夢を追う少年と王族たちの思惑
「お茶が入りましたよ」
重い空気が一瞬にして変わる。
母さんとミケが持ってきたお茶の香りがふんわりと広がり、部屋の雰囲気が和らいだのを感じた。
「母さん、いいタイミングだ。さすがだな」
「何言ってるんですか、もう恥ずかしい」
母さんは照れながらも、父さんの肩をぺちぺちと叩き、そのまま隣に座った。
ミケは手際よく湯飲みを配り終え、俺の隣に腰を下ろす。
……ん?
ミケだけコーヒーなんだが?
湯飲みの中を覗くと、明らかに他と違う色。
自分だけ好物かよ!
じっと見つめていると、ミケが不思議そうに眉をひそめる。
「何?」
「……何でもないです」
絶対バレてる。
そんなやり取りをしていると、父さんが改めて皆を見回した。
「さて。みんな落ち着いたか?」
センカが静かに息を吐き、肩の力を抜く。
「はい。父さんの言う通り、後にします」
それを聞いて、父さんはゆっくりと頷いた。
「エクス。センカのことだが、許してやってほしい」
俺の方に視線を向けながら、穏やかだがどこか厳しさを含んだ口調で続ける。
「どうしても帰れなかったんだろう。クランを運営してると、全体を見なければいけないからな。とはいえ……二十年も帰ってこないとは思わなかったが」
……二十年!?
思わずセンカを見た。
姉さん、俺が生まれてから一度も帰ってきてないってこと……?
センカは苦笑しながら視線を逸らす。
「父さん……それ、責めてるんですか?」
「真実だが?」
スカイはあっさりと答えた。
――いや、父さん、それが一番キツいやつ。
俺はお茶をひと口飲み、少し落ち着いてから口を開いた。
「大丈夫。別に俺は怒ってないよ」
センカ姉さんが驚いたように俺を見つめる。
「むしろ、憧れてるんだ」
そう言いながら、俺は目を輝かせた。
「センカ姉さん、ゼン義兄さん、どんな冒険をしてきたか教えてほしい! 俺も、冒険者になりたいんだ!」
センカの目が大きく見開かれる。
ゼン義兄さんは、穏やかに微笑みながら頷いた。
そして――
「……はぁぁぁぁ……」
ドラシエル兄さんが、深いため息とともに頭を抱えた。
「どうしてうちの家族はこうも自由すぎるんだ……王族の誇りはどこに行った……」
魂が抜けたような表情で、兄さんは天を仰ぐ。
「兄さん、落ち着いて」
フレン兄さんが、呆れたように苦笑しながらなだめていた。
すると――
「ドラシエル。なら辞めるか?」
突然、父さんがさらりと言った。
「また俺が王になってもいいんだぞ。別に気にしてないしな」
ドラシエル兄さんの動きがピタリと止まる。
「は……?」
兄さんの額に青筋が浮かぶのが見えた。
「父さん、母さんは今まで十分頑張った! 後は俺が引き継ぐから大丈夫だ! ゆっくり休んでほしい!」
語気を強める兄さんに、フレン兄さんも頷く。
「そうだよ、父さん、母さん。僕と兄さんで大丈夫。センカもエクスも気にする必要はないよ。自由に生きていいんだ」
穏やかに言いながらも、その目はしっかりとした決意を宿していた。
だが――
「フレン! お前は甘い!」
ドラシエル兄さんが、勢いよく立ち上がる。
――おぉ、また始まった。
「いいか。俺たちの背中には国民の未来を背負ってるんだ! それを――」
「でも兄さん、前に言ったじゃないか」
フレン兄さんが落ち着いたまま、さらりと返す。
「『俺たちで背負う』って」
「しかしだな――――」
「大丈夫」
フレン兄さんがにっこり微笑みながら言う。
「センカやゼン、エクスは気にしなくていいよ」
その瞬間、ドラシエル兄さんの口がピタリと止まる。
「……ぐぬぬ」
腕を組み、何か言い返そうとするが、結局言葉が出てこない。
毎回こうやって、ドラシエル兄さんはフレン兄さんに丸め込まれてるな。
センカ姉さんが、静かに俺を見つめた。
「エクス。私たちに憧れてくれて、ありがとう」
一瞬、柔らかい笑みを浮かべる。
けれど――
「でも、大変よ。冒険者は」
センカの声が、少し低くなる。
そのグレーの瞳がわずかに陰り、今までとは違う雰囲気をまとった。
俺は思わず息をのむ。
――と、その時。
「センカ。お前が言えたことか!」
突然、ドラシエル兄さんが声を張った。
「国王の方が大変だわ! いいか、エクスの面倒を見てやれよ!」
バンッとテーブルに手をつきながら、兄さんが命令口調で言い放つ。
「これが許すための譲歩だ!」
センカは一瞬、ぽかんとした表情になった。
「……は?」
ゼン義兄さんも思わず苦笑する。
「ドラシエル殿、それはずいぶん強引なまとめ方では?」
だよな……俺もそう思う。
「知るか!」
兄さんは勢いよく言い放つ。
「夢を追う弟のために、センカ。お前は何かしたか? してないだろ! ならこれからしてやれ。ゼンも同じだ!」
――流石国王。圧力が違う。
兄さんの強引な押しに、センカとゼンが一瞬言葉を失う。
「……それを言われると……」
センカは微妙な顔で視線を逸らした。
「……ああ、ぐうの音も出ないな」
ゼン義兄さんも苦笑しながら頷く。
そして、ドラシエル兄さんは静かに俺の方を向いた。
「エクス。センカの言うことは正しい。冒険者とは命がけの仕事だ」
その瞳がわずかに鋭くなる。
「もし、ただの憧れだけで追うなら――やめろ」
だけど――
「憧れだけじゃない」
俺はまっすぐに兄さんを見た。
「これはホントに俺の夢なんだ。世界には色々な場所がある。俺は、その目で色々なものを見てみたいんだ」
思い描くだけで胸が高鳴る。
未知の大地、見たことのない景色、触れたことのない文化。
俺はそれを知りたい。感じたい。
その気持ちは、ただの憧れじゃない。
すると――
「私も同意です」
隣から、静かだけど力強い声がした。
俺の言葉を受けて、ミケがまっすぐ前を見つめる。
「私の夢も、エクスと宇宙に行って世界を見たいです」
その狐耳がピンと立ち、尻尾が意志を示すように揺れる。
「どうか、一緒に夢を叶えさせてください」
真剣なまなざしで、兄たちを見つめるミケ。
俺はそんな彼女を横目に見て、自然と微笑んだ。
すると――
「お前もか、ミケ」
ドラシエル兄さんがため息混じりに呟く。
「俺はイナホさんになんて言えば……」
「母さんにはもう話してあります」
ミケが落ち着いた口調で言う。
「応援してくれると言ってくれました」
……マジかよ、ミケ。もう了承取ってるのか。
俺もそう言ってもらいたい!
しかし――
「お前たち、熱くなりすぎだ。落ち着きなさい」
父さんが穏やかに言葉を挟む。
続いて、母さんが静かに口を開いた。
「そうね。今はまだ許可はできないわ」
――えっ!?
俺は膝から崩れ落ちそうになった。
母さんからダメって言われるなんて……
「今から話す内容を知ってからでないとダメよ」
……ん? 流れが違う?