ロウとケーキとギルドと
2025/04/05 書き直しました
ロウ――と呼ばれた彼……いや、彼女? いややっぱり彼?
とにかくその“人物”は、グランドさんの隣のソファにふわりと腰を下ろした。
似ているようで似ていない。けれど、よく見れば目元や顔の輪郭、耳の形に確かに共通点がある。仕草や雰囲気がまったく違うだけで、血の繋がりは見て取れた。
「父上と呼ぶな。マスターと呼べ」
グランドさんが咄嗟に口を挟むが、どこか照れ隠しのようにも聞こえる。
「ごめんなさい」
ロウは素直に謝る。けれどすぐに顔を傾け、少し悪戯っぽく笑った。
「で、どうするの?」
俺のことを指しての言葉だったのだろう。
その会話が続きそうになったところで、扉が再び音もなく開いた。
入ってきたのは、先ほどの受付係――セリアさんだった。
彼女の手にはトレーがあり、その上にはコーヒー、ミックスジュース、ショートケーキ、そしてもう一つ――
「ロウ。紅茶で良かったわね?」
「ええ、ありがとう。無理言ってごめんなさいね」
ロウは淑やかに笑みを浮かべて礼を言う。
「なら、今度は化粧品のこと、相談に乗ってもらうわよ?」
セリアさんがさらりと返すと、ロウは軽やかにウィンクした。
「了解♪」
ロウのウィンク混じりの一言に、セリアさんは肩をすくめて笑うと、軽やかに部屋を後にした。扉が静かに閉まる音が響く。
部屋に残された空気が、どこか一段と濃くなった気がする。
姉妹のようなやりとりの直後に、ロウが“青年”だという現実が脳裏をよぎり、俺の思考はまだ半ば迷子のままだった。
だからこそ、口をついて出たのは率直な一言だった。
「あの……説明が欲しいです」
混乱する頭を整理するためには、誰かからの“整理された言葉”が欲しかった。
「そうだな。まず……こいつは、ロウ。俺の息子で、末の子だ」
グランドさんがソファにどっかりと体を預けながら言う。その声に、なんのてらいもなかった。
「よろしくね」
ロウがふわりと笑い、すっと足を組む。目元に艶を帯びた微笑み。
「もうわかってると思うけど、私はオカマよ。でも、バカにはしないで頂戴ね。本気で“私”で生きてるんだから」
言葉は柔らかいが、その芯はしっかりしていた。軽やかさの中に、自分自身を貫く意思がある。
「は、はい……」
思わず背筋を伸ばして返事をする。慣れていない空気に戸惑いながらも、その真っ直ぐな瞳を否定できるものではなかった。
……濃い。
ケーキよりも、ミックスジュースよりも、この部屋にいる人間たちの個性がとにかく濃い。
それでも俺は、しっかりと名乗ることにした。
「僕は、エクス・ハイ・エルドラです。父さんと……ドラシエル兄さんに頼まれて、ここで働かせてもらえるように書類を届けに来ました」
そう言って、俺は姿勢を正した。
ロウはその様子を嬉しそうに見つめながら、優雅に微笑んだ。
「なら、私が面倒みるわ。私も、まだ本格的に働き始めたばかりだし……お互い、頑張りましょ?」
その一言に、グランドさんが眉をひそめてぼそっと突っ込む。
「お前、しょっちゅうここに来てバイトしてただろうが。新人って顔して言うな」
ロウはあっけらかんと笑って肩をすくめる。
「だからこそ、いいんじゃない。どこに何があるかも知ってるし、仕事の流れもわかる。丁度いいと思うけど?」
「……ありか」
グランドさんが渋々と呟きながらも、特に否定はしない。それは、黙って承諾したということだろう。
「で、いつまでそんなに畏まってるつもりだ?」
グランドさんが腕を組みながら、俺の様子を見て軽く言った。
「スカイの息子なら、別に構える必要なんてねぇよ。俺のことは……そうだな、親戚のおじさんくらいに思って接しとけ」
あまりにも気軽なその言葉に、思わず「え」と声が出そうになる。が、それを上回る勢いで横から言葉が飛んできた。
「なら私は“おねいさん”ね」
ロウが紅茶を手に、微笑みながらそんなことを言う。
「……今、ニュアンスが少し違わなかったです?」
思わずツッコむと、ロウは笑顔のままウィンクして返した。
「気のせいよ。それよりどう? そのケーキ、美味しいでしょ?」
「え、あ……はい。めちゃくちゃ美味しいです……」
「ふふ、でしょ? ギルドの中で調理して販売してるの。もともとは引退した冒険者たちの雇用対策だったんだけど、思った以上にうまくいったのよ」
ロウの声には、どこか誇らしげな響きがあった。
(最後の一文まで、次に続けます)
「まさか、これ……ギルド製なんですか?」
驚き混じりに問いかけると、グランドさんはコーヒーを一口すすりながら、気だるげな口調で続けた。
「そうだ。こいつ――ロウの発案だったんだがな。まさかここまで当たるとは思ってなかった」
ちらりと視線をロウへ向ける。
ロウは、さも当然といった顔で紅茶を啜っている。
「冒険者ってのは、いろんな惑星や文化圏を渡り歩くからな。その土地でしか出会えない食材、料理、香り……そういうのを肌で知ってる」
「へぇ……」
俺は自然と目の前のケーキに視線を落とす。
「で、だ。引退して暇してる連中に声をかけてな。『昔のあれ、作ってみろ』って言ったら……これがまあ、見事に大当たりだったわけよ。異国の味、懐かしい味、幻の味。市場に出回ってねぇもんが並ぶって話で、今やギルドの立派な収入源だ」
グランドさんの声には、どこか誇らしさと、少しだけ驚きが混ざっていた。
「……すごいです」
自然と声が漏れた。
本当に、ただのスイーツじゃない。このケーキは――誰かが旅して、見て、味わって、記憶に残したもの。
それが、こうして形になって目の前にある。
口に運んだ一口は、さっきよりもずっと深く、じんわりと胸に染み込んでいく気がした。
「そうだ、ここに端末をかざしな」
グランドさんが机の上に内蔵された認証パネルを指さす。
「これで、正式にバイトとして登録される」
「はい」
俺は右手首にある端末を読み取り面にかざした。小さく電子音が鳴り、端末のスクリーンに“データ更新中”の表示が浮かぶ。
数秒後、受理のサインと共に、登録完了の通知が表示された。
「確認してみな。身分証アプリに“ギルド職員”って肩書きが追加されてるはずだ」
言われた通り画面を開いてみると、本当に項目が増えていた。
ギルド職員
勤務形態:時給制
支給額:1500UC/時
勤務日:原則祝日以外すべて午前中のみ出勤
「……え?」
思わず声が漏れた。休み、ない……?
「ははっ、驚いたか? スカイの資料にはな、“祝日以外は原則勤務、労働基準は適用外でOK”って書いてあったからな」
グランドさんがコーヒー片手に肩をすくめる。
「ま、文句があるなら――帰って父ちゃんに言いな」
「……」
うちの父さん……何書いてんだ、本当に。
でも――なんだろう。不思議と、嫌じゃなかった。




