受け入れてくれたら・・・
レインはうつむいて、雨の中、歩いて戻った。体はフラフラで、顔やシャツは血で汚れてヒドイ有様だが、気にすることができなかった。
ところが帰り着くと、真夜中だというのに軒先にランタンを持った人影がある。レインはぎょっとした。そこからすぐさま駆け寄ってきたのはラヴィだ。
「うそでしょ・・・。」
「オオカミに襲われて・・・でも大丈夫。ほとんど俺の血じゃないから。」
ラヴィは絶句。大丈夫って・・・そんなことあるの?
「もう・・・灯りも持たないでどこに行ってたの? 体調も悪いのに、雨にうたれるなんて。」
「急に降ってきたから。気分転換に散歩したくなっただけだよ。」
屋敷に入ると、ラヴィはバスタオルを用意して、レインが血で汚れて濡れているシャツを脱ぐのを待った。それからそれを受け取って、バスタオルを肩からかけてあげた。
「すぐに着替えも持って行くから、部屋で待ってて。」
寝室に戻って来たレインは、濡れたズボンも脱いで体をふき、バスタオルを腰に巻いて、ラヴィが着替えを持ってきてくれるのを待った。ベッドに力無く腰を落として。
「う・・・。」
涙をこらえると、かわりに嗚咽がもれた。
オオカミの血もひどく不味かった。それを自棄になってむさぼった。とてつもなく惨めで・・・虚しくて・・・。
俺がやっていることって・・・。
レインは両手で顔をおおった。頭の中はいろんな思いや考えでグチャグチャになっていた。
「・・・つらい・・・苦しい・・・。」
ようやく分かった気でいた・・・今まで上手くいかなかったのは、仲を深めなかったからだと。だから、どんな俺でも離れたくないと思うほど好きになってもらえたら・・・そう思って、そのために頑張った。自信をつけたくて、たくさん無理もしてきた。信頼して欲しくて、少しずつ積み上げて・・・それは上手くいっていると思う。どんどん距離が近くなっていくのが分かるし、それが嬉しくて、そして・・・。
そして・・・不安が募っていく。
結局・・・俺は大きな嘘をついているから。下手をすれば裏切りともとれるほどの、そんな真実を、本当の自分を隠したままいくら仲良くなったって・・・意味があるのか。
レインは血まみれの両手を見下ろした。
オオカミを狩るさっきの姿が、本当の俺だ。
最初は思いもしなかった。一瞬ですべてが台無しになることへの恐怖。親しくなればなるほど膨れ上がる。ここまで怖くなるなら、もう期待しないで今までのように逃げ続ける方が楽かもしれない・・・傷は浅くて済むから。
こんな気持ちになるなんて・・・。
「人間になりたい・・・。」
しばらくして、ラヴィが着替えとお湯を持ってきてくれた。レインは顔や手の血糊をキレイに拭き取ってもらい、バスタオルの下からズボンをはき替えた。そのあいだに、ラヴィは脱ぎ捨てられたズボンとバスタオルを拾い上げた。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。」
レインは衝動的にラヴィの肩に手をかけていた。
「休めない・・・。」
「え・・・。」
「ラヴィ・・・ごめん・・・俺・・・たぶん眠れない。」
「あ・・・。」
オオカミに襲われたんだった。
「そっか、怖かったよね。」
「え・・・あ、うん。」
「えっと・・・どうしよう?」
「ラヴィ・・・キスしていい?」
「・・・って、どこに?おでこ?」
レインが距離をつめてきて、顔を寄せてきた。頭に手を回されて・・・。
「このまま・・・したい。」
接吻だ・・・。
「あの・・・そういうのは初めてなんだけど・・・。」
「俺じゃあダメかな? 俺は・・・賤しいけど・・・。」
奴隷だったことを気にしてるのかな・・・と、ラヴィは思い、首をふった。
「どんなあなたでも、大丈夫。」
ああ・・・俺はズルい。でも、たまらない・・・。
レインは、ほとんど突っ立つしかできないでいるラヴィの髪をそっと撫でた。怖がらないで・・・と聞こえてきそうな優しい眼差しを、ラヴィもドキドキしながら見つめ返した。
「あの・・・私・・・。」
「うん・・・。」
ただ落ち着かなくて出した声を受け流して、レインはゆっくりと唇を重ねた。薄目を開けてみれば、ラヴィの瞼が震えている。思わず笑みがこぼれた。抵抗はないみたいだったけど緊張はしてるんだな。
「目・・・閉じてて。」
かすかに頷いて言うことをきいてくれるラヴィが愛おしすぎる。今この瞬間だけでも素直に幸せを感じていられることに安堵した。ああ・・・もの足りなくて苦しかった体が、ちゃんと癒されていく。
思った通りだ。オオカミの血でも飲めただけ自制できる。だから・・・もっと君を感じたい。これが許されるなら、慣れればいい。そして、いつか・・・もっと努力するから・・・お願い、俺を受け入れて。
レインは息をする間も惜しむように、何度も、許されるだけ求め続けた。顔を離せば終わってしまうから、呼吸するのも唇が触れているまま。
ラヴィは頭がおかしくなりそうだった。キスって、こんなに深くて長いもの?レインの息づかいは色っぽくて・・・でも、なんだか切なくて・・・溶かされていくみたい・・・。頭がふわふわしてきた・・・気持ちいい・・・けど・・・恥ずかしい!
「ね・・・ま、まだ?」
「えっと・・・しつこかった?」
「わからないわ・・・初めてだもの。」
「じゃあ・・・嫌じゃなかった?」
「・・・良かった。」
「え・・・?」
「ほら、もう寝ましょ!眠れるわよね?」
照れているラヴィが可愛くて、レインは笑った。今さら自分の浅はかさを悔やんだって、もう遅い。もう、ほかには何もいらなくなってしまったから・・・。
「ありがとう、おやすみ。」