モラトリアム
幼なじみのケイタと私は、高校生になってもまだお互いの家に行って一緒に勉強をする仲だった。親同士もすっかり仲良しで、私とケイタは信用されているのか、二人っきりで何時間も一緒に勉強していても特になにも疑われることがない、そんな関係だ。けれども二人の勉強が捗ることはなく、むしろ勉強以外のことをしている時間が圧倒的に多かった。それは……そう、いわゆる、ちょっとしたスキンシップだ。
「ねーケイタ、肩こったから揉んで」
「しょうがないなぁリンは……」
「ふへへ、気持ちいい〜」
私たちはよくこんな感じでお互いの身体に触れながら、実のところはちょっとだけドキドキする気持ちを抑えていたのだ。この気持ちが何なのかはよく分からないけど、多分、悪いものではないと思う。でもケイタの気持ちは分からない。私と同じ気持ちを抱いてくれているのか。ただのおふざけで私とこういうことをしてくれているのか。分からないけれど、今は分からないままの方が幸せなんだろうなって思ってる。
「リン、おまえ最近肩こりすぎじゃないか?」
「ん?そうかなぁ?」
「この僧帽筋のところの筋肉、すげぇコリまくってるぞ?」
「僧帽筋、ってなに?」
「え?ほらここ、肩甲骨の間辺りにある、首の根元から背中にかけてついている肉のことだ」
「へぇ〜そうなんだ、初めて知った!」
ケイタはすごく真面目な人なので、私の肩こりが酷いという訴えを真に受けている。プロの按摩の技術とか解剖学とかの本を熟読して、私の身体のことを真剣に心配してくれているようだ。
「これはちゃんとした姿勢で本を読んだりするときに使う筋肉だから、普段の姿勢が悪くなっていると凝ってくるんだよ」
「なるほど!さすがケイタだねぇ」
私が褒めるとケイタは照れ臭そうに頭をかいた。そういうところがかわいいんだよね。
「うーん、でもなぁ、やっぱり肩こりが酷すぎるよなぁ……」
「なんでだろうね♪」
ケイタをからかってみたくなった私は、そう言ってちょっとだけ胸を突き出すようにして強調した。するとケイタは少し目を逸らしてからこう言った。
「その……お前が肩こるのは、しかたがない。でも、肩こりなら俺ががんばって治してやるからさ」
「そうね。いつもありがと」
そういうことじゃないんだけどなーと思いながらも、まぁいいかと思い直す。この数年で私の身体は妙に成長していて、バストが大きくなるにつれて色々と大変になってきて今では悩みの元である。思えばこうなったのもケイタとスキンシップするようになった頃からで、きっとそういうホルモンか何かが出ているせいなのだ。
「ケイタさぁ。もしだよ?もしもの話なんだけどね?」
「なんだよいきなり改まって」
「いいから答えてよ」
「おう、わかった」
「もし、ケイタの前にすっごい胸の大きな女の子が現れたらさ、ケイタはその娘ともこういう風に仲良くなったりするのかな?」
私は自分の身体に手を触れながらそう言った。なんとなく不安だったのだ。そんな私にケイタは、いつものちょっと困ったような表情で答えた。
「なんだそりゃ?意味わかんねーよ、ていうか俺がこうやってマッサージしてやるのはリンだけだよ?」
「どうして?だってその子もきっと肩こりで困ってるよ?そしたらどうするわけ!?」
「……そんなのそいつの彼氏に揉んでもらえよ。俺はリンだけで手一杯だからそんなことしてる暇なんてねぇよ」
おう。それは私の彼氏宣言ですか、そうですか、なんてことを考えていると顔がにやけてくるのが止まらない。それで照れ隠しのつもりなのか、ついつい私は調子に乗って
「そうよ。これ、重たいんだから。ちょっと持ってみる?」
などと無茶振りをして、彼を困らせようとしてしまうのだ。もちろん冗談のつもりだった。
けれどもケイタはお構いなしという感じで、後ろから私の脇に腕を回してバストの下側に手を添えてきた。まさかコイツそのまま持ち上げたりしないだろうな?などと思っていると、ケイタは真面目に、本当に真面目そのものの表情で、こう呟いた。
「ああ重いねこりゃ。こんな重さのものぶら下げてたら、肩がこるのも当たり前だよ。その……ブラジャーとか。ちゃんとつけてないとだめだろ」
私の顔は真っ赤になっていたに違いない。もうなんなのよこいつは!
「う、うるさいわねっ!ほっといてよ!」
「あ、ごめん」
「べ、別に謝らなくてもいいけどさっ」
素直に謝るケイタに、私は慌ててしまう。そうすると彼は余計に申し訳なさそうに謝ってくるので、なんだかこっちが悪いような気がしてきてしまうのだ。あーもう、調子狂うなぁ……
「そんなことよりさ、ほら、続きしてよ?」
気を取り直した私がそう言うと、ケイタは私を抱え直しながら、またマッサージを始めた。
こんな微妙な関係をあとどのくらい続けたら、ケイタは本気になってくれるのかな。それとも一生このままなのかな。そんなことを考えながらも、今はただこの時間を大切にしようと私は思った。




