21話 約束とお願い
お久しぶりです
「むう…私の負け…か」
僅差で、だけど。正直勝てたのは結構奇跡に近かったりする。明確な実力差があったからこそ、俺の入れたフェイントに引っかかってくれた。もちろん、彼女の方が上なのは疑いようのない事実だとして、その不利があったから、わずかな隙をつけると思わせることができたのだ。
「正直、負けそうだったけどな」
俺はいまだ、突きつけた剣を下さない。
「なんにせよ、負けたことには変わらん。私のことは煮るなり焼くなり、好きにしろ」
あっけらかんといったふうに、彼女は言い放つ。人柄的に、命のやり取りに対する覚悟はガンギマってるとは思っていたが、まさかここまでとは。
「なんだ?殺さんのか?随分優しい魔族様だ」
「…まあ、俺個人としても殺す理由は薄いし…」
「そんなもの、十分すぎるほどにあるだろう?侵犯を犯した私がいうのもなんだが、一方的に貴様のことを殺そうとしたのだ。それだけでも理由に足り得ると思うのだが」
「…死にたいのか?」
やけに殺す方に持って行こうとする。名前はなんだったか、そこは覚えていないが、彼女は確かどこぞの王女だったはずだ。殺したらどうなるか目に見えているし、結果として被害は出ていないのだ。殺す理由は見当たらない。
「まさか。死にたいはずないだろう。ただ、随分甘いやつだなと思っただけだよ」
「まあ、この場所を漏らすくらいしなきゃ、俺は殺すっていう選択はしないな」
「ふふっ、面白いな、貴様。剣を交えた感じ、根も善良だと感じた。貴様みたいな魔族は初めてだよ」
そーですか、そう返事をしながら、俺は剣を鞘にしまった。そしてそのまま、彼女に手を伸ばす。
「俺は、ショウゴ。この魔窟のマスターであり、魔族だ。よろしく」
「ああ、よろしく頼む…そういえば、私が名乗っていなかったな。私はミシェンナ。ミシェンナ・オル・エルシェーンだ」
彼女…ミシェンナは、俺の差し出した手を強く握った。
◇◇◇
ミシェンナには剣を収めてもらい、俺たちがいつも暮らしている空間に招待していた。無論、絶対に守秘してもらうことが条件である。
ノワには一旦奥に隠れていてもらって、ミソラと俺で応対する。
「まさか、このような…」
「絶句してるとか悪いが、色々話すんだから、適当に座っといて」
「あ、ああ。失礼する」
おずおずといった感じで、彼女は4人掛けのテーブルについた。それと同じくらいで、ミソラも部屋にやってきて、ミシェンナの右隣に落ち着く。俺は、お茶を入れてからそこへと足を運んだ。
机に、お茶と茶菓子を置く。澄んだ緑茶に、お手製のどら焼きだ。ここは俺の趣味嗜好を全開で行かしてもらった。
「随分とまた珍妙な菓子と茶だな…毒ではないのだろうが」
訝しげにくんくんと、茶の湯気に鼻を近づけてそう言った。そうして、一口緑茶を口に含んだ。
「んむ、美味いな。付け合わせの菓子も美味い」
「お口にあったならなにより」
どら焼きをひとつ食べ終えたところで、ミシェンナはミソラに目を向けて口を開いた。
「ところで、そちらのお嬢さんは見たところ人間だが…貴様が攫ったわけではないな?」
「…お父さんはそんなことしないもん!」
「む…貶すつもりはなかったのだ。許せ」
彼女はミソラにぺこりと頭を下げた。自分の非は素直に認められるらしい。身分が高いにしては変に驕っておらず、好感が持てた。
とりあえず俺も席につき、緑茶を一口。ふぅ、あったまる。
「ま、とりあえずさ、ミシェンナがここのことを漏らさないんなら帰ってくれて大丈夫なんだけど…」
「ああ。無論、漏らさんよ。貴様…いや、ショウゴは邪悪ではないと確認できたしな。もし邪悪ならミソラ嬢もここまで懐かんだろうさ」
チラリと、どら焼きを口いっぱいに頬張るミソラを流し見つつ、どこか嬉しさを孕んだような表情を見せた。まるで、長年追い求めていたものが見つかったような、そんな。
居住まいを正し彼女は、まっすぐ俺へと視線を向けた。
「ここからはお願いになってしまうのだが…構わんか?」
「ん?お願いにもよるけど、いいよ」
「感謝する。恥ずかしい話だが、私は王族としての責任や、淑女としての嗜みといった類のものがてんでダメでな。体を動かしたりした方が性に合っているわけだが」
そこでミシェンナは一息をついて、どら焼きを齧った。
「なにぶん、我が国ではもう手合わせの相手が見つからんのだよ。聖女も強いのは強いのだが、私とは方向性を異にした強さだ」
「レーザービームの圧殺戦法取ってくるからな、アレ」
「れーざーびーむ?なんだ、それは?まあ、いい。そこでなんだが、ここに手合わせをしにきても構わないだろうか?勿論だが、対価は支払う」
「おっけー」
「そこをなんとか…え?いいのか?」
何を驚いてるんだろう。その程度のことなら全然大丈夫である。むしろ、手合わせするだけで情報の守秘性が保たれるなら安いもんである。
「来たいときにきて、魔窟に入ってくれればここに転送するようにしとくから」
「私から願っておいてアレだが…本当にいいのか?」
「ああ。いいよ」
ちょうど茶がなくなったので注ぎ直し啜る。湯気は真っ直ぐに立ち上り、やがてふんわりとしたまま霧散していった。
「長閑なものだな、ここは。まさか闘争以外でここまで安らげるとは」
先ほどまでとは一転して、かなり穏やかな顔で呟いた。皿に残った最後のどら焼きに手を伸ばし、口へと運ぶ。そして小さく、ひとくち、またひとくちと腹に収めていく。
「ふぅ、馳走になった。では、また訪れるとしよう。邪魔したな、ショウゴ」
「ああ、いつでも来てくれ。ミソラも俺も、ミシェンナだったら大歓迎だから」
「うん!ミシェンナ様、また来てね!」
「ああ、必ず」
そうして、ミシェンナは帰っていった。
…部屋、増設しよ。
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