目覚めの代償
2025/03/31 書き直しました
計測器に注ぎ込んだ魔力は、グリップの奥へと流れ、その先――二連魔力式縮退炉へと接続された魔力供給ラインへ伝わっていく。
一瞬、何も起きなかった。
だが、次の瞬間。
縮退炉の中心部にあるリング状の構造体が、微かに脈動する。ゆっくりと、ほんの少しずつ。青白い光が、装置全体を包み込むように広がっていった。まるで目覚めを待ち続けていた何かが、深い眠りから顔を出し始めたようだった。
「エクス君~。遠慮しないで良いよぉ~。思いっきりやって頂戴!」
ジジさんの声が響く。
どうしてあのタイミングでメガネが光るんだろう……それも、絶妙な間合いで。かなりの確率でピカリと光る。あれ、どんな仕組みなんだ……いや、考えてる場合じゃない。
今は、目の前の“これ”に集中するべきだ。
もっと出力を上げて良いなら――
「動け!」
叫びと同時に、俺は魔力の流れをさらに解放した。胸の奥で波打つ魔力が、意志とともに全身を駆け巡る。指先から流れ出たその力は、躊躇なく、二連魔力式縮退炉へと叩きつけられた。
次の瞬間――空気が震えた。
鈍く、深く、腹の底に響くような低音の唸りが、実験室全体に響き渡る。まるで眠れる竜が覚醒したような咆哮。金属の構造体が震え、青白い輝きがリング状のコアから迸った。光は次第に広がり、滑らかな曲線を描く双円のエネルギーラインを駆け、無限の軌道をなぞるように光輪を作っていく。
――目を覚ました。
俺の魔力が、届いたんだ。起動させた。出来た……!
この手で、伝説の装置を目覚めさせたんだ!
「動かせてしまったのね」
背後から聞こえた姉さんの声には、驚きと歓喜が入り混じっていた。けれど、その底に、かすかに滲む怒りの気配も感じた。
なぜ……?
なぜそんなに怒りが混ざっている?
それが気になった。けれど、今はそれよりも、この瞬間を受け止めたかった。
ようやく踏み出せた。機体開発への、最初の一歩。
フォールの技術者たちが一斉に歓声を上げた。涙を浮かべ、肩を抱き合い、歓喜の声が実験室に響く。
ジジさんなんて、両手を天に突き上げて全力で高笑いしてる。メガネは当然のように光っていた。
「……美しいけどカオスね」
振り向けば、ミューケイが半眼で光景を眺めながら、ぽつりと呟いていた。狐耳がぴくぴく動いていて、尻尾はいつものように律儀に揺れている。
……いや、言わないでくれ。その一言で感動がちょっと薄れた。
でも、いい。
俺がやったんだ。確かに、俺の手で。
「よしぃ~! センカ君、予算をくれたまえぇ! 造るぞ! エクス君やミューケイ君に相応しい機体を!」
ジジさんが両手を振り上げ、宣言する。声の勢いとテンションは完全に最高潮。すでに次の夢に突き進もうとしていた。
「……なんで? 私が少し怒ってるの、気づいてない?」
センカ姉さんが、やや低めの声で応じた。その声音には冷静さと、抑えきれない苛立ちが同居していた。
ジジさんは、というと、メガネをきらりと光らせながら、きょとんとした顔で振り返る。
「どうしてだいぃ? エクス君のおかげで動いたんだよぉ~!」
「じゃあ聞くけど、元とれてる? いまだに返せてないわよね? 借金」
センカの声が鋭くなる。だが、怒鳴りはしない。ただ、事実だけを突きつけるように、静かに言葉を重ねる。
「たしかに、動いた。それはすごいことよ。エクスのためにあったような装置だと思ってる。だけど――」
姉さんは、静かに縮退炉を見つめる。その瞳には、決して拭えない現実が映っていた。
「そもそもこれ、正式な設計案でもなんでもないのよ。フォールが勝手に、独自で試行錯誤して造り上げた“非公式”の小型縮退炉。国からの許可も研究機関からの支援も、全部すっ飛ばして作ったんだから」
言葉の最後には、ほんのわずかな震えが混じっていた。
そうか――。
姉さんの声に滲んでいた怒りは、ただの感情じゃなかった。思い出してしまったんだ。どれほど無理を重ねて、この装置を形にしてきたか。それに、いまだ制作費の回収すら済んでいないという現実。
クランを動かす資金まで投入したとなれば、クランマスターとして、そう簡単に「動いたから良かった」とは言えないのも無理はなかった。
「……はい。すいません」
ジジさんが小さく頭を下げた。その瞬間、フォールの技術者たちの熱気が、まるで打ち水でもされたかのように一気にしぼむ。喜びの声も笑顔も、瞬く間に消えていった。
「怒りたいわけじゃないのよ。でもね、思い出すとどうしても怒りが湧いてくるのよ。……予算を、ちょろまかしてくれたから」
姉さんは表情を崩さずに続ける。けれど、その言葉の一つひとつに、確かな痛みと苛立ちがこもっていた。
「しかもこれは、あまりにも機密技術の塊で――売ることもできない。解析されれば、どんな国にも喉から手が出るほど欲しがられる。なのに、我々には流通させるわけにはいかない」
言葉の合間に、実験室に再び重苦しい沈黙が落ちた。
「計画では返済はいつ頃だったかしら?」
「……20年後です」
ジジさんがぽつりと答える。
おいおいおい……!
頭の中で、警報が鳴る。これ、そんなに高価でヤバい代物だったのかよ……!?
姉さんが思い出すだけで怒りが湧いてくるって、いったい、いくらかかったんだ――。
まさか、俺が動かしたあれが、クランの20年分の負債そのものだったなんて。
今さらだけど、手汗が止まらなかった。
「姉さん。ちなみに……いくらか聞いても大丈夫?」
思わず、恐る恐る声をかけてみる。怖いけど、気になるものは気になる。
姉さんは……答えなかった。
「……」
静かに眉が動いただけで、顔を一切こちらに向けようとしない。
やばい、これは本格的に怒ってるパターンだ。
ゼン義兄さんに視線をやると、彼はほんの少し肩をすくめて目を逸らした。ああ、しまったって顔してる。
そういえば最初に提案したのはゼン義兄さんだった。
センカ姉さんの表情が固まりかけてるのは、そのせいかもしれない。
義兄さんはそっと俺に近づき、小声でささやいた。
「……30億UCだ。今は、まだ1億ちょっとしか返せてない」
「マジ?」
「マジだ。……しまったな。最初はなんとかなると思ったんだが……センカが思い出し始めたみたいだ。完全に、失敗した」
表情は笑っていたけど、声は笑ってなかった。
笑うしかない空気――だけど、本当に笑えなかった。
30億UC。
それは、冗談で済む金額じゃなかった。




