守りたいもの
「ああ。あいにく、もう無人だ。俺が襲って乗っ取った。ここは今、俺が住処にしている。それらしい女もいたが、とっくに味わって殺した。」
レインは普通に有りうる話をしたつもりだが、冷静を取り戻した男は、今度は疑わし気な目を向けてきた。
「なるほど・・・で、お前自身はなにか変わったことは無かったか。」
「変わったこと・・・?」
「ふむ・・・。」
視線を外されたかと思うと、男も黙って意識を集中する様子をみせた。
「確かに誰もいないな・・・この屋敷には。」
それから顔を上げた男は、不敵な笑みを浮かべていた。レインはゾッとした。さらに男は、そばにいる者にこう命じたのである。
「湖の方向。連れてこい。」
クソッ・・・。レインはあわてて飛び立った。自分にはそこまで感知できなかったが、湖のほとり。木々が無くなり、山の尾根から朝日がまともに射してくる場所。ラヴィはそこへ向かっているんだ。
ところがいち早く駆け付けたいレインの進路を、リーダーの男が素早く動いて妨害する。
「まあ、待て。もっと詳しく説明してやる。我らの指導者は人間に倣って統制のとれた国づくりをしようとしている。人間を管理し、生かして、我らが苦労せずとも飢えないようにする。仲良く共存しようというわけだ。」
「管理・・・。」
違う・・・こいつらの言う共存は、俺が望んでいるものとはぜんぜん違う。人間の自由を奪うつもりだ。
まったく共感できず、レインの胸には怒りだけがこみ上げた。だが非難している暇はない。レインはとにかく先を急ぎたかったが、複数人にことごとく回り込まれて、振り切ることができない。なんせ、そもそも衰弱している体だ。空中で激しく動いていればすぐに体力はもたなくなる。
地上に降りたレインは、湖へ向かって飛ぶように走った。夜の暗闇はなんとなく薄れ始めているように感じた。奴らも時間を気にしているはず。見つかれば、さっさと連れ去られてしまうだろう。
どうか、無事で ――!
がむしゃらに駆け付けたレインだったが、祈りは叶わず、湖の桟橋があるあたりに、ラヴィと吸血鬼のリーダーの姿が一緒に見えた。二人は向かい合って、何か話しているらしい。周りにはほかの吸血鬼と、子供たちもいる。子供たちは少し離れたところで固まって、怯えていた。
最悪だ、いや、まだ連れ去られていない・・・!
「ラヴィ!」
「レイン・・・。」
子供たちから引き離されたラヴィの声は弱々しく、ひどく不安そうな顔をしている。
「追いついてきたか・・・。連れて行く前に確認したいことがいろいろあってな。なのにこの女、親のことを何も知らないときた。」
その頃の記憶はないからな。だからといって、大した問題ではないだろう。状況から十中八九あたりだと確信しているはず。
どうにも下手に動けず、心の中でそうつぶやきながらレインはただ見守るしかしようがない。
「では、ラヴィ・・・と言ったか。女、正式名はラビアンだろう。」
ラヴィは驚いて目を大きくした。
「ふ、名は一致したな。それから・・・」
男はラヴィの腕をつかんで引き寄せ、ラヴィの首に鼻先を近づけた。
レインはむかっ腹がたったが、こらえた。
「は・・・やはりな。」
男はふうと吐息をつき、冷や汗をぬぐった。吸血鬼の毒牙にかかった獲物にはその匂いがつく・・・が、それがしない。
「これは良かった。しかし驚いたな・・・どうであれ、まだ手をつけずにいられるとは。」
レインは嘘を全て確かめられたのだと理解した。
「あのことを知りもせず傷つけていないとなると、さてはお前、知られたくないのか ? まあ、だいたい察していたがな。」
「黙れ!」
「・・・まあいい。おかげで任務をまっとうできそうだ。ではこの女にも分かりやすく、気を取り直してもう一度話してやろう。もと王族は我ら革命軍によって皆殺しとなったが生き残りがいる。それが、種特異性吸血鬼を作り出す変異種。おい女、お前のことだ。そういうわけで、我らの長にその血を捧げてもらう。」
「ふざけるな、勝手なことを・・・。」
つまり改めて整理すると、俺がここで過ごしているあいだに王制が覆ったというのか。にわかには信じがたいが、なによりラヴィが何だって?
とにかく・・・こいつらがラヴィを欲しがっているなら、渡してたまるか。こうなればもう、たとえ正体を知られて拒絶されても構わない・・・。
鋭い顔つきになったレインの目の色が鮮やかな赤色に変わっていく。
そうかもしれないと、うすうす勘付いてはいたものの、ラヴィは驚愕して両手で口を覆った。
病弱なせいだと思っていた透き通るような青白い顔と、銀髪に映える赤い瞳。それは怖いほど妖艶な美しさでありながら、レインは吸血鬼の兵団を反抗的な目つきでじっと見据えている。
「これ以上抵抗するなら、お前は反逆罪で極刑だ。そしてガキどももさらっていく。さっきも言ったように、新しい国造りには奴隷も食料も必要でな。」
「そうはさせない・・・。」
唸るような低い声でレインはこたえた。




