幕間②
魔窟が存在する森から遥かに西へと向かった先。魔族が支配する領域。そこと人間の住む領域との境界線で、戦火が巻き起こっていた。
圧倒的な巨躯が空を覆い尽くし、地べたを這いつくばって見上げることしかできない、有象無象の全てを一息のブレスで焼き払った。
浮かび上がる超大な魔法陣から、様々な属性の魔法が放たれ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う衆人を消しとばしていく。
「脆いねー、人間って」
「左様ですな。御皇様、こちら、ティーでございます」
「あっ!ありがとー!やっぱしバートって気が利くねー!」
湯気の立つ『ティー』は赤黒く、仄かに鉄の匂いを醸している。多少ドロリとしたそれを、青年は一息のうちに飲み干した。
「あ゛ー!いきかえるぅー!」
「ほら、もう少しですよ。頑張ってください」
「そだねー。でも、やっぱりあっけないんだよなぁ」
そう言って、彼は欠伸をかました。
「骨のある奴はいないものかな」
眼光は鋭く、前線へと据えられていた。
◇◇◇
「伝令、でんれーい!」
天幕に焦燥に駆られた声が轟いた。重苦しい空気を、強制的に霧散させた兵士が、上官の許可なく中に入り、情報を叫び伝える。
「北方前線、完全崩壊!魔族の侵入が開始されました!また、魔天将なる強力な魔族も確認!既にカスペトラ子爵、メイガン男爵、及びラブラル伯爵が領軍と共に討ち取られました!」
今名前が上がった三家は勇者伝説でも戦のたびに功績を上げた、武で鳴らす名家である。彼らが討ち取られたと言うことはつまり、対抗戦力の半分を失ったことに等しい。
誰しもが、顔を青ざめさせた。
「私が出よう」
ただ一人を除いて。
「ジャンヌ殿、正気か!」
天幕にいた上官の一人が声を荒げる。
ジャンヌ・ルナ・ザナベルグ。今代の聖騎士であった。彼女の強さは折り紙つきだ。一度剣を振るえば、地が割れ岩が破砕する。一度聖なる魔力を解き放てば、邪悪に類する存在を塵も残さず消し飛ばす。
「ああ。かの御三方で敵わぬのなら、私が出るほかあるまい」
「確かに、そうだ…そうだが、万が一がーー」
そこまで言葉を紡いだ上官を、ジャンヌが制した。
「大丈夫だ。私は今フォンテーヌを携えている。十全以上の力を発揮できよう」
「むぅ…」
そう言われれば、黙るしかなかった。彼女の常軌を逸した強さは、その場にいた全員が知る事実だったから。
「では、行ってくる」
そう言って、彼女は天幕を去った。
「魔天将、か。造作もなかったな」
数十分後、ジャンヌの周囲は、死屍累々といった様子だった。足の踏み場もないほど魔族の死体で溢れ、彼女の眼前にはバッサリと袈裟にかけられた魔天将が転がっている。
息一つ乱さず、彼女は津波の如き大軍を退けたのだ。
ぱちぱちぱち
その場に似つかわしくない音。彼女は一瞬で警戒度を最大限にする。
「だれだ?」
「いやはや、お見事です。人の身でここまでとは」
途端、周囲が煙に覆われ、執事然の魔族が現れる。丁寧に整えたであろうバネ髭を愛おしそうにさすりながら、鷹のような眼光でジャンヌを睨め付ける。
「申し遅れました。私、御皇様の執事をしております、バートと申す者。以後、お見知り置きを…まあ、あなたは今日死ぬんですけどね」
直後、彼女の腹に拳が突き刺さる。
「かはっ」
「こう見えてインファイターなんですよ、私」
連打。連打。連打。
バートの猛攻はとどまるところを知らず、ジャンヌの骨を砕き肉を弾けさせていく。
雨のように拳と蹴りが降り注ぎ、彼女の体を覆う聖銀の全身凱も意味もなさず、着実に死の淵へと押しやる。
「さて、そろそろですね」
「ぐがっ…くああああああっ!」
「ふんっ!」
最後の抵抗で、彼女はフォンテーヌを振り下ろす。が、バートの掌底が、彼女の鳩尾を深く抉った。
大きく凄まじい速度で後ろへと吹き飛び、大岩へと彼女は突き刺さり、真っ赤なクレーターを生み出した。
全身の骨が折れ、肉がちぎれ、至る所から血が吹き出し、もはや生きていることが不思議なくらいだ。
「聖騎士ともあろうものが、この程度ですか…昔はもっと強かったんですけどねぇ」
服についた埃を払い、バートが言う。
バートは、彼女に回復魔法を雑に施し、致命の傷を塞ぐ。
「貴女には玩具になって頂かなくてはなりませんからねぇ。今日死ぬとはいったけど今死ぬとはいってないんですよ」
彼はジャンヌを肩に担ぎ、そのまま連れ去った。
薄暗い一室でジャンヌは一糸纏わぬ姿で吊るされていた。こつ、こつ、と靴底が床を打つのが耳に入った。
その存在に、ジャンヌは大声で問いかける。
「私をどうするつもりだ。答えろ!」
「別にー、ただ遊ぶだけー」
蝋燭に照らされて見えた青年の顔。それは醜悪なほどに歪んでいた。
後日、彼女の遺体は魔族領域の辺境でゴブリンに貪られていたと言う。
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はい、御皇様に針を投げられていたのは聖騎士さんでした…




