疑惑
狼に襲われたと言って、真夜中に血まみれで帰ってきたこと。太陽のもとに出られないこと、ほかにも町で聞いた特徴や図書館で得た情報と一致するレインを、さすがにラヴィも疑わずにはいられなかった。
彼は、その吸血鬼ではないかと・・・。
もうすぐ夜も明けるというのに、ラヴィはいつまでも眠れずにいる。そんな疑惑を振り払うことができずに。
でも・・・もしそうだとしたら、おかしなこともある。あの本には 【 生き血から栄養を摂取し、特に人間の生き血は好物である。】とか【 若く美しい姿で人間を誘惑し、そうして快楽に抗えない獲物を存分に味わい尽くして殺してしまう魔獣。】などと恐ろしいことが書かれてあったけれど、レインと一緒に住むようになってからも、ここの皆は変わらず元気に暮らせている。日によって少し回復するみたいだけど、レイン一人だけがずっと体調が悪くて・・・。
ラヴィは急に顔が熱くなって、頭から毛布をかぶった。それから鮮明に思い出してしまったから。
なにより、そうだとして、あんなこと ―― ディープキ・・・ ―― をされたのに、そのまま襲われるなんてこともなかった。そこまでの魅力が自分に無いせいかもしれないけれど、飢えているなら普通は選り好みなんてしないはずだし。
もしかして、それって・・・我慢してるの?ここを好きになってくれたから?
喫茶店でその話を聞いた時は驚き、戸惑った。文献で詳しく吸血鬼のことを知った時は怖くなった。
吸血鬼という存在は怖い。でも、吸血鬼かもしれないレインのことは・・・レインのことは・・・。
いくら可能性が高くても、信じたくないせいか想像できない。恐怖と不安と困惑が渦巻く胸の中に、確かな温かいもの・・・情・・・とも何か違う・・・それが強くあるせいで。ただ、例えそうでも関係ない、というわけにもいかなくて・・・。
ラヴィはいてもたってもいられなくなり、ベッドから起き上がった。
普通、吸血鬼は昼間に眠り、夜に活動するとも書かれてあった。今は部屋にいるのかしらと気になったラヴィは、忍び足でレインの寝室へ行き、そっと様子をみた。
実は、ラヴィは暗い中でも異様に目が見える。それは視力が優れているというような話ではなく、一種の特殊能力ともいえるものだ。
ベッドにはレインの気配があった。そろそろと近づいて顔をのぞき込むと、彼は見惚れるほど綺麗な顔で目を閉じていて、眠っているように見える。すると今度は、鋭い牙を持っているのか気になり、口許に注目した。彼はいつも優しいほほ笑みを浮かべるばかりで、大口を開けたことがない。食事の時も上品に少し口を開けるだけ。そして今は、口を閉じた寝顔でいる。
「ラヴィ・・・?」
レインはゆっくりと目を開けた。本当はとっくに気づいていたけれど、今気づいたというような顔をした。
「あ、起こしてごめんなさい。具合が気になって・・・。」
「だいぶ良くなったよ。もともと持病があるから、こんなもんだよ。」
レインは眉をひそめた。吸血鬼である自分には暗くてもはっきり分かる。
様子がおかしい・・・。
「ラヴィ・・・。」
背中を起こしたレインはそっと手を伸ばして、ラヴィの左頬に触れた。
「どうして・・・震えてるの?何かあった?」
レインはもう不安でどうしようも無くなった。嫌な予感がする。なのに・・・きかずにはいられない。
どうして怯えているのか・・・。
「あ、ちょっと・・・寒くて。」
レインの両手が伸びてきて抱きしめられるとわかったラヴィは、一瞬、反射的に身を引いてしまった。ラヴィはハッとした。あわてて見上げたレインの瞳は、ひどく悲しそうに歪んでいる。
「あの・・・おやすみなさい。」
レインはのろのろと手を引っ込めた。
「ああ・・・おやすみ。」
その時 ―― 。
窓から射す月光が急に遮られて、部屋が一瞬真っ暗になった気がした。
レインとラヴィは一緒にその窓を見た。
すると、何か大きな黒い影が次々とこの建物の外に降りてくる。注意深く目を凝らすと、それは翼をもつ人の姿をしたものに見えた。