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カリバーンへの登録と、始まりの色

2025/04/13 書き直しました

 無重力になった格納ハンガーに、ふわりと風が巻いた。


 俺は掌に軽く魔力を込め、流れを操る。生まれた風が背中を押し、ミケと並んでカリバーンの背後へと滑るように進んだ。


 銀の髪がやわらかく波打ち、尻尾がゆるやかに揺れる。ミケは何も言わなかったが、狐耳がぴくりと小さく反応し、耳の奥で気持ちが弾んでいるのが伝わってくる。


「いいかい、君たちぃ~。今から正式に、生体登録をしてもらうからねぇ~」


 後方からジジさんの声が届く。ホロ越しの映像に浮かぶ彼の顔は、相変わらずどこか飄々としていたが、その言葉にはいつになく“責任”の色が混じっていた。


「そうすれば、その機体は君たち以外には動かせなくなるからねぇ~。この子たちは、世界でたったふたりだけの操縦者さ~」


 俺はカリバーンの背中に手をかけながら問いかける。


「……どうやるんです?」


「今、コックピットを開けるからぁ~。乗り込んだ瞬間に登録完了~!そのあとは、声で開けるか手首の端末から操作すれば、自由に出入りできるようになるのさ~」


 その声と同時に、背部装甲が音もなくスライドを始めた。肩甲骨のあたりから、左右対称の小型ハッチがゆっくりと姿を現す。まるで、心臓の奥を静かに晒してくるような動きだった。


 思わず息を呑む。


 ふたり分の扉が開いた先には、球体型の空間が広がっていた。


 内部には何もない……はずだった。


「ジジさん。コックピットって、何もないんじゃなかったんですか? シート、ありますけど」


 浮かびながら中を覗き込んだミケが、首をかしげて尋ねる。


「それはねぇ~。補助に回る時に、ずっと立ってると疲れるからだよぉ~。カリバーン形態では、ミケ君のために補助用シートが出てくるのさ~。でも、モードを切り替えてタマモになったら、そっちは収納されて、今度はミケ君が中央に固定。代わりにエクス君側のシートが出てくるってわけだよぉ~」


 なるほど。モードによって主従が入れ替わる構造は、内部までも連動している。


「ミケ」


「ええ。乗りましょう」


 彼女の声は、いつもよりほんの少しだけ柔らかかった。狐耳がぴくりと揺れて、その一瞬に緊張と期待が滲む。


 ふたり同時に、開かれた背部ハッチから球体型のコックピットへと滑り込む。


 無重力下の流れに身を任せ、静かに進入したその瞬間――


 周囲の視界が、ふっと切り替わった。


 中は完全な球体型の密閉空間で、内壁すべてを覆うようにホログラムモニターが展開していた。だが、そこに映るのはただの闇。光のない静寂が広がっているだけだった。


 エクス側とミケ側、それぞれの視座はシステムによって分離されており、互いの姿は見えない。


 無重力の中、体はふわふわと漂っている。


 同じ機体に乗っているはずなのに、まるで誰もいない空間に一人だけ取り残されたような、不思議な感覚だった。


 その時――静かに、しかし確実に、空気が変わった。


 無音の光がコックピット全体を包み込み、球体の壁面が脈を打つように淡く発光し始める。幾何学模様が滑らかに流れ、視界のすべてがそれに染まっていく。


『生体パターン確認――登録完了。重力慣性制御を開始します。漂っているリング端末を手に取ってください。続いて、現在の個人端末よりすべてのデータを移行します』


 その声に導かれるように周囲を見渡すと、空間にひとつ、緩やかに浮かぶリングが視界に入った。


 淡い光をまとったその形状は、現行の端末とはまるで異なって見えた。


 そっと手を伸ばし、指先で触れると――その材質が意外にも柔らかいことに気づく。


 弾力があり、引けば微かに伸び、形が戻る。不思議な感触だった。


 だがその一方で、信じられないほど薄く、軽い。


 とてもこの中に“機械”が詰まっているとは思えない。


 まるで――命に寄り添う装飾のようだった。


 感触を確かめていると、再び表示が浮かび上がる。


『データ移行完了。現在の端末を外し、新たな端末をお好きな手首に装着してください』


 俺は右手首に着けていた旧端末を外し、新たなリングを手首に通す。


 瞬間、細やかに形状が変化し、自動でサイズが調整された。まるで最初からそこにあったかのような、自然なフィット感だった。


『この特殊端末は、ナノマシンとスカイ合金によって構成されています。成長とともに形状が調整され、永続的な使用が可能です。更新や故障の際は、ユグドラシル・フォール宛にご連絡ください。――それでは、良き冒険者人生を』


 穏やかな音声が締めくくられると、画面が一度静かにフェードアウトする。数秒の沈黙ののち、再び光が灯り、視界に別の映像が映し出された。


 それは、コックピット外――カリバーンから見た映像だった。父さんと母さん。センカ姉さんにゼン義兄さんに興奮しているジジさん。そしてモニターの一部に、ミケの姿が小さく表示される。


 銀の髪が無重力の中を柔らかく揺れ、狐耳がぴくぴくとわずかに動いている。尻尾もふわりと浮かび、彼女の内心の高まりが視覚越しに伝わってきた。


「ミケ、聞こえるか?」


『ええ、聞こえる。端末は手に取った? ちゃんと装着したの?』


「お前は母さんか」


『似たようなものよ。専属メイドだし』


 その言葉に、モニター越しの彼女がふっと微笑んだように見えた。ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。


「ミケ、最終工程だけど――機体色は決めてもいい?」


『いいけど、変なのにしないでよ』


 大丈夫。もう決まってる。


 俺の脳裏に浮かんでいたのは――世界樹の白と緑、そしてどこまでも続く青空。


 主色はホワイト、ライトグリーン、スカイブルー。柔らかさと清らかさを宿す、自然との調和。


 サブカラーには茶色を添え、大地を思わせる落ち着いた重みを。内部装甲には銀――スカイ合金の輝きで、確かな技術と未来への意思を織り込んだ。


 その姿は、まさにエルドラ王国の象徴――世界樹のように雄大で、それでいてエルドラ王国の勇者としての風格を纏っていた。


 そして、モードが切り替わる。


 装甲が流れるように展開し、ラインが滑らかに変形していく。


 機体の顔が女性的な輪郭へと変わり、肌は自然なスキントーンに。


 長く伸びた銀髪が宙を舞い、狐耳と尻尾も銀に染まって――その姿は、まるでミケそのものが“形”を持ったかのようだった。


 コックピットにホロディスプレイが映し出され、機体がどのように彩色などがされたのかが表示される。


「どうだ。ミケ!」


『……良いけど。タマモ、私に似てない?』


「似てないだろ。胸もタマモよりないし、尻もぺったんこだし」


『降りたら死になさい!』


 その声のあと、モニター越しの彼女の尻尾がぴしりと揺れた。


 耳も微妙に角度が変わっていて――怒ってる、これ確実に怒ってるやつだ。


「いや、だってミケが似てるって言ったから、違いを言っただけで……」


『そこでどうして胸やお尻の話になるの!』


 モニター越しにミケの耳がぴくぴくと跳ね、尻尾がばさっと逆立つように揺れる。


 それが“本気の怒り”に変わる前に、タイミングよく別の通信が割り込んできた。


『聞こえてるわよ。二人とも、一旦降りてきて頂戴。渡したいものと武装の説明をするわ。そのあと、私たちと少し訓練しましょう』


 通信元はセンカ姉さん。淡々とした声の中に、確かな“静かな圧”が混ざっている。だが、そのまま続く言葉には、さらなる威力があった。


『でもその前に――エクス。母さんから』


 緊張が走った。次の瞬間、回線が切り替わる。


『エクスちゃん。ちょっと女の子の扱い方が悪いわね。お話ししましょうか』


 母さんの声は、いつも通り優しく穏やかだった。……それが逆に怖い。


 ミケの怒りより、母さんの“お話”の方が数倍怖いのは――俺が誰よりよく知っている。

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