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第二話『世界の理』



 クリフォト――この暗闇に包まれた世界では、もうすでに実物の太陽を目にした事がある人間はいなくなっていた。地上世界に天使が現れ、天使と人と悪魔とが最後の戦いの果てにおとずれた大崩壊以後、天使についた者達以外が投げ込まれた、ただ生きる為だけに存在する神の箱庭。この箱庭にはおかしてはならないことわりがあった。


 一、天使が唯一の管理者である

 二、天使を模してはならない

 三、光をめざしてはならない

 四、安息日を守ること

 五、天使を敬うこと

 六、天の恵みを盗んではならない

 七、天に叛意を抱いてはならない

 八、翼を欲してはならない

 九、殺人をしてはならない

 十、姦淫をしてはならない


 ほぼ言葉の通りである。これらを人が破る事は死を望むことと同義であった。

 また、ハンターがこれらを破ることはあり得なかった。何故ならハンターとなるべく受けるイニシエーション――刻印の儀式でそれらが抑制されるからである。

 そもそもこの刻印の儀式とは、体の中心――胸骨部に直径二センチ程の水晶の如き透明な玉を埋め込まれるものであった。

 この水晶球はシードと呼ばれ、人の肉体に触れるとはじめに肉体と同化し、生体エネルギーであるエーテル、感情層のアストラル、人格層であるイデアルへと侵食し、人を人たらしめる永久原子へと深く絡みついていく。

 シードは人が天使に逆らうことなく、神の尖兵を生み出すべく撒かれた種そのものであった。


 このシステムのなか、人は疑問を抱かず、天使より与えられた指令をこなし、また人の智恵でもって天使の為になる新たな仕組みを作りながら、生き延びようとしていたのだ。


 そしてその人の智恵の一つ、ハンターの訓練制度を受ける身の上にある若者達は、今日もまた小さな実践を積み重ねるためにセンター8に集まっていた。


 センター8はエリア8の中央に置かれたバベル・タワーの端末機関であり、エリア内の情報全てが集められていた。また、管理機関でもあり、ハンターの登録、指令の告知、賞金首の公開等が行われていた。


「ん~」


 空間投影型ディスプレイに映し出された賞金首リストを前に難しい顔を作っているのは見習いハンターのシュウナであった。


(コイツ等が天使様に背いた奴等、ね……)


 シュウナの思いには何処かしら他のハンターを目指す者とは異なる光を宿していた。それは難しい表情であった彼の顔が天使という言葉を思い浮かべたときに皮肉を含んだそれとなっていたからだ。


「コイツ等みたいなのを早く相手にしてやるぜ! ……とか思ってたんだろう?」


 シュウナの背後から現れたのは一歳年上の見習いハンターにして幼馴染、口うるさい兄貴分のアスターであった。


「どれどれ? 堕天使長ルーザー、模造天使ボードナー、魂の簒奪者ナギって、オイオイ。どいつもこいつも俺達みたいな見習いが相手の出来る奴等じゃないぞ。全部Lレジェンドクラスの賞金首じゃないか。」


 ――そもそも大崩壊時にクリフォトの奥深くに逃げ込んだ伝説の魔王達じゃないか。お前にはムリムリ――そう続けようとしたアスターだが、先にシュウナの言葉で遮られてしまった。


「俺にも無理だがアスターにも無理だろ!」


 先回りされていわれたアスターは口を数回ぱくぱくさせたが、やれやれとため息をついて声のトーンを変えてシュウナに問いかけた。


「何を考えてたんだ?」


 からかいではなく、真に心配しているという落ち着いた真面目な声になったのに気付いたシュウナは、少しためらいながら、しかしはじめに相談するならこの義兄弟しか自分にはいないことを改めて思い、語りだした。


「なぁ、アスター。太陽って、見たことあるか?」


 この一言でアスターの表情は一気に青くなり、次の瞬間にはドス黒い赤へと変貌させ、シュウナの腕を強引に引っ張りながら、人と天使の注目を浴びながらもセンター8から逃げ出した。


「馬鹿野郎! 一体何を口走ってるんだ! 昼間だってのに夢でも見てるのか?

 天使様に狩ってくださいといってるようなもんだぜ!」


 そう、センターこそバベルタワーの端末機関であり、天使たちの管理のための施設であった。そこで十誡に触れる発言をしたシュウナの声が天使に届いていたら、間違いなく不適格者として明日から何一つ悩む必要のない身の上となっていた事だろう。


「わりぃ、わりぃ。今度から気をつけるって……」

「たく、そのセリフ、物心ついてから何回聞かされたことか……」


 悪びれもしないシュウナにうんざりするアスター。しかしそこにはシュウナの作り出した嘘の顔が少しだけ含まれている事にアスターは気付かなかった。


(仕方ないじゃないか……この俺の夢に出てくる日常には、こんな人口の光じゃない、目が潰れそうな程の光で、鮮やかな色のある世界なんだから……)



 かつて、人は大崩壊と呼ばれたときを境に、地下での生活が余儀なくされた。

 色があっても、薄暗く、灰と白と黒しかない世界の中、人が見る夢の世界には華やかな色彩で溢れていた。地下世界という限られた世界による抑圧が、人の夢の世界で解消されているのかも知れない。

 だが、不思議なことだ。大崩壊の後、地下世界で生まれた彼が太陽の下の光の世界を知る術がないはずであった。

 これこそ、個人の記憶ではなく、人そのものの記憶。人間という種族がもつ無意識下で共有されている記憶の像なのかもしれない。

 永久原始に刻まれた、人の郷愁であったのかもしれなかった……。



(つづく)

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