ローザン伯爵は考える
◇◇ローザン伯爵すなわちシュリーの父の視点◇◇
さっさと寝ようと思って寝所へ行ったら、珍しく妻がいた。
嘗ては王国でも三本の指に入る美貌の持ち主と言われた、金髪青眼のキャサリーヌだ。
もっとも子爵令嬢だったので、王家やそれに準ずる公爵家などとの縁繋ぎはなかった。
何処でも誰でも良いから、さっさと片付いて欲しい。
彼女の生家は、そんな考えだった。
たまたま、年齢と家格に見合った相手が私だったのだろう。
婚約した時には、こんな美人が嫁いでくれるのかと感激し、マメに贈り物をしたり、観劇に誘ったりもした。
若かったなあ……。
見た目は美しいキャサリーヌだが、所作は今一つ洗練されておらず、結婚してから私の母が指導して一つひとつ直した。
母の指導が厳しいと、涙を溜めて訴える彼女。
ああ、美人とは泣き顔も綺麗なものだと、ヘンな感心をした。
馬鹿だった……。
でも、若い男なんて、だいたいそんなもんだ。
「あなた、お話があります」
うわあ……。
こういう言い方をする時の女に、逆らってはいけない。
そして嫌そうな表情を、決して出してはならないのだ。
「どうした? 何かあったのか?」
私は出来るだけ優しい声で妻に問う。
「なんでですか!」
妻の眉と目尻が上がる。
なんでですかって何のことだろう……。
仕事だと言って、若い女性の給仕がつく店に、行ったことでもバレたのか。
「ええと、何のこと?」
「シュリーの件です!」
シュリーのこと?
婚約者と上手くいってないってことか?
「なんで、なんでシュリーのデビュタントのエスコートなんかするんですか!」
え、そっち?
「いや、それはシュリーがマークス君から、エスコートを断られたって言うから」
「なんでいつも、シュリーばかり、あなたは贔屓するのよ!」
それを言うのか、キャサリーヌ。お前が。
「贔屓など、しておらん」
「嘘!」
「だいたい、モニクもケミファも、私にエスコートを頼んだりしない。それは二人がそれぞれの婚約者と、上手くいっているからだろう?」
キャサリーヌは唇を噛む。
「そ、それは、モニクとケミファがちゃんと婚約者と良い関係を築いていて、シュリーがダメな子だからなのよ!」
「そうかな。私はバーランド家との繋がりなど、特に欲しくもなかったし、マークス君の子どもっぽさには思うところがある。君が進めた婚約だよね。マークス君の外見が、整っているって言って」
「だ、だって、シュリーは美しくないし、賢くもないから、せめて……」
私はため息をつく。
昔から。そう、シュリーが生まれた時からだ。
キャサリーヌはシュリーにだけ、当たりがキツイ。
「そもそも何故君は、シュリーを疎んでいるの?」
「そ、そんなこと、ない……」
本当は黙っているつもりだったが、言わなければならないだろう。
「シュリーの髪の色が、私の母と、同じ色をしているからか?」
「!」
見る見るキャサリーヌの顔色が悪くなる。
薄々、そうではないかと思いながら、そうであって欲しくないために、今まで言えなかったことだ。
「違っ! そんなんじゃないわ! あなたが他の二人より、シュリーを可愛がるから。だから」
「それは、少しだけあるかもな」
「やっぱり! そうなんじゃない! シュリーだけが、お義母様と同じだから! 似ているから!」
「うん、確かに似ているね」
キャサリーヌは目を閉じて、涙を一つ零す。
「シュリーが一番似ているよ。
若い頃の、君に」
キャサリーヌは息を呑んだ。
「う、嘘!」
「嘘じゃない。君は髪や瞳の色しか見てないようだけど、恥ずかしそうに俯いて微笑む顔は、君にそっくりだ」
美人で有名だった子爵令嬢だが、実家の経済状態に問題があったからか、子爵夫妻の関係が最悪だったからなのか、いつも自信のない風情だった。所作が洗練されていなかったのも、子爵家の教育が行き届かなかったせいだ。
だから、幸せにしたいと思ったよ。
自信を持って笑って欲しかった。
私は微かに笑う。
やっぱりあの頃は、若かったな。
自分以外の誰かを救うなんていうのは、若いうちにしか見られない幻だ。
でも一生かけて、追う幻があっても良いじゃないか。
「そ、そんなこと。似てる? あの子と、わたくしが……」
「ああ。だからシュリーはダメな子でもないし、これから絶対美しくなるだろうな」
「そう、かしら……」
私は妻の肩を抱く。
あれ?
昔はもっと、華奢だったよな。
まあ、いいや。
それもお互い様だから。
私の言葉に納得したのかは分からないが、シュリーのエスコートの件は、了承されたようだ。
親父視点で書くと、自分の内面性もオヤジ化しそうです……。
ぼちぼち、シュリーのデビュタントがやって来そうですね。
ヨナも戻ってくるだろう。