ガス灯街の宵祭り
宵祭りの日には、大型の幌馬車が増便して運行される。森の住人のために、それは広い森街道に沿って佇む教会にも来てくれる。その教会から孤児院までは歩いても遠くない。
子供たちを連れてガス灯が輝く街路を会場まで歩いていく。広場につくと場内から出ないことを条件に自由行動で、特別にお小遣いを渡された子供たちは露店を自由に回り始めた。
レインとラヴィは、広場の中央にどんと建っている建造物を、ゆっくり眺めることができるベンチ椅子に座って休憩した。それは言わば巨大なモニュメントで、広場の象徴だ。今夜は死者がかえってくるとも言われる日であり、この宵祭りは追悼の儀でもある。モニュメントの周りは出店禁止区域で、代わりに来場者が持ち込んだキャンドルグラスで埋め尽くされていく。次第に強く大きくなる幻想的な灯りの集合体が、死者を迷わせずにここへ導くのだという。
「この街ね、夜に来ると、なぜかとても懐かしい気持ちになるの。初めて今夜みたいに子供たちをお祭りに連れてきてあげた時に、ふとそう感じて、それから毎年来るようになって。」
地面に置かれたキャンドルグラスの灯りをうっとりと見つめながら、ラヴィがしみじみと話しだした。その横顔に、レインは見惚れた。
「懐かしいって・・・どんなことを思い出すの?」
「それが・・・覚えてないの。」
「え・・・。」
そう言って、ラヴィはレインの方へ首を向けた。
「私ね・・・幼い頃の記憶がないの。気づいたらあの孤児院にいて、それからずっとあそこで暮らしてるの。」
「それじゃあ・・・。」
「うん、お母さんやお父さんがいるはずなんだけど、覚えてなくて。育ててくれた孤児院のおじさんの話だと、私は孤児院の玄関の前に毛布に包まれて眠っていて、手紙が一緒に置かれてあったって。その時の私の年齢は、この町のお医者さんにいろいろ試された結果、知能は5歳に相当するってことだったんだけど、自分のことや、自分と関係のあることは何も知らない状態だったって。手紙には名前だけが書いてあって・・・。」
視線を落としたラヴィは、なんともいえない表情をしていた。両親に会ってみたいと強く思うほどでも無ければ、全く気にならないというような明るさもなく、ただそのまま前屈みになり頬杖をついて黙ってしまった。
少し上げた視線の先には、モニュメントの周りではしゃいでいる孤児院の子供たちがいる。穏やかに見えるその瞳が一瞬、レインには少し寂しそうにも見えた。そういえば、と、レインは思い出した。今夜はお別れ会の買い出しも兼ねて来たことを。
10歳になるゼンが、後継ぎが欲しいという裕福な夫婦の養子になることが決まったのだ。
孤児院の子供たちは15歳になるまでに引き取られて行ったり、そうはならなかった子も、役場や支援団体の紹介でだいたいは住み込みの働き口へと巣立っていく。絆だけでつながる子供たちとの家族関係は短い。そうして、孤児院の運営を継ぐことになったラヴィ自身は、出会いと別れをこの先も頻繁に繰り返していく。その心情を、レインは何となく察することができた気がした。
何も気にしないで、今、堂々とこのままずっとそばにいたいと、そう言ってしまいたい・・・。レインは拳をそっと握りしめて、やりきれなさを閉じ込めた。