目を覚ます力
2025/03/30 書き直しました
実験室にフォールの技術者たちが集まり、次々と機材が搬入されていく。
その中で、特に厳重に扱われている装置がひときわ目を引いた。
――あれが、二連魔力式縮退炉か。
俺は思わず足を止める。見た目は想像よりもずっとコンパクトで、高さは二メートルほど。左右に配置された双円型のエネルギーコアが、まるで「∞(無限)」を描くように連結されており、曲線は滑らかで美しかった。中央部は沈黙を保ったまま、いまだ起動の気配はない。魔力の脈動も、反応も、まったく感じられない――完全な停止状態。それでも、装置が放つただならぬ存在感には、確かな重みと“何か”が宿っていた。
そんな俺の視線に気づいたのか、センカ姉さんがそっと隣に立ち、穏やかな声で口を開く。
「これが、二連魔力式縮退炉よ」
その声には、誇りと同時に、かすかな緊張が滲んでいた。
「ここまでの小型化は奇跡に近いわ。出力だけなら、通常の魔法式縮退炉を上回るほど でも、これまで正式な起動は一度も行われていないの」
「……え、じゃあまだ動かしたこともないってこと?」
俺の問いに、姉さんは小さく息をつき、わずかに笑みを浮かべた。
「いえ。ユグドラシルの主動力である魔力式縮退炉から魔力を供給して、最低限の試運転だけは済ませてあるわ」
視線を縮退炉へと移しながら、姉さんは続ける。その眼差しは、まるで生き物を相手にしているかのように、慎重で敬意に満ちていた。
「この縮退炉は非常に高い安定性を持つ反面、起動に必要な魔力量が桁違いなの。父さんなら問題なく起動できる。母さんでもギリギリ……それ以下では、稼働前に魔力切れを起こしてしまう可能性が高いわ」
その言葉を聞いて、俺は改めて装置を見つめた。たしかに、小さい。けれど、その小さな器には、常識外れの密度と圧力が封じられている気がした。
「一応、ユグドラシル本体の動力炉から魔力供給ラインを繋げば、起動自体は可能。でも、それはあくまで“補助”であって、本来想定されていた運用とは異なるの」
「違うって……どういう意味だ?」
「動力炉っていうのは、“搭載された機体の中で完結して稼働する”のが前提なのよ。一度起動すれば、動かし続けることはできるけれど――」
そこで、姉さんの声色がわずかに硬くなる。
「その間、一切のメンテナンスや調整ができなくなるの。なぜなら、魔力供給を止められないから。止めた瞬間、再び膨大な魔力を注ぎ込まなければならなくなる」
「ってことは……止めるたびに、また誰かが魔力を注ぎ直すってことか?」
「ええ。そしてそれができる人間は、世界にほんの一握りしかいない。つまり、運用コストは現実的ではないのよ」
「でも、戦艦に魔力式縮退炉を積めばその問題は解決するんじゃ?常に魔力を供給できるし……」
俺の提案に、姉さんは静かに首を振った。
「それでもダメなの。たとえ戦艦に魔力式縮退炉を積んでも、それだけじゃ足りないのよ。依頼中に何かの拍子で動力が落ちたら、そのたびに莫大な魔力を注いで再起動しなきゃならない それを――どんな状況でも、即座にこなせる人がいると思う?動けなくなっていたら戦艦まで戻ることもできない。たとえ仲間が運んでくれたとしても、再起動には時間がかかる。そんな悠長な隙、戦場では命取りよ。結局、現実的じゃないの。使えないってこと」
返す言葉が見つからず、俺は黙ったまま縮退炉を見つめるしかなかった。姉さんは、戦場の最前線を知る冒険者として、明確に言い切る。
「この縮退炉を機体に積むには、一度の魔力注入で完全安定稼働させられるパイロットが必要なの。それができない限り、どれだけ高性能でも“使えない代物”よ」
そう語る彼女の視線は、再び静かに眠る縮退炉へと向けられる。
「今はこうして保管されているけど……試運転以来、ずっと動いていないの。相応しい存在が現れるのを、ただ待ち続けてる」
姉さんの言葉は静かで落ち着いていた。でも、その声の奥に、かすかな怒りのようなものが混じっていた。
――どうして?
問いかける暇もなく、背後から大きな手が、ふいに俺の肩に置かれる。
「よし、では俺がやろう」
父の声は、相変わらずだった。規格外の存在である彼らしい、唐突な宣言。
「目覚めさせたら、俺の物だな」
「いやいやいや! 父さん! 俺がやる! 二連魔力式縮退炉は、俺が起動させてみせる!」
我ながら情けないほど声が裏返った。でも、譲る気なんて、さらさらなかった。たとえ父がどれだけ規格外でも――ここだけは、絶対に譲れない。
「ふむ」
腕を組んだまま、父の口元がふわりと緩む。その顔には、明らかに俺の反応を面白がっている気配が滲んでいた。
くそっ……そういうところが、ずるいんだよ。
「お父さん。悪戯しちゃだめよ」
母が穏やかな口調でたしなめる。けれど、その瞳には優しさと、ほんの少し困ったような笑みが浮かんでいた。
……そうだよな。これは遊びじゃない。本当に、目覚めさせるつもりなんだ。
「真面目に魔力を注がないと、耐えきれないわよ」
「いや。止めてくれよ……」
母さん、お願いだから今は父さんにのらないで。今、俺は試されてるんだから。
「でも、エクスが動かす前に試してもらったら?」
「ミケ、お前もかよ!」
思わず叫ぶと、ミューケイの狐耳がぴくりと反応した。口元を手で隠しながら、くすくすと笑っている。あろうことか、一本の尻尾まで楽しげに左右に揺れ続けていた。完全に、面白がってる。
――ちくしょう……全員が敵に見える。
「準備が出来たよぉ~! エクス君ここに立って魔力を注いでねぇ~! 早く早くぅ~!」
弾むような声が響く。ジジさん、テンション上がりすぎだよ。
「……わかった。姉さん、父さん、良いよね?」
「ああ、やってみろ」
「お願いね」
父さんの落ち着いた声と、姉さんの優しい眼差し。二人の了承に、俺は静かにうなずいた。
少し汗ばんだ掌をズボンで拭い、指定された計測器の前に立つ。金属の質感が冷たく、指先に不安が滲む。
「良いかいぃ。ここを握って魔力を注いでいってくれよぉ~!」
グリップ部分に手を添え、深く、ゆっくりと息を吸い込む。胸の奥で魔力が波立ち、緊張と期待が交錯する。
「さぁ! 実験の開始だぁ~!」
ジジさんの声が合図となった。
――頼む、動いてくれよ。
祈るような気持ちで魔力を流し始めた。指先から流れ出る魔力は、自分の鼓動に呼応するように、静かに計測器へと注ぎ込まれていく。




