表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/85

ギルドの奥で待つもの

20025/04/05 書き直しました

 俺は台の上で少しぐらつきながら、背中のリュックに手を伸ばした。


 中から一枚の書類を丁寧に取り出し、受付カウンターにそっと差し出す。


「……珍しいですね、紙ベース。今どき、なかなか見ませんよ」


 受付のお姉さんは軽く目を細め、受け取った書類に視線を落とす。その指が止まったのは、ほんの数秒後だった。


 目が見開かれる。


「……これは」


 彼女の声色が、わずかに変わった。


 俺はその変化に緊張しつつも、何も言えずに固まっていた。けれど、お姉さんはすぐに表情を引き締め、立ち上がる。


「ギルドマスターのもとへご案内します。こちらへどうぞ」


「えっ……?」


 思わず声が漏れたが、彼女はすでに受付の脇を抜け、目で「ついてきて」と合図を送っていた。


 俺は慌てて踏み台を降り、後を追う。


 通されたのは、一般の冒険者が入れない奥の区画。セキュリティゲートを抜けた先に、球状の転送装置が待っていた。透き通るようなエネルギーフィールドがその表面を包み、機械音が低く唸っている。


「行きますね」


 お姉さんが端末を操作すると、フィールドが淡く脈動し始める。そして、俺たちは転送装置の中へと踏み込んだ。


 一瞬、視界がぐにゃりと歪んだかと思えば――次の瞬間には、まったく別の空間にいた。


 目の前にそびえ立つのは、分厚くて重そうな金属のドア。その中央にはギルドの紋章が刻まれていて、ただそこにあるだけで威圧感があった。


 お姉さんはドア横の端末に手首をかざし、通信を送る。


「マスター。お客様です」


 少しの間のあと、くぐもった返事が返ってきた。


「おう。開けた」


 カチャ、とロックが外れる音とともに、ドアが滑るように開いていく。


 そして――


「……きったな!」


 思わず声が漏れた。


 書類データの山、飲みかけのカップ、床に転がる解体途中のドローン、そして机の上には工具と配線がぐちゃぐちゃに積まれている。


 これがギルドマスターの執務室……?


「悪かったな。誰だ?」


 奥から現れたのは、ラフなジャケットを羽織り、袖をまくった男。片手にはホロパネル、無造作に跳ねた髪、そして目の下にはうっすらとクマ。


「ギルドマスター。片付けてくださいって毎回言ってるでしょう」


 受付のお姉さんが呆れたように溜息をついた。


「お客様です。エクス・ハイ・エルドラ王子のご訪問です」


 一瞬、空気が変わった。


 けれど、その男――ギルドマスターは驚くこともなく、口元に笑みを浮かべる。


「王子、ねぇ……ああ、スカイとシエルの息子か。なるほどな」


 彼の声には敬意こそあったが、変に気を遣うような態度はなかった。それどころか、親戚の子を見てるような、どこか温かな視線だった。


「初めましてだな。俺はグランド。スカイと同じ、エンシェントドラゴンだ」


「えっ!? 父さん以外にもいたんですか!?」


 驚きのあまり声が上ずった俺を、グランドは苦笑しながら見ていた。


「そうだ。ちなみに、スカイとは親友だったんだが……あいつ、俺より先に引退しやがってよ」


 肩をすくめつつ、デスクの上にあったカップを手に取って一気に飲み干す。


「後任はまだかよ、まったく……」


「息子さんに頼んでは?」


 受付のお姉さんがそう言いながら、床に落ちた資料データを拾い始める。


「無理無理。あいつ、まだ“現役でいたい”んだとさ。結婚して嫁さんでもこさえて、さっさと落ち着けばいいのによ。全然帰ってこねえ」


 その声には愚痴のような響きがあったが、裏には親友への想いがにじんでいた。


 そして、いきなり矛先がこちらに向く。


「なあ、そう思うだろ? ボウズ」


「……いや、それ僕に言います?」


 思わずツッコミを入れた俺に、グランドは「あっ」と顔をしかめてから、手を上げて笑った。


「わりぃ、わりぃ。ついな。スカイの息子ってだけで、つい昔みたいに話しかけちまったよ」


 まるで昔馴染みのオジサンのような親しみを込めたその笑顔に、なんだか――少しだけ、肩の力が抜けた。


「セリア。悪いが、コーヒー頼む。それと……お前、何が飲みたい?」


 グランドが振り返りざまに俺へ問いかけてくる。


 突然のことに、少し戸惑いながらも答える。


「えっ……お茶で」


 するとグランドさんは、目を丸くしたあと、ふっと吹き出した。


「お前な、子どものくせに渋いな。……って、スカイの影響か?」


 心当たりがありすぎて、俺は何も言えなくなる。


 そんな俺を横目に見ながら、グランドは肩をすくめて言った。


「まあいい。セリア、悪いがケーキとミックスジュースも頼む。こいつ、きっとそういうののほうが似合ってる」


「かしこまりました。コーヒー、いつものブレンドで」


 セリアさんはクスッと笑いながら、机の上に置かれていた空のカップを手に取ると、俺の渡した書類をグランドさんに差し出す。


「こちら、書類です。ちゃんと読んでくださいね」


 それだけ言って、軽やかな足取りで部屋を後にした。


 グランドさんが、その背中を見送ったあと、大きく息を吐きながら書類に目を通す。


「さてさて……王国は俺に何を頼みやがったかねぇ……っと、まじか?」


 一枚めくった瞬間、眠たげだった目が見開かれる。クマにまみれたその目が、ここまで開くのを初めて見た気がする。


「そうかそうか、なるほどな……よし、お前が働いてくれるってことだな」


 グランドさんがニヤリと笑いながらこちらに顔を向けた。


「では、俺の後任に育ててやる」


「いやいやいやいや! 違います! 僕は冒険者になりたいんです!」


 思わずのけぞりそうになりながら否定する。


 けれど、グランドさんは一切ひるまず、断言した。


「冒険者イコール、ギルドマスターだ」


 なんだその強引な等式――! と思ったその時、


 ガチャリ、とドアが音を立てて開いた。


 その直後、やや呆れたような声が室内に響いた。


「マスター、駄目よ。未来ある若者を、そんな地獄に引きずり込んじゃいけません」


 入ってきたのは、一人の青年だった。


 ……青年のはずだった。


 でも、どこかがおかしい。


 肩まで流れる金髪は、軽くウェーブがかかっていて、丁寧にまとめられている。陶器のように滑らかな白い肌。整った顔立ちに、涼しげで鮮やかなアクアブルーの瞳。身のこなしはしなやかで、動作の一つひとつに品がある。


 まるで“気品ある令嬢”そのものだった。


 でも――声も、服装も、間違いなく“青年”だった。


 え? 本当に……青年?


 俺の混乱をよそに、グランドさんはソファにもたれたまま顎を引いて言う。


「ロウ。……なんでお前がここに来た?」


 グランドの口から自然に出た名前。その響きには、妙な親しみと、どこか探るような響きが混ざっていた。


「今ね、セリアに聞いたの。『王子様来てる』って。どこかしらって思って」


 ロウさんはそう言って、視線をゆっくりと巡らせ――そして俺を、まっすぐに指さした。


「そこだ」


 ……え? 俺?


 突然の指差しに、思わず背筋が伸びる。彼――いや、彼女のような雰囲気を持った青年の瞳が、俺を射抜くように見つめていた。


 目が合った瞬間、心臓がひとつ跳ねた。


 すべてを見透かされるような、澄んだアクアブルーの眼差し。笑っているのに、底が読めない。


「なるほどね」


 小さく呟くと、ロウはグランドへと視線を戻す。


「マスター。私が預かってもいい?」


「ダメだ!」


 グランドの返答は即答だった。ソファの肘掛けから身を起こし、わずかに眉をひそめる。


「俺の跡を継ぐ気のない息子に、こいつを任せられるか!」


 ――え?


 ええええ!? 今、なんて?


 ロウが……息子?


 目の前のこの“気品ある美女(仮)”が、グランドの……!?


 頭の中が一瞬で混乱に包まれた。


 “グランドの息子”――その言葉を飲み込もうとするたび、現実感がぐらつく。


 目の前のロウは、優雅に肩をすくめながら、まるで何でもないことのように言った。


「ひどいなあ、父上。ちゃんとお仕事はしてるでしょ? それに、継ぐのは私じゃなくて長男の役目だし……何より、この子。なんだか面白そうなんだもの」


 アクアブルーの瞳でまっすぐ俺を見つめ、柔らかく笑う。


 その顔立ちも、所作も、声も――たしかに“青年”なのに、どこか“女性”のような雰囲気がまとわりついている。


 俺の理解が追いつかない中、ただ一つだけはっきりしていた。


 ――どうやら、俺のギルドでの仕事は、想像以上に波乱の幕開けを迎えたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ