幕間①
幕間さんです。
今後は10~15層に一回程度の割合で挟んでいけたらなと思ってます。
痛い。痛い。痛い痛い痛い…痛い。
物心ついた時から、彼女の中は痛みで溢れていた。際限なく湧き上がってくるそれに、彼女は耐えた。
『この穢れた子め』
顔を見れば育ての親すら顔を歪めてそう言った。そしていつも殴られ、蹴られる。もはや死んだ方が幸せなのではと思えるほどの虐待の日々だった。
でも、彼女はそんな痛みに満ちた日々しかしらない。『いっそ死ねたらなぁ』なんて思いを抱くこともなく、ただ殴られるだけの日々を無為に過ごしていく。
先ほどは耐えたと言ったが、本当のところは、すでに守る心すら砕けていたのかもしれない。耐えて耐えて耐え抜いて、それでも暴力が終わることはない。故に、彼女は、いつしか、涙を流すことも、声を上げて泣くこともしなくなった。
そんな彼女を、育ての親含め、村の人間は大層気味悪がった。
『あいつはイミゴだから…』
『あーあ、見てたらこっちまで呪われそうだよ』
そう言ってより一層人の輪は遠く、冷めていく。その中心にいる彼女もまた、同じように冷え切っていた。
そんな劣悪な環境でも、人は案外生きられるもので、彼女はすでに5年の歳月を過ごしていた。無論、栄養なんて概念この世界にありはせず、与えられるものはカビかけたパンに、味の薄いスープといった食事しか出されなかったために、痩せこけていた。
肋は浮き上がり、こけた頬骨がはっきりと見て取れる。目は落ちくぼんで虚ろ。何を映しているのか、もはや誰にも分からないほどにくすんでいた。
ただ生きているだけ。日中の大半は村から離れたほとんど廃墟と化している納屋で過ごし、夜は隙間風が吹き差す中で干し草にくるまって眠る。時折与えられるパンとスープでなんとか食いつないでいる。
「何で…私…生きてるのかな…」
ふとしたある日、唐突に彼女の中にそんな疑問が浮上した。今までは疑問にすら思わなかったこと。なぜか、思えなかったこと。
屋根の隙間からは、青白い月の光が、神秘的なまでの光の筋を作っていた。宙を舞うほこりか何かが、その光を反射して、瞬くように輝きを放っている。
「きれい…だなぁ」
ほぅ、と、ため息を漏らしつつ彼女はつぶやいた。
そのとき、村の方角から、こんな穏やかな夜には似つかわしくない、つんざくような悲鳴が上がる。それにつづけて、『魔族が出たぞぉっ!!!』という叫び声が響いた。
魔族。それは、長い間人間と世界の覇権を争ってきた種族。それは、永久に相容れない人間の敵だった。一度も教育を受けたことのない彼女でさえも、そのことはしっている。
「い…や……死にたく…ない………!」
初めて、彼女の目に光が宿った。彼女は、痩せ細った体を意地で動かし、立ち上がる。そして、納屋を飛び出した。そんな彼女を、満月の光が優しく包み込んでいた。
日も昇って、夜が完全に明けた頃、彼女は村から大分距離を開けることができていた。村から距離をとることができたはいいものの、そこは鬱蒼とした山の中で、彼女の体には、枝で引っかけてできた切り傷が多く刻まれていた。
今まで村から出たことのなかった彼女の体力はとうに尽きていたが、それでも気合いで体を動かした。少しでもあの村から離れなければ、そんな思いを原動力にして、必死に前へと歩を進める。
「これが、お外…」
そんな厳しい環境に置かれながらも、彼女の顔は以前とは打って変わって希望に満ちていて、頬を上気させている。初めての外の世界は、それだけで、今の状況を吹き飛ばすくらいに、彼女を刺激していた。
とはいえ、彼女はただの一人の女の子である。気持ちを変えるだけで肉体まで変わるかと言われれば当然否だ。疲労のたまった体は注意の散漫を引き起こし、彼女は、石に躓いてこけてしまった。
「…痛い」
でも、心地のいい痛みだ。そう彼女は思った。誰かに与えられた苦痛ではない、自分の行動によって起こった痛み。同じ痛みでも、そこには天と地ほどの差がある。故に、彼女が顔を上げたとき、そこには、満足げな笑みが浮かんでいた。
『GAAAAAAAAAAA!!!!!!!』
「えっ…きゃあああああっ!」
ちょうどそのときだった。すさまじい咆哮とともに、全身にこれまで感じたことのない痛みが襲いかかってきたのは。体中の服は破け、肉が裂け、骨は砕ける。想像を絶する痛みに、彼女の意識は即行で消し飛んだ。自分の死というものを本能で悟る間もなく………
彼女の鼻腔、を今までに嗅いだことのない暗い芳醇な香りが駆け巡った。それにあわせて、意識がゆっくりと持ち上がってくる。程なくして、彼女は覚醒した。よくよく耳を澄ますと、じゅぅという小気味のよい音が香りに乗って運ばれてくることに気がついた。
何か焼いているらしい。
空腹が限界を迎えていた彼女は、湧き上がってこぼれていく涎を気にすることもなく、のっそりと起き上がり、音と匂いを頼りに、歩を進めた。その際、体の痛みが引いていることに気がついたが、その確認よりも食欲が勝ったようで、止まることなく進む。光が枠をとって漏れていることから、そこが扉だろうと、彼女は近づいた。
『よっしゃ、食べるか!』
『コンッ!』
扉まであと少しというところで、ついに扉の向こうの人物と動物は食事を始めるらしかった。カチャカチャと食器のぶつかる音が聞こえる。
うらやましいな、などと思いつつ、歩いていると、バランスを崩して、彼女は倒れ込んでしまった。そして、運の悪いことに、手が扉の取っ手に当たり、開いてしまったのである。
ゆっくりと開いていく扉。その向こうで、口に肉を放り込む前の格好で止まっている一人の青年と黒い狐を見た途端、彼女は恥ずかしくなったのか、顔を急激に赤くした。
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