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ギルドの入り口、英雄の影

2025/03/31 書き直しました

 俺は一人で街に出ていた。


 ミケはそのまま王城での勤務。今ごろイナホさんに叱られてるんじゃないかと想像しながら、城下の街を歩く。思わず肩をすくめたくなるが、きっと彼女の尻尾はピクリとも動かず、背筋を伸ばしているのだろう。


 木々の多い街並みを抜け、石畳を踏みながらエアーバス乗り場にたどり着く。振り返ると、丘の上に聳える王城が青空を背に堂々と建っていた。


「デカいよな。でも後ろの世界樹の方がデカいのって、不思議なもんだな」


 そんな独り言を呟き、俺はエアーバスへと乗り込んだ。


 車窓の向こう、空を見上げれば、巨大な宇宙港がその姿を覗かせている。あのスケールには何度見ても驚かされる。まるで空そのものが、あの建造物に吸い寄せられているかのように見える。


 走るバスの中で、街の風景が流れていく。自然と調和するように並ぶ商店や住宅。そのあいだを縫うようにアーチのある歩道が続き、道路には魔力で動くエアーカーやバイクが行き交っていた。空ではエルフやドラゴンが、風に乗るように優雅な軌跡を描いて飛んでいる。


「いいな。まだ年齢制限で飛べないんだよな……飛べたら楽なのにな~」


 窓の外を眺めながら、ぽつりとこぼす。羨ましさと憧れが、胸の奥にじんわりと広がる。


 だけど、不思議と気持ちは軽かった。流れゆく街並みに、心がふっと和らぐ。人の暮らしと魔法が自然に混ざり合ったこの景色には、言葉にならない温かさがあった。


 バスがゆるやかに旋回をはじめた頃、目的地が見えてきた。


 大樹を模した荘厳な建築。木の枝が天へと伸びるようなそのフォルムは、ただの施設というには神聖さすら漂わせていた。


 ――フリーギルド。


 近づくにつれ、胸の奥がざわつく。鼓動が、ひとつ、またひとつと速くなっていく。


「緊張してきた……」


 思わず漏れた言葉が、自分の耳にだけ届いた。


 バスが停車し、ゆっくりと扉が開く。俺は深呼吸をひとつして外に出た。


 ギルドの周囲は活気に満ちていた。カフェからは香ばしい匂いが漂い、食堂の前では料理を運ぶスタッフの姿が忙しなく動いている。冒険者たちが談笑しながら通り過ぎていき、エルフやドラゴニュート、獣人に人間と、様々な種族が行き交うその様子はまさに多様性の縮図だった。


 俺は思わず周囲をきょろきょろと見渡してしまう。建物の構造、武器を携えた冒険者たちの風貌、どれもが目新しくて目を離せなかった。


 すると――


「君、どうしたの? ギルドに何か用?」


 声をかけてきたのは、二人組の冒険者だった。


 一人は、宇宙服を思わせる軽量スーツにジャケットを羽織り、腰にはビームガンと筒状の短い棒――恐らくビームサーベルだろう。それを無造作にぶら下げた男性。髪は短く、年齢は三十代後半くらいに見えた。精悍な顔つきだが、どこか穏やかな雰囲気を纏っている。


 もう一人は獣人の女性。狐のような耳とふさふさの尻尾が特徴的で、背中に小型のバックパックを背負っていた。腰には男性と同じ装備を携えているが、こちらはやや装飾が施されていて、個性を感じさせる。目元の涼しげな表情が印象的で、警戒心よりも親しみの方が強く滲んでいた。


 俺は突然の呼びかけに少し驚きつつ、背中のリュックをポンと軽く叩きながら答えた。


「あっ、いえ、その……ここにいるギルドの職員に書類を持ってきました」


 自分でもわかるほど、声がわずかに上ずっていた。緊張で喉がこわばっていたのかもしれない。


 だが、その様子に気づいた二人は、どちらともなく柔らかく笑った。


「そっか。だったら、正面入り口の左側に受付があるよ。一緒に行こうか?」


 男性が優しい声でそう言い、手で入り口の方向を示す。俺は思わずうなずいてしまった。


「ありがとうございます。ちょっと緊張してるので……お願いします」


「いいさ、エマ。良いよな?」


 男性が隣の獣人女性に視線を向けると、彼女もすぐに頷いた。


「勿論。でもケン、貴方の怖い顔に驚いているわよ」


「え、怖いか? 俺、けっこう笑顔のつもりなんだけどな……」


 そう言ってケンと呼ばれた男性は、照れくさそうに後頭部をかいた。


 そのやりとりを見て、自然と笑みが浮かぶ。


 少しずつ、胸の中の緊張が溶けていく気がした。


 ケンさんとエマさんに導かれて、フリーギルドの自動扉をくぐった瞬間――俺は思わず息をのんだ。


 そこには、想像をはるかに超える世界が広がっていた。


 吹き抜け構造の広大なエントランスホール。天井近くには、無数のホロディスプレイが宙に浮かび、淡く揺れる光を放ちながら休むことなく情報を流している。そこには、リアルタイムで映し出される宇宙港の様子、達成された依頼のログ、新たに受付開始された任務の一覧が映し出され、ディスプレイの色彩によって内容が分類されていた。


 情報の奔流。その真下を、多くの冒険者たちが行き交っていた。


 皆が宇宙を渡る者たち。パイロットスーツを身にまとった者、整備用のナノマシンスーツを着た技術者、戦術端末を腰に下げた艦長らしき姿――彼らはそれぞれ異なる役割を担いながらも、確かに共通の空気をまとっていた。腰に装備されたレーザーガン、背中に光学シールド、足元は滑らかに補助装置で浮かび上がる。会話の合間に空中のホロディスプレイを素早く操作する指先からは、確かな経験の重みが感じられた。


 ……緊張とは、こういう場所で自然と生まれるものなんだと、実感した。


 休憩スペースでは、歴戦の冒険者たちが沈黙の中で水分を取りながら、各々の端末を確認していた。その姿には虚勢も誇示もなく、ただ、積み重ねてきた現実だけが滲んでいた。


 一人は、宇宙服を思わせる軽量スーツにジャケットを羽織り、腰にはビームガンと筒状の短い棒――恐らくビームサーベルだろう。それを無造作にぶら下げた男性。髪は短く、年齢は三十代後半くらいに見えた。精悍な顔つきだが、どこか穏やかな雰囲気を纏っている。


 もう一人は獣人の女性。狐のような耳とふさふさの尻尾が特徴的で、背中に小型のバックパックを背負っていた。腰には男性と同じ装備を携えているが、こちらはやや装飾が施されていて、個性を感じさせる。目元の涼しげな表情が印象的で、警戒心よりも親しみの方が強く滲んでいた。


 俺は突然の呼びかけに少し驚きつつ、背中のリュックをポンと軽く叩きながら答えた。


「あっ、いえ、その……ここにいるギルドの職員に書類を持ってきました」


 自分でもわかるほど、声がわずかに上ずっていた。緊張で喉がこわばっていたのかもしれない。


 だが、その様子に気づいた二人は、どちらともなく柔らかく笑った。


「そっか。だったら、正面入り口の左側に受付があるよ。一緒に行こうか?」


 男性が優しい声でそう言い、手で入り口の方向を示す。俺は思わずうなずいてしまった。


「ありがとうございます。ちょっと緊張してるので……お願いします」


「いいさ、エマ。良いよな?」


 男性が隣の獣人女性に視線を向けると、彼女もすぐに頷いた。


「勿論。でもケン、貴方の怖い顔に驚いているわよ」


「え、怖いか? 俺、けっこう笑顔のつもりなんだけどな……」


 そう言ってケンと呼ばれた男性は、照れくさそうに後頭部をかいた。


 そのやりとりを見て、自然と笑みが浮かぶ。


 少しずつ、胸の中の緊張が溶けていく気がした。


 ケンさんとエマさんに導かれて、フリーギルドの自動扉をくぐった瞬間――俺は思わず息をのんだ。


 そこには、想像をはるかに超える世界が広がっていた。


 吹き抜け構造の広大なエントランスホール。天井近くには、無数のホロディスプレイが宙に浮かび、淡く揺れる光を放ちながら休むことなく情報を流している。そこには、リアルタイムで映し出される宇宙港の様子、達成された依頼のログ、新たに受付開始された任務の一覧が映し出され、ディスプレイの色彩によって内容が分類されていた。


 情報の奔流。その真下を、多くの冒険者たちが行き交っていた。


 皆が宇宙を渡る者たち。パイロットスーツを身にまとった者、整備用のナノマシンスーツを着た技術者、戦術端末を腰に下げた艦長らしき姿――彼らはそれぞれ異なる役割を担いながらも、確かに共通の空気をまとっていた。腰に装備されたレーザーガン、背中に光学シールド、足元は滑らかに補助装置で浮かび上がる。会話の合間に空中のホロディスプレイを素早く操作する指先からは、確かな経験の重みが感じられた。


 ……緊張とは、こういう場所で自然と生まれるものなんだと、実感した。


 休憩スペースでは、歴戦の冒険者たちが沈黙の中で水分を取りながら、各々の端末を確認していた。その姿には虚勢も誇示もなく、ただ、積み重ねてきた現実だけが滲んでいた。


 けれど、俺の視線を完全に奪ったものは別にあった。


 ホール中央、ひときわ目立つ場所に堂々と据えられた――一体の銅像。


 ……父さん、だった。


 あまりにも堂々としすぎていて、最初は誰かわからなかった。


 片手を掲げて空を指し、もう一方の手で仲間を導くように差し出している。マントが風になびき、銀髪は流れるように彫られていた。顔は凛々しく整い、瞳は遠くを見据える鋭さと優しさを湛えている。


 ――でも、俺の知ってる父さんじゃない。


 家ではいつも甚平を着て、縁側に座り、湯呑みを手に静かにお茶を啜っていた。ときどき新聞データに目を通しては、ぼそっと小言を口にする。そんな、どこかのんびりとした雰囲気があって……少し面倒くさくて、でも、帰る場所の象徴のような人。


 それが今、目の前には英雄として、まるで物語の主人公みたいに立っている。


「……なんで? しかも、本物より数倍カッコよくなってるし……」


 呆然と呟いた俺の声は、ホールのざわめきにあっさりと紛れていった。


 すると、隣にいたケンさんがふっと苦笑を浮かべた。


「やっぱり。もしかしてと思ったけど、君、スカイ様のご子息かな?」


「そうだけど……父さん、こんなんじゃない。もっとこう……おっさんっぽいっていうか」


「エルドラ王国を守った英雄を“おっさん”呼ばわりできるの、君くらいだよ」


 冗談めかしたケンさんの言葉に、俺は思わず笑ってしまいそうになった。けれど、その言葉には否定できない真実も含まれていた。


 その隣でエマさんが、俺の顔をじっと見つめてから言った。


「でも、似ているわ。目元と、漂う雰囲気がとても。……それに、髪と口元はシエル様そっくりね」


 母さんの名前が出たことで、胸の奥がすこしだけ熱くなった。


「君、名前は?」


「すいません。俺――いや、僕はエクスです」


 つい癖で“俺”と言ってしまい、慌てて言い直す。けれど、それを見てケンさんとエマさんはまた微笑んだ。


「口調、直したほうがいいかな?」


「いえ、フランクでお願いします。多分、家族全員そんな感じなので」


「そう。……良かったわ。無理に取り繕う必要はないのね」


 エマさんは、ふっと息を吐いたように微笑むと、視線を像へ戻した。


「でも、見たことなかったわ。ギルド関係者の記録にもなかったし」


「公けには出ていないので……やっぱり、わかりやすかったですか?」


「ええ。立ち方ひとつで、誰かの血筋って、わかってしまうものなのね」


 柔らかい微笑みを浮かべるエマさんの言葉に、俺は内心で頭を抱えた。


(どうしよう。このままじゃ……)


 ふと、父さんの言葉が脳裏をよぎる。


『エクスは名前こそ王族の一員として知られているが、公の場での公務は一切していない。つまり――顔を知られていない』


(無理じゃん……すぐバレたよ。しかも“立ち方でわかる”って何それ。そんなの聞いてない)


 俺は自分の背筋が、勝手にピンと伸びていたことに気づいて慌てて力を抜いた。だが時すでに遅し。姿勢一つで血筋が知れるって、どうなってるんだ俺の身体。


(やっぱり……ドラシエル兄さんに言われた通り、名前を捨てるしか――)


「まぁ、いいわ。こっちよ」


「え?」


 エマさんがすっと歩き出し、俺を促す。思わずついていきながら、どうしても気になってしまって尋ねた。


「気にならないんですか? 僕が王族ってことに」


 すると、ケンさんが肩をすくめて笑った。


「う~ん。別に気にならないかな。だって俺の同級生、今の国王だし? 今でもたまに飲んでるしな」


「そうね。あの人、変装してよく街に来るけど、全然隠れてないのよ。でも本人はバレてないと思ってるから……国民も特に何も言わないのよね」


 俺は目を瞬かせた。


「えっ、それって……兄さん、バレてるのに気づいてないの……?」


「そうよ。堂々と変装して、商店街でたい焼き買ってるわ」


「一口もくれないくせにな……」


 ケンさんがぼそりとつぶやいた。俺はそのやりとりに、思わず吹き出してしまいそうになる。


(……なんか、王族ってもっと堅苦しいと思ってたけど)


 目の前の二人と話していると、肩の力がすっと抜けていくのがわかった。

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