宇宙へ飛翔
2025/04/17 書き直しました
ゆっくりと、ハンガー内を進んでいく。
カリバーンの巨体は、重力に縛られることなく、滑らかに移動していた。だが、その一歩ごとに、質量の圧倒的な存在感が空気を震わせるように伝わってくる。
前方には、リニアカタパルト。俺たちを宇宙へと押し出すための、巨大な射出機構が静かに待ち構えていた。
その直前で、通信が入る。
『カリバーン、こちらオペレーターです。進行、問題ありません。そのまま前進してください。シャッターが開きますので、指示があるまで進行を続けてください』
「了解」
短く返答し、慎重に歩を進める。
目の前の巨大なシャッターが、低く唸るようなモーター音とともに左右へ開いていった。だが、その先にはもう一枚、内側のシャッターが閉ざされている。
『現在、内側のシャッター閉鎖作業中です。完了後、外側シャッターを開放します。その先は直接宇宙空間ですので、慎重にカタパルトへ進んでください。以後、重力固定を開始します』
通信が淡々と続く中、俺は深く息を吸い込んだ。
この扉の向こうは、もう宇宙だ――。
そう思っただけで、背筋が自然と伸びる。これから、本当に飛び出していくのだ。カリバーンと、ミケと、俺たち自身の力で。
シャッターの完全開放を確認し、機体をゆっくりと進める。足元に灯された誘導灯が、暗闇の中に一本の道を描き出していた。
『カリバーン、現在位置確認。カタパルト固定位置まで進行。……重力固定、開始』
オペレーターの落ち着いた声が、耳に心地よく響く。
指定された停止ポイントまで歩を進めたところで、機体にかすかな振動が伝わった。脚部がカタパルトレールに固定され、射出準備が整えられていく。
数秒後、通信が続く。
『リニアカタパルト展開準備完了。5秒後に発進します。――初めてのカリバーン運用になります。お気をつけて』
モニターにカウントが映し出され、残り時間を刻み始める。
全身を駆け抜ける緊張感。だが、それを遥かに凌駕する期待感。
『発進5秒前――4、3、2、1』
「カリバーン、行きます!」
叫ぶと同時に、リニアカタパルトが火を吹き、カリバーンの巨体が宇宙へと滑り出した。重力の束縛が消え、身体ごと空間に溶け込んでいくような浮遊感が広がる。
『エクス、思いっきり行きなさい!』
ミケの声が、ヘルメット越しに弾んで届いた。その声に力強く頷き、俺は二連魔力式縮退炉の出力を一気に開放する。
ドォン、と低く唸るような音。
それに呼応するかのように、カリバーンの背面から、凄まじい輝きが放たれた。
放たれた光はただの推進ではなかった。
空間に描かれたのは――無限大をかたどる、美しい“∞”の光の軌跡。
青白い光が、宇宙空間に二重の曲線を描きながら、流れるように螺旋を編み、無限へと手を伸ばしていく。
『……綺麗……』
ミケが、小さな声で呟いた。
その一言に、自然と頷きたくなる。
――この光景は、ただ美しいだけじゃない。限界を超えろ、と語りかけてくるような、力強さと可能性に満ちていた。
ただ、ひたすらに前へ。そして、全身を使って動かす。
跳ねる、飛ぶ、回る、蹴る、殴る――そのすべてが、体と意識が直結している。動けば、思えば、即ち動く。
宇宙を、まるで泳ぐように――駆け抜ける。
「やばい……! マジで自由だ……!」
抑えきれなかった叫びが、自然と口を突いて出た。
「本当に、俺の体みたいだ!」
カリバーンの全身が、俺の意思と完璧に重なっている。この感覚は、ただの操縦じゃない。まさに一体。
そして、背後には――今もなお、眩い光を放ちながら描かれる“∞”の軌跡。
「ミケ! 次はミケの番だ!」
『了解よ。モードチェンジ――ミューケイ!』
その言葉をきっかけに、視界が変わる。
ゴーグルがふわりと透明化し、代わりに全周位モニターへと映像が切り替わった。
目の前に広がるのは、漆黒の宇宙。そしてホロディスプレイには、コックピット内のミケの姿が映し出されている。
床面からせり出していたシートが滑らかに収納され、逆に俺の方へ新たなシートが展開された。自然な動きで腰を下ろし、背もたれに体を預ける。
中央ホロディスプレイでは、カリバーンからタマモへと変形していく映像が流れ始める。構造がなめらかに組み換わり、まるで生き物が形を変えるかのような、美しく滑らかなモードチェンジだった。
その中心には、ミケの姿。コックピット中央に浮かび、補助アームによって優しく固定される様子がリアルタイムで映し出される。
(……俺も、こんな感じだったんだな)
思わず、そんな感想が浮かぶ。
無重力にふわりと漂い、中央で固定される姿――今のミケを見て、どこか間の抜けたような印象を抱いてしまった。……もちろん、それを口に出すつもりはない。だって、俺も同じだったから。
「ミケ、どうだ? すごいだろ、一体感が!」
『すごい! 本当に私が……タマモになったみたい!』
ミケは弾んだ声でそう応えた。だが、すぐにほんの少しだけ、声に陰が混じる。
『でも……だからこそ、少しだけ悔しい……』
そう言うと、ミケは自分の胸に手を当てた。そして――ホロディスプレイに映るタマモも、同じ動きをなぞる。
けれど、その動きは、どこか沈んでいた。胸に当てた手は、わずかに沈み込み、そこで止まっていた。
『胸……なんでジジさん、大きい胸のデザインにしたのよ……』
ミケのぼやきに、思わず苦笑しそうになる。
……そこは、ロマンだとジジさんが言っていた。もう、あきらめるしかない。
「将来、もっと大きくなるかもな」――そんな言葉が喉まで出かかったが、必死に飲み込む。
今は、余計なことを言うべきじゃない。ミケにまた怒られるのは、さすがにこりごりだ。
――だから、俺は黙っておくことにした。




