第零話『ハンター』
ドッペルゲンガー事件に始まる世界の変化――今に伝わる大崩壊――より百年以上経た時代。世界は闇に閉ざされていた。
いや、それは正確な表現ではない。
人々は地下世界――天使達のいうクリフォトと呼ばれる世界へと追いやられていた。
どこまでも続くと思われる半球状にくり貫かれたこの地下世界は、地上――光の国――とを一本の聳え立つ塔でつながれており、それ以外に地上に出る術は無いと伝えられていた。
そう、この暗黒世界を意味するクリフォトの地は、天使の管理下におかれた神の箱庭であった。
そんななかにも、人々は変わらぬ生活を続けていた。それが黒歴史に閉ざされた者達の期待した世界なのかはわからないが、生きつづけていた。
(散開!)
リーダー格の一人が左手で合図を出すと、三人の武装した男女が音も無く三方に散った。
目指すはワーム・リザード。この地下世界では珍しくもない大型獣だ。かつての大崩壊以後、突然変異した爬虫類の一種で、地下世界に特化して変異したため視覚はほとんど無く、それ以外の感覚でクリフォトの地に生息していた。手足は爬虫類のそれであったが、その頭部には目がなく、大きな口と鮫の様なのこぎり状の牙が層を成しているところから、ビッグ・マウス、大口などと呼ばれてもいた。
その大口が、最近になって人の生活区まで侵入してくるようになっていたのだ。もともとが自らの縄張りとした土地から大きく移動したり、人がいるところに侵入してくことはなく、逆に自らの縄張りに侵入してきた獲物を捕食して生きている生物なだけに、この事態は異常ともいえるそれであった。
さらにリーダー格の壮年の男はハンド・サインで三人の仲間に指示を出す。
サインを確認した一人が他の二人に目で俺がやる、と語ると、大口の鼻っ面――というよりほぼ口の前だが――に球状の物体を投げた。
それを感覚のみで察知した大口は、トカゲというには不自然な程に首を伸ばし、球状の物体を噛み砕いた。
同時に、ぱんという乾いた音がし、大口の口の中から強烈な異臭を放つ煙が噴出していた。
「ギュギョォォォォォォ!」
耳を聾するほどの絶叫とともに、のた打ち回りながら、後から後から噴出してくる煙を周囲にまきちらしていった。
あらかじめ背後に回り込んでいた他の二人は、のた打ち回り始めた大口の最も肉質の柔らかい腹部に狙いを定め、麻酔弾を打ち込んだ。
一発、二発、三発、四発……
打ち込む毎に動きが鈍くなってきていたが、しかし一向に動きが止まる事がなかった。
(チッ……随分と体力がありやがる……)
はじめに煙玉を投げた若い男は、つぶやくと片手剣を構え、空いた手で仲間達にサインを出すと同時に大口の眼前に躍り出た。
しかし、それをするにはまだ時期が早すぎた。
煙の中でのた打ち回っていたはずの大口は体勢を立てなおし、斬りかかる若い男を感知してそののこぎり状の牙をむき出しながら、その名通りの大きな口を激しく向けてきた。
(ヤバいっ!)
若い男の剣と彼を飲み込まんばかりの大口の牙が触れ合う瞬間、大口の頭部が爆ぜた。
生暖かい大量の血と肉が若い男をどす黒く染め上げる。
「馬鹿野郎!」
呆然とその場に立ち尽くす彼は、声の方を向くと、大型のボウガンを構えたままのリーダー格の男が目に飛び込んできた。
リーダー格の男は、ボウガンの弾を新たなものに装填しなおすと、他の二人に再度指示を出し、大口が完全に動かなくなるまで弾丸を撃ち込んでいったのだった。
「馬鹿野郎! シュウナ、オマエは死にたいのか?」
大口が完全に息絶えた後、仲間二人に大口の解体作業の指示を出した後、リーダ格の男はシュウナと呼ばれた先の若い男に活を入れていた。
「大体、オマエはいつもそうだ。読みが甘い。突っ込みすぎる。防御が疎か。剣士としてやっていこうとするなら、今すぐそこをなおせ。でなければ、次こそ確実に死ねるぞ」
頬をふくらませるようにして反抗的な目で視線をそらし続ける彼は、未だ少年のそれを脱したばかりの、若い、青年であった。
それを見やったリーダー格の男は声のトーンを改め、穏やかに呆れのエッセンスを含めつつ、静かに続けた。
「――なぁ、シュウナよ。カルディナを、娘を悲しませてくれるなよ。あいつは愚かしいことにも、俺と同じハンターになりたいなんていう馬鹿を好きになっているからなぁ?」
そこまで言われ、シュウナはようやく抗議の声をあげる。
「カルディナは関係ねぇだろ! つうか、俺はカルのことを妹にしか見れてないんだ。それ以上になんかならねぇよ。そもそもアンタをお義父さんと呼ぶなんてゾッとしないぜ。ロイ・マイセンのオッサンよぉ!」
「フフン、だったら次はもっと上手くやることだ。俺の目の黒いうちはオマエを見習いハンターから格上げなぞさせてやらんからな」
ちくしょう、と呟きながらも、今回は言い逃れの出来ない結果であったため、黙ってマイセンの指差した解体作業の手伝いへと加わっていったのだった。
(つづく)