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ひとりごと  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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003 姉と妹

 


 就職してしばらくして。

 一度だけ実家に戻った。

 来なくていいよ。嫌な思いをするだけだから。

 そう言って、私の帰郷を拒んでいた母さん。

 でも、どうしても伝えたいことがあった。





「私の所に来ない? 仕事も落ち着いてきたし、母さん一人ぐらいなら養えるから」


 そう言うと、母さんは声を上げて笑った。


「しばらく会わない内に、随分偉くなったわね」


「まあ、ね。でも本心なの。私は母さんと暮らしたい」


「ありがとう。そんな風に言ってもらえて、嬉しいわ」


「じゃあ」


「でもね、ごめんなさい。私はこの家に残る」


「……本当はあの時言いたかった。この村を出る時、一緒に行こうって言いたかった。でも学生だった私には、母さんを養っていく自信がなかった。

 でも今なら言える。たった一人でこの家を守ってきた母さんを、私は救いたい。私たちに何もしてくれなかったこんな村、捨てたっていいじゃない」


「そうね、そうかもしれない。でも駄目なの」


「どうして」


「前に言ったかもしれないけど、これは私の人生、私の選択なの。私は自分の意思で、今の生き方を選んだ。もし私が家を捨てたら、全部なくなっちゃう。それは嫌なの」


「なくなったりしない。母さんがこれまでやってきたこと、全部私が知ってる。それに母さんは、私と姉さんを育ててくれた。自分の人生を犠牲にして、私たちを一人前にしてくれた。私と姉さんの今があるのは、母さんのおかげ。だから母さんにも、幸せになってもらいたいの」


「だから言ったのよ、ありがとうって」


「……」


「多分お姉ちゃんも、同じことを思ってくれてると思う。本当に私は、優しい子供に恵まれて幸せだわ」


「もっと幸せになろうよ。今からだって遅くないから」


「ううん、これで十分。私は本当に幸せ。これ以上望んだら、罰が当たっちゃう」


 そう言って母さんは笑った。

 それが私の見た、最後の笑顔だった。






 葬式は盛大に執り行われた。

 喪主になったのは、新たに本家の当主になった叔父。

 姉さんではなかった。


 姉さんは「いいのいいの、ほっとしたよ」と笑ってたが、相変わらず失礼な人たちだ。

 私たちは唯一の肉親でありながら、末席に追いやられた。

 親族の誰一人として、私たちに声をかけてこない。

 子供の頃からよく知っている住職ですら、目も合わせてくれなかった。


 ーー村を捨てた裏切り者。


 そんな空気がビシビシと伝わってきた。





 喪主である叔父が、母さんを誇らしげに語る。

 彼女は一人この村に入り、村の為、家の為に全てを捧げてくれた。この家の繁栄は、彼女なしには成しえなかった。私たちは彼女の意志に感謝し、受け継いでいかなくてはならない。


 馬鹿が。

 詭弁ばかり並べるな。

 お前たちのしてきたこと、何一つとして忘れてはいないぞ。

 そんな言葉を何度も飲み込んだ。


 いつの間にか、姉さんが私の手を握っていた。

 震える手。でも温かい手。

 私も握り返した。

 そして見つめ合い、小さくうなずきあった。





 骨上げでも、私たちは末席だった。

 最後まで、この人たちは失礼だ。

 どんな過去があろうとも。どんな理由があろうとも。越えてはならない一線というものがあるだろう。

 そう憤ったが、それもまあ、母さんなら笑い飛ばしていただろう。

 私たち姉妹には、骨上げ自体させてもらえなかった。

 ここにいさせてもらえるだけでも感謝しろ。裏切り者め。

 そんな怨嗟(えんさ)が、私たちに向けられていた。


 私と姉さんは示し合わせた通り、親族が立ち去る隙をついて、母さんの骨を素手でつかんだ。

 台が熱くて、少し火傷してしまった。

 二人でトイレまで走り、持っていたロケットペンダントに骨を入れる。

 そして顔を見合わせ、笑った。





 49日は来なくていいよ。私もこれで最後だから。

 私が先に家を出て、あんたには辛い思いをさせてしまった。

 姉なのにごめんなさい。

 だからせめて、最後ぐらいはさせてちょうだい。

 あいつらの相手は私に任せて。


 私は久しぶりに、姉さんと抱き合った。

 別にわだかまりがあった訳じゃない。

 恨んだ時期もあったけど、今となってはどうでもいいことだ。


 ただあの時以来、こうして姉妹としての会話をした記憶がなかった。

 これからはもう少し、機会を作っていこう。そう思った。




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