吸血鬼の本能
「はあ・・・。」
目覚めてからというもの布団にもぐりこんでいるレインは、ずっとため息を止められずにいる。考えることといえば、同じことばかり・・・。
ここへ来て自分なりにいろいろ、そうとう頑張っているとは思う。おかげで、きっと、ずいぶん親しくなれた。でも、いつどう打ち明けたらいいのか・・・分からない。ラヴィの好意は、今はまだ、ただの親切心でしかないだろうから。
本当のことを知ったら、これまでの苦労が・・・仲が壊れてしまうかも。いつまで隠し通せばいいんだろう。これ以上、どうやって・・・。
ノックの音がした。きっとラヴィだと思い、レインは背中を起こして「どうぞ。」と返事をした。
食事を乗せたトレーをひっくり返さないよう、ドアを肩で押し開けながら入ってきたのは、やはり彼女だ。
サイドテーブルにトレーを置いたラヴィは、レインの枕元から身を乗り出して心配そうに眉をひそめた。
「傷は良くなったけど、体調はなかなか回復しないわね・・・。明日、お医者様に来てもらえるよう町へ行ってくるわ。」
それはマズい、医者はするどい。
「いい、大丈夫だから待って。もう数日。」
嫌でも血を飲まないと・・・。焦ってむしょうに血が欲しくなった、その時。突然、魅惑的な香りが鼻をついて頭がクラッとした。レインはとっさに横を向いて両目をおさえ ―― 本性が出ると目が赤色に変わるため ―― 少し落ち着いてからラヴィを見た。
「ラヴィは・・・いい匂いがするね。」
「ふふ・・・どんな?」
ラヴィは無邪気に笑ってみせた。
「うん・・・優しい香り。ほのかに甘い・・・。」
だが、だんだん眩暈がするように朦朧としてきて、レインは深いため息をついた。知らずと動きだした手がゆっくりとラヴィの頬を撫で、そのまま首筋におりて髪をそっと肩の後ろへ。ゴクリ・・・と喉がなった。
「ハァ・・・爽やかで、美味しそうな・・・ハァ・・・ハ・・・」
「レイン、具合が ――?」
急に虚ろな表情で息遣いが荒くなったレインが顔を寄せてきて、ラヴィは戸惑った。そのうちにも肩をつかまれ、頭がおりてきて首筋に彼の吐息が・・・。
「飲みたい ・・・。」
「え・・・?」
「あ、ちがっ ・・・!」ハッと我にかえったレインは、大あわてで顔を引き離した。「ごめん・・・なんでもない。」
ダメだ、このままだと理性が。
レインはふと気づき、考えた。さっき一瞬だけど、血の香りがフワッと舞い上がって刺激された。
「・・・ラヴィ?」
「はい・・・。」
ラヴィはドキドキしながらレインを見た。
「どこか・・・切った?」
「え、ああ・・・小枝でちょっと手を。」
そのせいか・・・。
「大丈夫?もしかして、ちゃんと手当してないの?」
「うん、大したことなかったから洗っただけ。食事を作ったらしようと思ってたんだけど、痛くなくなったから忘れてたわ。血も止まったし、ほら。」
「あ、ちょっと、まっ ――!」
レインはあわてて顔をそむけた。今は刺激が強すぎると思って。
「あら・・・?」
ラヴィの不可解な声が気になって、レインは恐る恐る視線をもどした。
「傷口だけは赤いけど・・・もう周りの腫れがひいてる。やっぱり触っても痛くないわ。」
「でも、傷口は覆っておかないと。」
隠してくれないと俺も困る、とレインは心の中でつけ加えた。
「わかったわ。それよりレイン、また悪化したんじゃない? ほんとに、いいの?」
「ああ、うん。本当につらくなったら、ちゃんと言うから。ごめん、それ、あとでいただいてもいいかな。もう少し休む。」
「そうね、じゃあ一度さげるわ。」
食事を乗せたトレーをすくい上げて部屋を出て行くラヴィのために、レインは起き上がってドアを開けた。
「食べられそうになったら、言ってね。また様子を見に来るから。」
「ありがとう。」
笑顔で見送りながらも、レインは憂鬱でしかたがなかった。ふたたびベッドに横になったとたん、頭をかかえた。
なんとか繋がないと・・・だって、まだ・・・正体を明かす勇気が出ない。