続けた。
「言っただろうし、実際にやって見せただろ」
プレシジョンが、カリバーンに近距離でビームを撃ったにもかかわらず、無傷だった。
それは――絶望的な現実だった。
「お前たちの機体に攻撃をしたとしても、無傷だった」
ゼン義兄さんは、肩を竦めながら淡々と言った。
「命のやり取りでは、あれはある意味――圧倒的に俺が不利だからな」
冗談めかした口調だったが、その目は決して笑っていなかった。
その言葉に、ほんの少しだけ心が救われた。けれど、それは同時に――機体性能に頼っている自分たちを、容赦なく突きつけるものだった。
「……わかっていると思うが」
ゼン義兄さんは静かに続けた。
「機体性能のおかげだ。お前たち自身の力じゃない」
ぐっと胸を突かれる。
わかっていた。頭では理解していたつもりだった。
けれど、こうして正面から言われると――痛いほどに、言葉が胸に突き刺さった。
「今はまだ、経験不足だ」
ゼン義兄さんは腕を組み直し、真っすぐに俺たちを見た。
「これから冒険者としてやっていくんだろ」
その瞳に、曇りはなかった。
だからこそ、最後にかけられた言葉が、余計に重く響いた。
「――頑張れ」
短く、だが確かな励ましだった。
俺とミケは、自然に同時に頷いていた。
その時。
「どうやら、説教は終わったみたいね」
軽やかな声が響いた。
振り返ると、センカ姉さんたちがホームからこちらに向かって歩いてきていた。
その姿は、どこか凛としていて、でも優しさを滲ませていた。
センカ姉さんは、俺たちの前で足を止めると、静かに言った。
「ゼンが言ったから、私からは一言だけ」
その声は、決して大きくない。けれど、すっと胸の奥に染み込んでくる。
「これから貴方たちは――人を殺すことをする」
センカ姉さんの言葉に、思わず息を呑んだ。
その声音には、悲しみも怒りもない。ただ、現実だけを静かに告げる響きがあった。
センカ姉さんは目を逸らさなかった。まっすぐに、俺たちを見据えたまま続けた。
「それが、海賊や犯罪者であれば――ためらってはいけない」
その一言に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ためらえば、泣く人が増える」
短く、だが鋭く刺さる言葉だった。
守るために、戦う。その意味を、改めて突きつけられる。
センカ姉さんは、一拍置いて、さらに言葉を重ねた。
「そして――救えない人も、いる」
ミケの狐耳がぴくりと震えた。彼女もまた、痛みを抱えながらその言葉を受け止めていた。
俺も、喉の奥がきゅっと締めつけられる。冷たく重たい現実が、容赦なく胸に突き刺さる。
それでも、センカ姉さんは優しく、けれど絶対に揺るがない声で続けた。
「いい? 後悔してもいい」
その声音は、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「悩んでも、苦しんでも、振り返ってもいい」
静かに、でも確かな重みをもって、センカ姉さんは言葉を紡いだ。
「でも――そこで歩みを止めたら、だめ」
その瞳は、強く、そして痛いほどに優しかった。
「這ってでも、進みなさい」
小さな震えを隠さずに告げるその言葉は、決して命令ではなかった。でも――それ以上に重い、覚悟の継承だった。
俺は拳を握りしめた。
ミケも、静かに尻尾を揺らしながら、顔を上げる。
俺たちは、何も言えなかった。けれど、胸の奥に――確かに、静かで力強い火が灯るのを感じた。




