国王家の自由な日常
目を覚ます。
痛い。
頭と頬、そして鳩尾――全身がズキズキと悲鳴を上げている。
ここは……どこだ? 家か?
「エクス。起きたか?」
低く落ち着いた声が狐耳に届く。
横を見ると、甚平を着た鍛え抜かれた男――俺の父、スカイ・ハイ・エルドラが、新聞データを開きながら俺に視線を向けてきた。
「ここは家?」
「そうだ。俺が運んできた」
父は新聞データをめくりながら、ゆっくりとした口調で言う。その顔には、特に驚きも呆れもなく、どこか達観した雰囲気が漂っている。
さすが、この家で何度も繰り広げられてきた光景を見慣れている男だ。
「……良いか、エクス」
ふと、父が新聞から目を離し、じっと俺を見た。
「ミケも女の子だ。さすがにデリカシーを持て」
「……え」
「真実でも言わない。それが男の器ってもんだ」
父の言葉がやたらと重く感じた。
まるで人生の真理でも語るように淡々とした口調で言われると、妙に説得力がある。
俺は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
父は新聞データをゆっくりと閉じ、俺をじっと見つめる。
「……だがな、エクス」
声のトーンが少し低くなり、真剣味を帯びたものになる。
「俺は少し情けないと思うぞ。もう少し、女の子に対して敬意を持ちなさい」
父は腕を組みながら、静かに言った。
「……怖いんだぞ、怒ると」
その言葉と同時に、父の表情がほんのわずかに曇る。
俺は一瞬、聞き間違いかと思った。
「……え?」
「怒らせると、本当に怖いんだ……」
父はどこか遠い目をしながら、過去を思い出しているようだった。
「……どこが怖いの?」
俺が問いかけた、その瞬間――
スッ――
ふすまが静かに開いた。
ふんわりとした動作で、湯気の立つお茶をお盆に載せ持っていた女性が現れる。
シエル・ハイ・エルドラ。俺の母さんだ。
微笑みながら、ゆったりと歩いてくる。
……でも、何だろう、この感じ。
笑顔は確かに穏やかなんだけど――妙に怖い。
「そういうとこだぞ。だが、其処もまた愛おしいがな」
父がふっと笑いながら、さらりとそう言った。
次の瞬間――
母の顔が一気に赤くなった。
お盆を持つ手がピタリと止まり、数秒の沈黙。
そして――
「もうっ……そんなこと言っても許しません!」
母は湯飲みをそっと置くと、父の肩をぺちぺちと軽く叩き始める。
いや、叩いてるっていうか、照れ隠しだよな、それ。
しかも、父は全く動じることなく、穏やかに微笑んでいる。
完全に夫婦のイチャイチャタイム突入じゃないか……。
俺は心の中でため息をついた。
許してるじゃん、母さん。
しかも、その顔で頬を膨らませても、怒っているようには見えない。ただただ、仲の良い夫婦がじゃれ合ってるようにしか見えなかった。
……いつものことながら、居心地が少し悪いよ。
「相変わらずね。スカイ様とシエル様。空気がすごいわ」
ふすまの隙間から声がした。
気づけば、もう一人――ミューケイが静かに部屋へと入ってきていた。
彼女は水の入ったコップを手にし、俺の横に座る。
「ありがとう、ミケ」
俺は素直に礼を言い、コップを受け取ろうと手を伸ばした。
しかし――
すっと、ミューケイの手が止まる。
「その前に……何か言うことは?」
狐耳がピクリと動き、彼女の尻尾がゆっくりと揺れる。
その動きに、俺は思わず身を引いた。
これは絶対に逆らってはいけない雰囲気。
俺はすぐに悟った。
「……ごめんなさい」
ミューケイがふんっと鼻を鳴らし、尻尾がゆるく揺れる。
「よろしい」
ようやくコップが俺の手に渡った。
一口飲み、喉の渇きを潤したところで、ミューケイが少し眉をひそめる。
「お二人とも、着替えはしなくてよろしいんですか?」
彼女は視線を父と母へ向ける。
「そろそろセンカ様が来られますが?」
俺はミューケイの言葉に少し考えたが、すぐに首を傾げた。
「……? 別に必要ないだろう。家だし、普段着で十分だ」
すると、母も同意するように頷いた。
「そうよ、ミケちゃん。わざわざ着替えなくても大丈夫よ」
ミューケイの狐耳がピクッと動く。
彼女は納得がいかない様子で、口を引き結んだ。
「しかし、前国王と前王妃ともあろうお方が……」
「家族だから問題なし!」
スカイとシエルが揃って、まるで決まり文句のように即答する。
ミューケイはその返事に一瞬絶句し、尻尾をゆるく揺らしながらため息をついた。
「……本当に自由な方々ですね」
「良いじゃん。王族って言っても、もう兄さんが継いだし、公の場でもないし、気にするなよミケ」
俺は軽く笑いながら言ったが――ミューケイの狐耳がピクリと動き、どうにも納得しきれていない様子だった。
「それはそうだけど……いいのかなぁ~」
彼女の尻尾がゆるく揺れながら、不安そうに微妙にしなっている。
そんなミューケイを見て、父がどっしりと腕を組み、堂々とした声で言い放った。
「なら、こうしよう」
「前国王の名のもとによしとする」
父のその言葉が響くと、ミューケイは一瞬固まった。
そして――
「……それ、今でも効力あるんですか?」
疑問混じりの視線を送るミューケイに、父は自信満々に頷いた。
「俺が言ったんだから、ある」
ミューケイの狐耳がピクピクと動き、しばらく沈黙した後――
「……なんかもう、いいです」
呆れたようにため息をつきながら、尻尾をゆっくりと揺らした。