ギルドの奥で待つもの
20025/04/05 書き直しました
俺は台の上で少しぐらつきながら、背中のリュックに手を伸ばした。
中から一枚の書類を丁寧に取り出し、受付カウンターにそっと差し出す。
「……珍しいですね、紙ベース。今どき、なかなか見ませんよ」
受付のお姉さんは軽く目を細め、受け取った書類に視線を落とす。その指が止まったのは、ほんの数秒後だった。
目が見開かれる。
「……これは」
彼女の声色が、わずかに変わった。
俺はその変化に緊張しつつも、何も言えずに固まっていた。けれど、お姉さんはすぐに表情を引き締め、立ち上がる。
「ギルドマスターのもとへご案内します。こちらへどうぞ」
「えっ……?」
思わず声が漏れたが、彼女はすでに受付の脇を抜け、目で「ついてきて」と合図を送っていた。
俺は慌てて踏み台を降り、後を追う。
通されたのは、一般の冒険者が入れない奥の区画。セキュリティゲートを抜けた先に、球状の転送装置が待っていた。透き通るようなエネルギーフィールドがその表面を包み、機械音が低く唸っている。
「行きますね」
お姉さんが端末を操作すると、フィールドが淡く脈動し始める。そして、俺たちは転送装置の中へと踏み込んだ。
一瞬、視界がぐにゃりと歪んだかと思えば――次の瞬間には、まったく別の空間にいた。
目の前にそびえ立つのは、分厚くて重そうな金属のドア。その中央にはギルドの紋章が刻まれていて、ただそこにあるだけで威圧感があった。
お姉さんはドア横の端末に手首をかざし、通信を送る。
「マスター。お客様です」
少しの間のあと、くぐもった返事が返ってきた。
「おう。開けた」
カチャ、とロックが外れる音とともに、ドアが滑るように開いていく。
そして――
「……きったな!」
思わず声が漏れた。
書類データの山、飲みかけのカップ、床に転がる解体途中のドローン、そして机の上には工具と配線がぐちゃぐちゃに積まれている。
これがギルドマスターの執務室……?
「悪かったな。誰だ?」
奥から現れたのは、ラフなジャケットを羽織り、袖をまくった男。片手にはホロパネル、無造作に跳ねた髪、そして目の下にはうっすらとクマ。
「ギルドマスター。片付けてくださいって毎回言ってるでしょう」
受付のお姉さんが呆れたように溜息をついた。
「お客様です。エクス・ハイ・エルドラ王子のご訪問です」
一瞬、空気が変わった。
けれど、その男――ギルドマスターは驚くこともなく、口元に笑みを浮かべる。
「王子、ねぇ……ああ、スカイとシエルの息子か。なるほどな」
彼の声には敬意こそあったが、変に気を遣うような態度はなかった。それどころか、親戚の子を見てるような、どこか温かな視線だった。
「初めましてだな。俺はグランド。スカイと同じ、エンシェントドラゴンだ」
「えっ!? 父さん以外にもいたんですか!?」
驚きのあまり声が上ずった俺を、グランドは苦笑しながら見ていた。
「そうだ。ちなみに、スカイとは親友だったんだが……あいつ、俺より先に引退しやがってよ」
肩をすくめつつ、デスクの上にあったカップを手に取って一気に飲み干す。
「後任はまだかよ、まったく……」
「息子さんに頼んでは?」
受付のお姉さんがそう言いながら、床に落ちた資料データを拾い始める。
「無理無理。あいつ、まだ“現役でいたい”んだとさ。結婚して嫁さんでもこさえて、さっさと落ち着けばいいのによ。全然帰ってこねえ」
その声には愚痴のような響きがあったが、裏には親友への想いがにじんでいた。
そして、いきなり矛先がこちらに向く。
「なあ、そう思うだろ? ボウズ」
「……いや、それ僕に言います?」
思わずツッコミを入れた俺に、グランドは「あっ」と顔をしかめてから、手を上げて笑った。
「わりぃ、わりぃ。ついな。スカイの息子ってだけで、つい昔みたいに話しかけちまったよ」
まるで昔馴染みのオジサンのような親しみを込めたその笑顔に、なんだか――少しだけ、肩の力が抜けた。
「セリア。悪いが、コーヒー頼む。それと……お前、何が飲みたい?」
グランドが振り返りざまに俺へ問いかけてくる。
突然のことに、少し戸惑いながらも答える。
「えっ……お茶で」
するとグランドさんは、目を丸くしたあと、ふっと吹き出した。
「お前な、子どものくせに渋いな。……って、スカイの影響か?」
心当たりがありすぎて、俺は何も言えなくなる。
そんな俺を横目に見ながら、グランドは肩をすくめて言った。
「まあいい。セリア、悪いがケーキとミックスジュースも頼む。こいつ、きっとそういうののほうが似合ってる」
「かしこまりました。コーヒー、いつものブレンドで」
セリアさんはクスッと笑いながら、机の上に置かれていた空のカップを手に取ると、俺の渡した書類をグランドさんに差し出す。
「こちら、書類です。ちゃんと読んでくださいね」
それだけ言って、軽やかな足取りで部屋を後にした。
グランドさんが、その背中を見送ったあと、大きく息を吐きながら書類に目を通す。
「さてさて……王国は俺に何を頼みやがったかねぇ……っと、まじか?」
一枚めくった瞬間、眠たげだった目が見開かれる。クマにまみれたその目が、ここまで開くのを初めて見た気がする。
「そうかそうか、なるほどな……よし、お前が働いてくれるってことだな」
グランドさんがニヤリと笑いながらこちらに顔を向けた。
「では、俺の後任に育ててやる」
「いやいやいやいや! 違います! 僕は冒険者になりたいんです!」
思わずのけぞりそうになりながら否定する。
けれど、グランドさんは一切ひるまず、断言した。
「冒険者イコール、ギルドマスターだ」
なんだその強引な等式――! と思ったその時、
ガチャリ、とドアが音を立てて開いた。
その直後、やや呆れたような声が室内に響いた。
「マスター、駄目よ。未来ある若者を、そんな地獄に引きずり込んじゃいけません」
入ってきたのは、一人の青年だった。
……青年のはずだった。
でも、どこかがおかしい。
肩まで流れる金髪は、軽くウェーブがかかっていて、丁寧にまとめられている。陶器のように滑らかな白い肌。整った顔立ちに、涼しげで鮮やかなアクアブルーの瞳。身のこなしはしなやかで、動作の一つひとつに品がある。
まるで“気品ある令嬢”そのものだった。
でも――声も、服装も、間違いなく“青年”だった。
え? 本当に……青年?
俺の混乱をよそに、グランドさんはソファにもたれたまま顎を引いて言う。
「ロウ。……なんでお前がここに来た?」
グランドの口から自然に出た名前。その響きには、妙な親しみと、どこか探るような響きが混ざっていた。
「今ね、セリアに聞いたの。『王子様来てる』って。どこかしらって思って」
ロウさんはそう言って、視線をゆっくりと巡らせ――そして俺を、まっすぐに指さした。
「そこだ」
……え? 俺?
突然の指差しに、思わず背筋が伸びる。彼――いや、彼女のような雰囲気を持った青年の瞳が、俺を射抜くように見つめていた。
目が合った瞬間、心臓がひとつ跳ねた。
すべてを見透かされるような、澄んだアクアブルーの眼差し。笑っているのに、底が読めない。
「なるほどね」
小さく呟くと、ロウはグランドへと視線を戻す。
「マスター。私が預かってもいい?」
「ダメだ!」
グランドの返答は即答だった。ソファの肘掛けから身を起こし、わずかに眉をひそめる。
「俺の跡を継ぐ気のない息子に、こいつを任せられるか!」
――え?
ええええ!? 今、なんて?
ロウが……息子?
目の前のこの“気品ある美女(仮)”が、グランドの……!?
頭の中が一瞬で混乱に包まれた。
“グランドの息子”――その言葉を飲み込もうとするたび、現実感がぐらつく。
目の前のロウは、優雅に肩をすくめながら、まるで何でもないことのように言った。
「ひどいなあ、父上。ちゃんとお仕事はしてるでしょ? それに、継ぐのは私じゃなくて長男の役目だし……何より、この子。なんだか面白そうなんだもの」
アクアブルーの瞳でまっすぐ俺を見つめ、柔らかく笑う。
その顔立ちも、所作も、声も――たしかに“青年”なのに、どこか“女性”のような雰囲気がまとわりついている。
俺の理解が追いつかない中、ただ一つだけはっきりしていた。
――どうやら、俺のギルドでの仕事は、想像以上に波乱の幕開けを迎えたらしい。




