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ユグドラシルと男のロマン

2025/03/16 書き直しました

 両親の厳しい訓練が始まり、しばらくの時が経った。


 今日は機体造りのための計測を行うため、俺、父さん、母さん、ミケの四人で姉さんのクラン戦艦「ユグドラシル」に向かう。


 そして、初めてその姿を目にした瞬間――俺は思わず言葉を失った。


 デカすぎる……! ナニコレ!?


「驚いたか?」


 父さんの穏やかな声が、俺の隣で響く。


「これが、センカが仲間と共に作り上げたクラン専用艦だ。ギルドで登録されているクラン専用艦の中でも特別枠に入る大きさだ」


 そりゃ驚く。


 遠目で見ていたときも巨大だったが、近づくにつれ、そのスケールの異常さが実感として迫ってくる。


 全長四百キロメートル。


 戦艦というより、もはや浮遊都市――いや、宇宙に浮かぶ要塞だ。


「……すげぇ……」


 圧倒されて呟いた俺だったが、次の父さんの言葉には、どこか悔しさがにじんでいた。


「……だが、犠牲も出た」


 父さんの声が一瞬だけ低くなる。


 ――そうか、誰かが亡くなったのか……。


 どこか遠くを見つめるように、父さんは静かに言葉を継いだ。


「ユグドラシルの建造には、ドラシエルの旧型戦艦のコレクションをほとんど使っているんだ」


「ん? どういうこと?」


 俺は思わず首を傾げた。


「ドラシエルの……コレクション?」


 戦艦のコレクション? それを使ってユグドラシルを建造? どういう関係があるんだ?


 俺の疑問を見透かしたかのように、父さんは小さくため息をついた。


「ドラシエルはな……趣味で歴代の戦艦をコレクションしていたんだ。国の戦力とは別に、個人の財産としてな。それこそ、王国の過去の名機や、歴戦をくぐり抜けた戦艦の数々を」


「えっ、そんなことしてたのか?」


「コレクションとはいえ、ただの観賞用ではなかった。もしもの時に備え、個人の権限で動かせる予備戦力として確保していたものだ」


「へぇ……」


 確かに、ドラシエル兄さんは“備え”を大事にするタイプだ。


 でも、それとユグドラシルがどう関係するんだ?


「ユグドラシルの建造には莫大な資材とコストがかかった。だが、クラン単体の財力では到底賄いきれなかった。そこで……」


 父さんは小さく苦笑して続けた。


「ドラシエルの戦艦コレクションが、ほとんど解体されて資材に回された」


「……え?」


 思わず固まる。


「つまり……兄さんのコレクションを全部潰したってこと?」


「全部ではないが、大半はな」


「……血の涙を流しただろうな」


「文字通り、な」


 父さんはどこか遠くを見るように、静かに言った。


 ドラシエル兄さんが大事に集めた戦艦たち――


 それが、ユグドラシルという巨大な艦に生まれ変わった。


 俺はもう一度、目の前のユグドラシルを見上げる。


 壮麗で、圧倒的な威圧感を持つこの巨艦。


 その裏には、そんな背景があったのか……。


「でも、それだけのものを犠牲にしても、センカ姉さんはこの艦を必要としたんだな」


「いや、違う」


 父さんがすっと顔を上げ、静かに言い放った。


「エクス、男はな……嫁には敵わないんだ」


「……え?」


 俺は一瞬、何を言われたのかわからず、思考が止まった。


「結婚時に断捨離させられた」


「えぇっ!? ユグドラシル関係なく!?」


 父さんは遠い目をしながら、低く続ける。


「『もう独り者ではないのだから無駄使いしない。維持費もバカにならないでしょ? それを市民の血税で賄う気?』……と、言われたらな」


「……え?」


 俺は困惑しながら、父さんを見つめた。


「それで、兄さんは戦艦を手放したのか……?」


「最初は抵抗したさ。だが、母さんとフレンも加勢してな……」


「フレン兄さんまで……!?」


「そうだ。『ドラちゃん。将来のことをもっと真剣に考えなさい! お嫁さんや子供に配慮できないなんて、お母さん泣いちゃうわよ!』とか、『兄さん、さすがに多すぎるよ。もし売るのが嫌なら、せめて有効活用してくれるセンカとゼンのクランに寄付しようよ。そうして本当に大事なものだけ手元に残せばいいんじゃないかな』とか……そう言われ続けてな」


 父さんは深くため息をついた。


「最初は『大事なコレクションだ!』と粘ったが、最終的に半強制的に手放させられた」


「いや、もうそれクーデターじゃねぇか……」


 俺は思わず突っ込んだが、父さんは苦笑しながら遠い目をして続ける。


「あいつな……頑張って集めていたが、コレクションにはそれはもう莫大な維持費がかかっていたんだ。独身時代であればギリギリの生活でよかったかもしれんが、さすがに結婚し子供も生まれればそれも難しい」


 確かに、戦艦の維持には膨大なコストがかかる。動かさなくてもメンテナンスが必要だし、格納するだけでも莫大なスペースがいる。ましてや兄さんのコレクションは“歴史的価値”があるものばかりで、動かせば動かすほど消耗する代物だったはずだ。


 父さんは苦笑しながら続ける。


「何より、母さんがな……『ボロボロの戦艦に意味があるの?』と、ものすごく素直な言葉をぶつけたらしい」


「……うわぁ」


 俺は思わず顔をしかめる。


 確かに、兄さんのコレクションには“ロマン”が詰まっていたのかもしれないが、それを全く理解しない人間からすれば、ただのガラクタにしか見えなかったのかもしれない。


「……その一言で心が折れたらしい。まあ、ホントに価値はなかったからぐうの音も出ん」


「兄さん……」


 俺は呆然とした。


 ユグドラシル建造のため、壮大な戦艦のコレクションを手放したと思いきや、実際は結婚後の家庭内圧力で“整理”させられていたとは……。


「じゃあ、兄さんが資材として提供したのって……?」


「本人は『どうせ処分するなら有効活用しろ』と強がっていたがな……。内心はボロ泣きだったろうさ」


 俺はユグドラシルを見上げながら、兄さんの“犠牲”に思いを馳せた。


 クランのために身を削ったのではなく――


 結婚生活の波に飲まれた末の成れの果てだったとは。


「つまり……この艦には、兄さんの涙の結晶が詰まってるわけか」


「まあ、そんなところだな」


 父さんは肩をすくめ、茶を啜る。


 その横で、ミケがぽつりと呟いた。


「……エクス、覚えておいた方がいいわね。男のロマンは、嫁には勝てないのよ」


「やめろ! 俺の未来に不安を煽るな!」


 ユグドラシルを見上げる視線が、なんだか違う意味で重たくなった。


 その時、静かに母さんが俺たちの方へ歩み寄り、淡々とした口調で言う。


「……エクス、ミケ。未来のことを考えるのは大切なことよ」


 俺はギクリとした。


「えっ……?」


「人には役割があるの。それが、たとえどんなに自分にとって大切なものでも、環境や状況によっては手放さなければならないこともある。だからこそ、持っているうちにどう活かすかが重要なのよ」


 母さんの言葉は淡々としているのに、その奥には何か鋭いものが感じられた。


「……」


 確かに、兄さんは“手放すこと”を強制されたのかもしれない。


 けれど、それを“有効活用”という形に変えて、ユグドラシルへとつなげた。


 それはただの“敗北”じゃない。


 むしろ、新たな価値を生み出すための“選択”だったのかもしれない。


「兄さんは、やっぱりすごいよな……」


 俺がそう呟くと、父さんがゆっくりと頷いた。


「そうだな。だから、エクス。お前も自分にとって本当に大事なものが何か、よく考えるんだな」


 父さんの言葉には、どこか含みがあった。


 それは、単なる“戦艦の話”ではないような気がする。


 何かを守るために、何かを捨てる。


 それが正しい選択だったのかどうかは、当人にしか分からない。


 だけど、兄さんは――その決断を下した。


 俺が深く考え込んでいると、不意に父さんが苦笑しながら、ぼそりと呟いた。


「……やるならコッソリと。バレずにやることだ。ホントに大事なものならな」


「……は?」


 俺は思わず聞き返す。


 なんだそのアドバイス。いや、アドバイスなのか?


「ドラシエルは脇が甘すぎた。というより、大きすぎたな」


 父さんは肩をすくめ、茶を啜る。


 あまりにもサラリと言われたものだから、俺は理解が追いつかない。


「……つまり、兄さんは……大きくやりすぎたってこと?」


「そういうことだ」


 父さんは静かに頷いた。


「戦艦を何十隻もコレクションしてたら、そりゃ目立つだろう。維持費もかさむし、家庭の負担にもなる。結局、全て整理させられた」


「うん……まぁ、それは、そうだよな……」


「だがな、もし本当に必要なものがあるなら――」


 父さんはそこで一度言葉を切り、俺の目をじっと見つめた。


「隠し通せ」


「…………」


「ドラシエルは甘かった。戦艦をコレクションするのはいいが、規模が大きすぎた。目をつけられて当然だ」


 俺は無意識にゴクリと喉を鳴らす。


「……あのさ、父さん……それ、つまり……?」


「ふふ、母さんには絶対に言うなよ」


 父さんは意味深な笑みを浮かべながら、ユグドラシルを見上げた。


 俺は混乱しながらも、なんとなく理解してしまった。


 ――つまり、父さんは“何か”を隠し通しているのか……?


「……エクス?」


 隣にいたミケが、じとっとした視線を俺に向けている。


「……な、なんだよ?」


「……なんか、男のロマンについて変なこと吹き込まれてない?」


「し、知らねぇよ! 俺は何も聞いてない!」


「ふぅん……」


 ミケの狐耳がピクリと動き、尻尾が不審そうに揺れる。


 ――ヤバい、バレる!


「と、とにかく、ユグドラシルの設備を今のうちに把握しておこうぜ!」


 俺は強引に話を逸らし、ミケの視線から逃れようとした。


 その横で、父さんはただ静かに微笑んでいた――まるで、自分の背中を見せるように。


 “本当に大事なものは、守り通せ”


 兄さんはそれを失った。


 だけど、父さんは――まだ手元にあるらしい。


 俺の未来は、どうなるんだろうな……。

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