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間違えた更衣室と、叱責の嵐

2025/04/13 書き直しました

 母さんから“女の子の扱い”についての、やんわりとした――けれど容赦ない説教が終わり、俺はようやく深呼吸をひとつ吐いた。


 周囲を見渡してみるが、そこにミケの姿はなかった。確か、さっきまでハンガーにいたはずなんだけど――。


「ミケなら着替えに行っている」


 そんな俺の様子に気づいたのか、ゼン義兄さんが淡々と教えてくれた。そのまま、少しだけ間を置いて言葉を重ねる。


「エクス。義兄としても忠告しておこう。もう少し、女性に対する扱いを学ぶべきだ」


「ロウには少し悪戯するくらいがいいって……」


「あれは“少しの悪戯”ではなく、下手をすれば暴言と受け取られる。わからないなら――やらない方がいい」


 ……はい。ごもっともです。


 俺は小さくうなだれた。何も言えねぇ。


 そんな俺の前に、ふわりと黒い布が差し出された。


「では、これを受け取ってくれ」


 ゼン義兄さんが両手で持っていたのは、俺の身体には明らかに大きすぎるパイロットスーツだった。漆黒を基調とし、胸元にはエルフとドラゴンを模した銀糸の刺繍が大胆にあしらわれている。腕や脚には、魔力伝導を高めるための銀のラインが滑らかに走っていた。


「それは、特殊ナノマシンと魔法繊維で作られた“お前専用”のスーツだ」


「いや、ぶかぶかなんだけど。義兄さんが着てもぶかぶかになると思うよ?」


「問題ない。ナノマシン技術で自動的にフィットする。身体の成長にも対応できるし、毎月一度ナノマシン液に漬ければ自己修復も可能。理論上、永久使用が前提だ」


 ゼン義兄さんの説明は、いつもながら端的でわかりやすい。でもそのまま、さらっと恐ろしいことを言い始めるのがこの人の怖さでもある。


「ヘルメットは首元のボタンで展開される。ナノマシンと魔法繊維によって形成されるから、視認性は極めて高いし、衝撃にも強い。宇宙空間でも不快感なく動ける設計だ」


「酸素カプセルは?」


「必要ない。酸素はナノマシンが生成する。ただ、緊急用に首元にカプセルがあるから、万が一のときは使え。……ちなみにデザインは、お義母さんの発案だ」


 最後のひと言に、なんとも言えない圧が宿っていた。この時点で、何も文句は言えなくなった。


 ――まあ、文句のつけようがないくらい、デザインはカッコいいからいいけど。


 俺がスーツをもう一度手に取って見直していると、ゼン義兄さんが続けてもうひとつ差し出してきた。


「それと、パイロットスーツの下に着る専用の肌着だ。汗や……まあ、緊急時のお漏らしなどを吸収してくれる」


「えっ、それって……」


 つい聞き返してしまった俺に、義兄さんが少しだけ目線を外して、妙に真面目な声で言った。


「……言っておくけど、俺はしたことがないぞ。ただ、中にはやらかして、スーツ内に……あとは、判るよな」


 うわ。


 想像してしまった。想像したくなかった。……気持ち悪い。


 俺は黙って肌着を受け取り、そのままそっとスーツの中に押し込んだ。


「着替えはそこの更衣室でしてくればいい」


 ゼン義兄さんが軽く顎を向けた先には、待機所に隣接する扉付きの区画があった。控えめな表示パネルが点灯しており、そこが更衣室であることを示していた。


「ありがとう。着替えてくる」


 俺は素直に礼を言って、スーツと肌着を抱えたまま更衣室へと向かう。軽く息を整え、ためらいもせずドアに手をかけて――


 ――開けてしまった。


 勢いよくスライドドアを開けたその瞬間、視界に飛び込んできたのは、まさに着替えの最中だったミケの姿だった。


「きゃっ~~~~! エクス、何やってるの!?」


 ミケは驚きの声を上げ、思わず背を反らすように反応した。狐耳がピンと跳ね上がり、尻尾が鋭く一瞬だけ揺れる。その反射的な動きが逆に、彼女の存在感を強調した。


 彼女は咄嗟に両腕で胸元を押さえ、尻尾で腰のあたりを必死に覆い隠そうとした。だが――その隙間から垣間見えたのは、まだ成長途上ながらも確かに女性の輪郭を持ち始めた身体。柔らかな肌と引き締まった筋肉のライン、その中心にある“くびれ”――まるで絵画のように美しいフォルムが、光に照らされていた。


 俺は――完全に硬直した。


 目を見開いたまま、息を止めてその場に立ち尽くしていた。理性も、思考も、すべてが一瞬だけ停止したように。


「え、え、えぇ!? ご、ごめん!! 間違えた!!」


 ようやく声が出た。我に返った俺は、顔を真っ赤に染めながらドアを勢いよく閉め、全力でその場から飛びのく。


 スライドドアが閉じる直前――


『エクス!? ここ、女子更衣室でしょ!? 何してるの!?』


 ミケの怒りが詰まった声が、鋭く耳に突き刺さる。尻尾がばさりと跳ねた様子が脳裏から離れない。


 ハンガーへ飛び出した俺は、胸元を押さえながら壁際に背を預け、しばらくその場から動けなかった。心臓がやたらと大きな音を立てている。ひどく、騒がしい。


「やばい……ほんとに間違えた……」


 そのつぶやきが終わるよりも早く、背後から近づいてくる足音がひとつ。


 振り返ると、ゼン義兄さんが静かに歩いてきて、俺に向けて冷ややかな視線を送った。


「エクス。女子更衣室って、ちゃんと書いてあるだろう? 入る前に確認をなぜしなかった」


 言葉は穏やかだったが、その瞳には“やれやれ”と“呆れ”と“軽い説教”が同居していた。俺はその場で、ぐしゃっと髪をかきむしり、両手で頭を抱え込んだ。


「……ほんと、ごめん……」


 とりあえず、死にはしなかった。だが、精神的には――何かがすごく削れた気がする。


「……ほんと、ごめん……」


 とりあえず、死にはしなかった。でも――これは確実に、追加の説教フラグ成立である。


「エクスちゃん。もう一度、お話しましょ?」


 その声は、俺のすぐ横から聞こえた。


 振り返るまでもない。そこに母さんが立っている。笑顔はいつも通り穏やかで、柔らかい。……なのに、背筋に冷たい汗がにじむのはなぜだろう。


 次の瞬間、隣からさらに低い声が重なる。


「そうだな。俺も、一言くらい言っておいた方がいいだろうな」


 父さんが腕を組んでいた。静かに、でも確実に俺を見ていた。


 ……完全に、逃げ場は消えた。


 それでも、ふたりがきちんと叱ってくれるのはありがたいことだと、どこか冷静な自分がいた。けれど、同時に――どうしても忘れられない光景が、頭の中でぐるぐると回っていた。


 さっき見た、ミケの体。


 あの、驚いたように耳を立てた表情。腕で胸元を押さえ、尻尾で腰を覆おうとする仕草。それでも隠しきれなかった、あのくびれや、透き通るような肌――


 いかん、いかんって! 今そういう思考してる場合じゃないだろ俺!


 脳内で全力でブレーキをかける。


 でも、止まらない。目に焼きついた光景って、こういうことを言うんだなと今さら思い知る。


 俺は黙って頭を垂れ、深く深く反省の呼吸を吐いた。

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