20層 剣閃
笑えんて。いや、マジで。
あの女の人、尋常とは思えない速度で広大な階層を最適解で駆け抜けきった。嘘でしょ。それが俺の素直な感想である。
「罠だらけでしかも東京23区くらい広いのにどうして…」
「ぐるるるる」
俺の動揺を感じ取ったのか、隣でノワが低く唸った。
『はははははっ!まさかここまで広いとはっ!昂ってきたぞ!』
何やら叫んではいるが、もはや俺の耳には届かない。モニターから垂れ流される音声に耳を傾けるくらいなら、準備をしなければ。
手を前に突き出し、明確なイメージを描く。細部まで、それこそ、原子の一粒を捉えるほど鮮明に。そうして俺は、一振りの剣を作り上げた。
「…やるだけやってみるか」
俺は、ゆっくりと腰を上げた。
魔窟の奥のそのさらに奥。最奥で俺は腹を抱えていた。無論、可笑しいからではない。ストレスによる腹痛のためである。
前に街で見かけた時、相対した時、一瞬間の出来事ではあったが、その強さはありありと伝わってきた。隔絶とまではいかないものの、そこに横たわる確かな力量差。
あの時の俺ではないと自負はしつつも、負ける可能性を捨てきれない、そんな相手であった。
「あー…いっそミソラと逃げたようかな」
岩の天井を睨め付けそう呟くが、今度は『どこへ?』という問題が顔を出してきたので、放棄する。
「そろそろかな」
それと同時。俺の視線の先の、固く閉ざされていた戸が轟音を立てて崩れ落ちた。
「ここにいたか!」
女は、獰猛に口角を吊り上げた。
「…よく来たな」
「ふん!やはりあの時の男か!貴様、どうやら魔族なんだってな!聖女に聞いたぞ」
「その討伐ってことか…」
「ああ。建前はな」
「本音は?」
そう問うと、彼女はさらに笑みを深きして、声高らかに
「貴様は私の全てを受け止めてくれそうだったのでな!」
何やら含みのある言い方だったが、俺はそこまで気にも留めず、腰に下げた鞘から剣を引き抜いた。
わずかに女の目が見開かれ、鈍い金属光沢に目を輝かせているようだった。
「貴様、剣を使うか!面白い!」
「得物も使えたほうがいいだろ?」
「確かに、それもそうだ!徒手も趣があるがやはり戦いは剣だな!」
そう言って彼女は、犬歯を剥き出しにして笑う。そして、スラリと腿につけていた鞘からもう一本剣を抜き出した。短剣と言ったほうがいいそれは、華美な装飾など一切なく、『戦闘』のためだけに突き詰められた代物のように見えた。
「さあ、やろう!そのためにここに来たんだ!」
直後、彼女の姿が掻き消えた。
右側で怖気!
俺は咄嗟に剣を縦に突き上げた。途端、凄まじい衝撃と共に、俺の体は横へと凄まじい速度で弾け飛ぶ。
およそ生物の出す音ではない音を轟かせて、俺は壁にめり込んだ。
「やるなっ!今のを受けて死なないどころかかすり傷で済ますとは!」
「はやすぎ…っ!」
間髪入れず、彼女は短剣を逆手に持ち疾風の如き速度でこちらに突っ込んでくる。ただ、先ほどとは違い目で追えるほどの速度だった。
追えるだけで、余裕を持って反応できるわけではないが。
すんでのところで切先と体の間に剣を滑り込ませる。キィンという甲高い音と共に閃光が散った。ギリギリと金属同士が削り合う。
速度があった分、彼女に分があったらしい。暫く膠着した後、短剣が俺の頬を掠めた。小さく血が舞う。
「せいっ!」
一切の躊躇いなく、彼女はもう一方の剣を顔面へと突き下ろしてくる。音を置き去りにするような鋭い突きを、俺は顔を逸らして躱すことしかできなかった。
まあ、躱しきれずに、耳が半ば程から切り飛ばされてしまったわけだが。
「離れろっ!」
思い切り前蹴りを繰り出して、無理に彼女を引き離す。それで稼げる時間は僅かだろうが、体勢を立て直すには十分だ。
サッと壁から抜け出し、剣を正中に構える。俺だって前世はちょこっと剣道を齧ったんだ。多少なら扱い方もわかる…多分。
「でやああああああだだだだだだだだっ!」
叫びながら、目にも留まらぬ連撃を、ノーモーションで打ち出してきた。その華奢な体躯からは想像できない苛烈な斬撃。
火花が舞い散り、淡く彼女の顔を照らす。心底楽しそうに、剣を振るい続けている。
「まだだ…まだ……」
俺は、剣を僅かに傾けて彼女の剣をいなしながら機を伺う。
やはり手練れで、狙い澄ますも隙なんてものは生まれそうにない。ならば、作りに行けばいい。
剣を持つ手を片方緩め、あえて弾かれたような挙動を作る。それを見逃すような女では断じてないことは明白である。
うまいこと釣れてくれた。彼女が神速の横薙ぎを首目掛けて放った。だが、神速といえど大技。振り終わりには…
「隙ができる」
一気に膝の力を抜き、体を垂直に落とす。剣戟が、靡く髪の先を切り取った。
「ここっ!」
俺は、剣の鍔のあたりに目標を定め、剣を突き上げた。カキィンと鋭い音が鳴り響いて、次にカランと乾いた音が反響する。
剣を振り抜いた彼女の目が、大きく見開かれた。
「ちゃっ!」
突き上げていた剣を、振り下ろす。もちろん、狙いは短剣だ。少しの抵抗はあったものの、問題なく短剣が地に刺さった。
「あっぶねぇ……ともかく…俺の勝ちだ」
俺は呆然とする彼女の眼前に剣を突き出した。
戦闘描写むずい




