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吸血鬼の噂


 宵祭よいまつりの日から数日後、ラヴィは午後のまだ明るい時間に、一人でまたその町まで来ていた。今日は、広場に面した喫茶店で、孤児院を支援してくれている団体の代表と会う約束をしているのである。もうすぐ養子になるゼンのことで、その手続きと予定の打ち合わせのために。その人は亡くなったおじさんの親友でもある。


 約束の時間よりも早く来て、入口からでも見える窓際まどぎわの席に座ったラヴィは、とりあえず注文したハーブティーが運ばれてくるまで窓の外を眺めていた。考えることはたくさんあるけれど、せっかく街まで出てきて小洒落こじゃれた喫茶店にいるのだから、今は頭を休めて日常とは違う景色をただ見つめていたいと思った。ゼンとお別れする気持ちの整理をつけなければならない。ほかのわずらわしさと一緒になって、それをいい加減にしてしまいたくは無かった。だから、一度、気持ちと思考をリセットする。孤児院を任された者としてしっかりと向き合って、最善の状態で送り出したいと思うラヴィの、いつもの儀式みたいなものだ。それには注文するものも決まっていて、いつも同じハーブティーをいただく。


 窓のすぐ外、街路樹がいろじゅが並ぶ歩道ではセンスよく着飾った若者たちが行き交い、その向こうに見える広場の市では、商売人と客がやりとりしている活気ある姿が見える。


「お待たせしました。」


 声をかけられて店内に視線を戻したラヴィ。目の前のテーブルには、ティーポットに入ったお気に入りのハーブティーとカップの用意が整っている。カウンター席付近の立ち位置へと戻る前に、さわやかな笑顔で会釈えしゃくをしてくれたウェイターに、ラヴィも自然と軽く頭を下げた。


 ラヴィはカップを手に取り、紅茶を注いで一口すすった。

 ああ、心がなごむ・・・。

 それから何となく店内にも視線を向けてみれば、この時間は友達と会話を楽しむ若い女性客がよく目についた。


「彼、すごく気をつかってくれるの。とても上手だったし、甘い声であんなに優しくされたら・・・」


 通路を挟んだ隣の席にいる綺麗な人も、会話に夢中で気づいてないのか、普通に聞こえる声でこちらが恥ずかしくなってしまう話をしている模様。勝手にごめんなさい・・・とラヴィは声にせず謝った。


「あらそう、じゃあ結局、良かったってわけ? 少しは警戒しなさいよ。」

「私も最初はおかしいと思ったわよ。 突然、バルコニーに現れるから。」

「じゃあ、どうして部屋の中に入れちゃうのよ。」

「だって、とてもハンサムだったんだもの。珍しい銀色の髪と青紫色の瞳、この世のものとは思えない美しさに誘惑されちゃったのよ。」


 銀色の髪と青紫の瞳の美青年って・・・まるでレインのことみたい。ああダメよ、気をらさないと、盗み聞きしてる気分になってしまうわ。ラヴィは小さく首を振り、それとなく窓の方を向いてみたものの、隣の会話は変わらず聞き取れてしまう。


「この世のものとは思えないって・・・そうね、それは確かだわ。」

「ええ。まさか吸血鬼ヴァンパイアだったなんて。」


 胸騒ぎがした ―― 。

 ラヴィは首を戻して、思わず聞き耳を立てていた。


婚約者フィアンセがいるくせに浮気なんてするから、罰が当たったのよ。」

「反省してるわ。彼が助けに来てくれなかったら、ほかの被害者と同じようにきっと殺されていたもの。」

「本当に怖いわね。最近、国じゅうの町で被害が拡大しているらしいわ。そのぶん討伐隊とうばつたいの数も増えて規模も大きくしているみたいだけど。」

「そういえば、私を襲った吸血鬼は討伐隊とうばつたいに撃たれたって聞いたけど、確認できなかったって。森の中へ逃げたらしいんだけど・・・ほとんど不死身だから、銀針1本命中したくらいじゃあ死なないみたい。でも、さすがにこの町からは出て行ったんじゃないかしら。」

 

 話にきりがついたところで、その彼女たちは帰り支度をすると席を立った。

 

 テーブルの一点を見つめていたラヴィは、思い出したというように冷めてしまったカップの紅茶を飲み干し、ティーポットから二杯目を注いだ。心臓がドキドキして、手が震えるのを抑えることができなかった。


「お待たせ。」


 不意にそう声がして、ラヴィは驚いた。顔を上げてみると、そうだった・・・待ち合わせをしていた相手がそこにいた。その彼 ―― 支援団体の代表 ―― はまゆをひそめて顔をのぞきこんでくる。


「顔色が良くないけど・・・体調が悪いのかい。」

「あ、いえ、大丈夫です。気持ちの問題で・・・。」

「ああ、そうか。また寂しくなるな・・・。」


 気持ちを立て直したラヴィは、きちんと大事な話に集中した。必要な書類を受け取り、互いの予定を調整して都合をつける打ち合わせは特に問題なく早めに終えられた。 なので、時間に余裕ができると、あとはいつも互いの報告になる。ラヴィは孤児院での子供たちの様子について話した。レインのことは気になりながらも約束通り黙っていた。ただ、町まで出て来たついでに、もともと調べようと思っていたことがある。


「あ、そうだわ。ききたいことがあるんだけど、太陽の光を浴びると悪くなる皮膚の病気って知ってる?」

「いや・・・そんな変わった病気があるのか。」

「私もたまたま耳にして、ちょっと気になっただけなんだけど・・・実は知られてる病気なのかなって思ったから。」

「いやあ・・・太陽がダメなんて、まるで吸血鬼 ―― 。いや、これは失言。そこの図書館に行けば、それについて書かれた本があるんじゃないか。」













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