偽装の代償と父の“ロマン”
2025/04/07 書き直しました
「えっ……どういうこと?」
思わず声が漏れる。
俺とミケは視線を交わし、目の前の機体を見上げた。
どう見ても完成された機体にしか見えない。フォルムも洗練されていて、質感も本物そのものだ。
しかし、ゼン義兄さんが静かに口を開いた。
「それはな、俺たちのクラン専用量産機――“ユーグ Mk.Ⅶ”に装甲だけ被せた偽物だ。本物は別にある」
ミケの狐耳がぴくりと揺れ、尻尾が止まった。
隣で俺も、思わず顔をしかめる。
「さっきから私が怒りに満ちてる理由がそれよ」
「前回やったのと――まったく同じことを、またジジがしでかしてくれたわ」
同じこと?
まさか、あの時みたいに……予算を偽装して無断で造った二連魔力式縮退炉と同じパターンか?
またかよ、ジジさん!
「……ジジ。いくら使った?」
父さんの問いは静かだった。
その静けさが、逆に逃げ道をすべて塞ぐような重みを持っていた。
「えっと……約600億UCかなぁ~……」
ジジさんの声は、あまりにも軽かった。
その金額の重さと、本人のテンションの落差が、逆に笑えない。
(ろっ……600億!?)
「ウソだろ……?」
桁がおかしい。いや、もはや次元が違う。
けど――センカ姉さんの表情を見る限り、それは冗談では済まされない“事実”だった。
「マジ……かよ……」
声が漏れた。足元がすこしだけ、揺れた気がした。
隣に立つミケが、そっと口を開く。
狐耳が伏せられ、尻尾がぴたりと静止している。
「センカ様……その、本当なんですか?」
「本当よ」
姉さんの答えは即答だった。
「父さんに提出していた書類も――ジジが全部偽装してたわ」
その言葉に、ミケの耳がぴくりと震え、俺の背筋もひやりとした。
「ちなみに――エクスの稼いだお金じゃ、全然足りないわよ」
「……おうっ!」
情けない声が出た。七百年、毎日バイト漬けだったってのに……。
夢見てたあの機体が、そんな金額に吸い込まれてるとか、聞いてないって……!
「センカ、落ち着きなさい。母さん、いいな」
父さんが一歩前に出て、低く、穏やかに言葉を投げた。
「ええ、いいけど……」
母さんがふわりと笑みを浮かべて続ける。
「センカちゃんのチェック体制も、ちょっと甘かったんじゃないかしら? 私たちに提出された資料、ちゃんと見てた? 結構怪しいところ、多かったわよ」
「……っ!」
センカ姉さんがわずかに眉を動かす。
怒気が揺らぎ、空気に微かなほころびが走った。
「そういうことだ。……まあ、いい」
父さんが手首の端末に触れ、ホロディスプレイを起動させる。
淡く光る魔導パネルが浮かび上がり、操作音が静かに響く。
「――出してやる。600億UC。だから、本物を――見せてみなさい」
「父さん!」
思わず声を上げた姉さんに、父さんは静かに言葉を重ねる。
「聞きなさい」
その一言だけで、場の空気がぴたりと張り詰めた。
「センカ。確かに――ジジのやったことは、許されることではないかもしれん」
ゆっくりと、けれど揺るぎのない口調で言葉を紡いでいく。
その声には、王として、そして父としての重みが宿っていた。
「だがな。今回の件、チェック体制の不備――それは、センカ側の落ち度でもある」
姉さんがわずかに息を飲む音が聞こえた。
父さんの視線が、まっすぐに姉さんを捉える。
「ちなみに、俺と母さんは……資料に目を通した時点で、すでに気づいていた」
さらりと告げられたその一言に、俺とミケは同時に動きを止めた。
狐耳がぴたりと固まり、尻尾も静かに沈黙する。
「まあ――伊達に王と王妃をやってきたわけではないからな」
その言葉に、どこか得意げな笑みが浮かぶ。
「ジジには、判明した段階で直接連絡を入れてある。そのまま造って構わんと――GOサインも出した」
「センカちゃん」
母さんが一歩進み、やわらかく言葉を添える。
「責めるつもりはないの。ただ、経理の人員、ちょっと足りてないんじゃないかしら? それと――戦うだけじゃなく、資料の精査も。ついでに料理も、もう少し頑張った方がいいと思うのよね?」
(今、さりげなく“料理”って言ったな、母さん……)
姉さんがぴくりと眉を動かしながら、静かに口を開いた。
「……わかりました。確かに、私の落ち度もあります。けれど、知っていたなら――なぜ、教えてくれなかったんですか?」
「面白そうだったから――いや、どうせなら“良い物”を造ってもらおうと思ってな」
父さんがわずかに目をそらしながら言い訳する。
(今、完全に“面白そうだった”って言ったよね? いやもう、ほとんど言ってたよ父さん……)
センカ姉さんが呆れを含んだ声を漏らしかけた、その瞬間――
「良いか」
父さんが言葉を遮って、一歩前に出た。
場の中心に立ち、どこか演説めいた口調で語り始める。
「時には――男として、止めてはならんときがある。それは“ロマン”だ」
(……始まった)
姉さんが完全に口を閉ざす横で、父さんの“ロマン講義”が静かに幕を開けた。
「ロマンはな、人を動かす原動力となり、未来を拓く扉にもなる。だからこそ、突き進むしかない。迷ってはならん。男とは、そういうものだ」
その声には、なぜか不思議な説得力があった。年季と自信、そして場数を踏んだ者だけが持つ“語りの圧”というやつだろうか。
「ジジよ。それに見合うもの――ロマンは、出来たのか?」
父さんが静かに問いかけると、ジジさんは即座に応じた。
「はっ。完成いたしました!」
片膝をつき、恭しく頭を下げるジジさん。その姿はまるで、王への忠誠を誓う騎士そのものだった。
(いや、王様じゃないよ……もう“元”だよ、父さん……でも、なんだろうな。この場に立つと、やっぱり“王”に見えるんだよ)
言葉ではなく、背中で語る風格。それが、父さんの周囲に自然と“空気”として立ちのぼっていた。
(……ありがたいよ。ありがたいんだけど――)
内心で静かにため息をつく。
(ロマンの使いどころ、絶対間違ってるって……!)
「センカ」
父さんが穏やかに、けれどはっきりと名を呼ぶ。
「今回の件は――もう水に流せ。お前の欠点も、きちんと見えただろう」
センカ姉さんが小さくうなずく。
「それと、ゼンよ」
父さんの視線が、隣に立つ義兄さんへと向く。
「お前もだ。しっかりとサポートを行っていれば、防げたはず。――違うか?」
「……いえ、違いません」
ゼン義兄さんが、一歩前に出ると、静かに片膝をついた。その動きに、一瞬、空気がまた変わる。
(お、おいおいおい……! 義兄さんまで!?)
「ならば、その欠点をきちんと見直し、正せばよい。これは“プラス”だ。お前たちに“マイナス”は生じない。良いか、これを次への“糧”とせよ」
「――はい!」
センカ姉さんが続いて片膝をつく。
そして、その横でミケまで静かに――ぺこり、と頭を下げた。
狐耳がぴんと揃い、尻尾がきちんと背中に沿うようにたたまれている。
(……マジかよ。全員、膝ついちゃってるじゃん)
俺は一歩、後ろに下がった。
もうこの空気に入り込む気力はなかった。
(……おれ? いや、俺はしないよ)
両手を軽く上げて、そっと空気から距離を取る。
(もう完全に……観客気分だもん)
「お父さん。ちょっと熱くなってるわよ。少し落ち着いてね。みんなも、もう立って。……お父さん、やり過ぎよ」
母さんが、演説の締めポーズを決めていた父さんの肩をぺしぺしと軽く叩く。
その何気ない仕草ひとつで、ぴんと張っていた空気がふわりと緩んだ。
「……すまん。つい熱が入ったな」
父さんが咳払いをひとつし、改めて真面目なトーンで話し始める。
「センカ。さっき言った通り、資金面は最初から出すつもりだった。クランにもマイナスは出ないように計算してある。だが、見直しと勉強は急務だ。母さんに習い、しっかり頑張りなさい」
センカ姉さんが、まっすぐ父さんを見てうなずく。
「なに、資料の精査なんて――コツさえ掴めばすぐに慣れる」
そこまで言って、父さんは一拍置いてからさらりと続けた。
「料理に関しては……数をこなせ」
「はい……って、えっ? 料理?」
姉さんがぽかんとした顔で固まる。
……気づいてなかったらしい。
さりげなく混ぜ込まれた“料理スキル指摘”に、今ようやく反応したみたいだ。
「言質は獲ったわよ」
母さんがにっこりと微笑む。
その笑顔には、なぜか逃げ道がなかった。
「これから――週に一回は訓練ね」
「…………はい。でも、それって資料の、ですよね?」
姉さんが小さく確認するように問いかける。
けれどその期待は、次の瞬間に粉砕された。
「資料も。料理もよ♪」
母さんの声は、どこまでも優しく、どこまでも確定的だった。




