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限界


 レインを受け入れた孤児院の子供たちは、それからというもの、代わる代わるレインの部屋へやってくるようになった。おのおの、いろんな物を持って。それは絵本であったり、ぬいぐるみであったり、手づくりの花冠はなかんむりやおもちゃであったりした。


 そういうわけで、最初使われていなくて殺風景だったレインの部屋は次々と飾られていき、自然とにぎやかになった。特に女の子たちはみんな朝のあいさつから始まり、1日に何度もやってくる。おはようの時はほおに、そして、おやすみの時はひたいにキスのあいさつをしてくれるのだ。


「あの・・・さ、その挨拶って・・・みんなからしてもらえるもの?」

 ラヴィが部屋の掃除をしに来てくれた時に、レインはきいてみた。


 ラヴィはきょとん顔で少し黙っていたが、フフッと笑って答えた。

「えっと・・・普段は私だけが皆にして回るものなんだけどな・・・。」


 あなたがやけにイケメンだからでしょうと、ラヴィは心の中で付けたした。


「そうなんだ・・・。」

「あ、ねえ、よかったら私の代わりに夜の見回りしてもらえないかな。今夜からでも。」

「うん、いいよ。」

「じゃあ、女の子たち担当ね。」

「担当・・・?」

「うん、きっと、みんな喜ぶわよ。」






 その夜、レインは約束通りに〝おやすみの挨拶〟をしに少女たちの部屋へ向かった。内心、少し恐れながら。


 ここに来てずいぶん経ったが、実はいよいよ飢えと渇きが気になり始め、とうとう体に異変も出始めていた。ここまで生き血を我慢したことが無かったレインは、度を超えるとどうなるのか予想しきれなかった。だからそれは、恐怖を伴いながらじわじわと襲いかかってきた。ドクンドクンと心臓の音が聞こえるような動悸がする。そして息苦しくなり体が震える。まるで禁断症状と言えるこんなことが、たびたび起こるようになってしまったのである。しばらく我慢するくらい何てことはないと、甘くみていたのか・・・そう後悔もした。危害を加えられなければほとんど不死身という吸血鬼の体と生命力を過信して、何の対策も考えなかったのは失敗だったか。


 夜がずいぶん更けてもそんな体調不良が続いたせいで、予定していた〝おやすみの挨拶 〟の時間はとっくに過ぎてしまった。今夜はやめた方がいいかもとも考えたが、今夜行くとまだ幼い女の子たちと約束してしまったのである。


 そうして気分が優れないままに、やがてその子供たちの部屋にたどりついた。そっとドア越しにうかがうと、気配はあれどシンとしている。


 意を決して入室したレインは、ドアのところで佇んだ。四人いる女の子はみんなベッドの上で寝息をたてていた。


 申し訳なく思いながら、レインはきびすを返した。が、しかし、ふと認めてしまった。気にならないふりをしていたのに。


 暗がりの中に、新鮮な血の匂い・・。


 意識してしまったが最後、心臓がまたドクドクと脈打ち始め、息苦しくなりレインは胸のあたりをつかんだ。目の前にあるドアをさっさと開けて、ひとまずここから出るんだと自身に言い聞かせる。なのに意に反して体が動く。レインは背中を返して、室内に向き直っていた。いちばん手前にあるベッドに吸い寄せられて、そちらへ視線をゆっくりと動かしながら近づいていく。正気を失いかけている・・・と分かっていながら、もはや抑止力はなんの役にも立たないほど薄弱になっていた。衰弱していく体のことをわざと無視していた。同時に、誘惑に打ち勝つ気力も奪われていくのに、ただひたすら、やせ我慢をしていた。


 だからもう、こんな状況ではとうてい無理だ。


 枕元に立って視線を落とせば、うさぎのぬいぐるみを抱きしめて幸せそうに眠っている美味しそうな《《獲物》》がいる。

 

 新しいそのぬいぐるみは誕生日に買ってもらったと言っていた、5歳になったばかりのモカ。


 レインは屈んで半ば無意識に口を近づけ、モカの細い首筋を見て首をかたむけていた。もう意識もあやふやで、身勝手な、甘えたことばかり考えだした。


 少しだけ傷つけて・・・舐めるくらいなら・・・。

 ああでも・・・朝になったら噛まれたあとに気づくかな・・・。

 

 まだここに居たいのに・・・。


「ハァ・・・。」


「ん・・・お兄ちゃん・・・?」

 

 気づかれた ――。


 驚いてパッと顔を放したレインは、冷や汗をかきながら慌てて笑顔を作った。暗くて表情がよく見えないのをいいことに、密かに呼吸を整えて。


「来たよ。」

「うん、待ってた!」

「遅くなってゴメンね。」


 レインはまだ手が震えるのをこらえてモカの髪を撫で、そのままひたいにチュッと唇をつけた。


「起こしてゴメン。さあ、もう一度眠って。」


 モカは嬉しそうにうなずいたあと、面白いほど素早く、またすうーっと眠りに落ちていった。


 その寝顔をレインは呆然と見つめていた。スッと涙がこぼれた。やるせなくて、こみあげた涙。脳裏には、お気に入りのぬいぐるみを特別にくれたモカの笑顔が浮かんでいた。


 限界ぎりぎりの枯渇した体で、まだこんなに小さな体でしかないこの子を・・・俺は・・・。


 ・・・殺していたかもしれない。


 情けなくなって腹が立ち、くそっ・・・と拳をにぎりしめて気を引き締め直した。それから、同じ部屋にいる少女たち全員のひたいにそっとキスをして回ると、最後はハァハァと息を乱してよろめきながら窓辺へ向かった。窓を開けると、森の中から小動物や動き回っている夜行性の動物たちの血の匂いがする。


 レインは音をたてずに窓から外へ飛び出していった。










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