追放された聖女の幸せを願う
・2023年10月8日 連載版始めました。
連載版はタイトルも変えて、『追放された聖女は亡国の夢を見る』となっています。
・2022年9月14日に日間短編ランキングで57位に入りました。
たくさんの評価、並びにブックマーク登録ありがとうございました。
・2022年9月14日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
・2022年9月13日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
「ソフィア・フローレンス。お前は聖女と偽り国民を誑かした。よって、お前との婚約をこの場で破棄し、国外追放を言い渡す!」
え?
一瞬何を言われているのか分からなくてまじまじと見返してしまいました。
目の前にいるお方は、アベール・ラグバウト。この国の王太子で私の婚約者……でした。
婚約破棄は別に構いません。元々単なる政略結婚であり私が望んで婚約したわけではありませんから。
けれども、国外に追放されてしまうと困ったことになります――主にこの国の人々が。
「アベール殿下、それでは聖女の職務が続けられません。」
この国は聖女の祈りによって作られた結界によって守られています。
私も聖女を継いでから毎日欠かさず祈りを捧げています。
聖女の祈りが途絶えれば、半年と経たずに結界は綻び、国中に災いが訪れるでしょう。
今聖女の仕事を行えるのは私だけです。私の姪に聖女の素質がありますがまだ幼く、聖女の任に就けるには後数年はかかります。
このままでは国が滅びかねません。
アベール殿下は聡明な方なのに、そのことが分からないのでしょうか?
「心配ない。真の聖女はここにいる。偽物の聖女はさっさと国を出て行くがいい。」
アベール殿下の向けた視線の先にいるのは、殿下に寄り添うように佇む女性でした。
彼女は確か、ミシェル・バートレット。バートレット侯爵家の御令嬢です。
けれども、それはあり得ません。
聖女は代々フローレンス家にしか現れない特殊な能力なのです。単に治癒魔法が得意と言った程度でなれるものではありません。
最近殿下はバートレット家の御令嬢と仲睦まじいという噂でしたが、色恋に迷われたのでしょうか?
ですが、これだけは言っておかなければなりません。
聖女は才能の無い者に務まるほど楽な仕事ではありません。場合によっては命に関わります。
「ですが――」
「くどいぞ、フローレンス嬢! これは決定だ! 既に父上の了承も得ている。」
そんな!?
国王陛下の許可が下りたということは、もうこの決定は覆りません。
失意のうちに、私はこの場を後にしました。
もう、この国はおしまいです。
◇◇◇
「これで、よろしかったのですか、殿下?」
物陰に隠れてこの茶番劇を見ていた宰相が、ソフィアが退出したことを見届けてから姿を現した。
「ああ、これで良い。愚かな王子が国を滅ぼしたと思った方がソフィアも気が楽だろう。」
ソフィアは責任感が強い。こうでもしなければ聖女を辞めることはなかっただろう。
「国を出た後のことは親友に頼んである。あいつならば悪いようにはしないだろう。」
「ああ、隣国の王子ですか。」
隣国とは友好関係にあり、王族同士の交流もあった。特に第二王子とは年も近いこともあり、親友と呼べる関係を築いていた。
もちろん国益に反するような無茶は頼めないが、心根の優しい奴だ。傷心の少女の一人くらい守ってくれるだろう。
「バートレット嬢もとんだ茶番に付き合わせてしまったな。」
「いえ、私は悪役令嬢として邪魔な女を排除しただけですから。オーッホホホホ!」
彼女はこの計画の協力者であり、噂もあえて流したものだ。見事な演技をノリノリで披露してくれた。
「しかし、罪のない民に苦難と犠牲を強いることになりますな。」
宰相はしばしば痛いところを突いてくる。父上曰く、得難い忠臣なのだそうだ。
だが、全ては承知の上で事を起こしたのだ。それしきで揺らぐことはない。
「この国に罪のない者などいないさ。」
この国の歴史は、一つの大罪から始まる。
我々の祖先は、故郷を失い、安住の地を求めて世界をさすらう流浪の民だった。
そんな寄る辺なき人々を温かく受け入れてくれたこの地の先住民を、皆殺しにして打ち建てたのが今のラグバウト王国だった。
この建国にまつわる忘恩の大罪は、しかし、隠蔽された。
建国の神話に語られる魔物や悪魔が、この地の正当な主であり我々の恩人でもある先住民族であることを国民の大半は知らない。それを知るのは王族と一部の貴族だけだ。
犯した罪を忘れ去ることは、とても大きな罪だろう。
しかし、いくら歴史の向こうに隠蔽し、我々が忘れ去ろうと罪は消えない。
そして彼らも決して忘れることはない。
大地に染み込んだ先住民の血と怨嗟の念は強大な怨霊を生み出した。それは三百年経った今でも消えることなく、この国に復讐する機会を窺っている。
「この国で最も罪が無いと言えるのは、この国の罪と常に向き合って来たフローレンス家と聖女だけだろう。」
聖女の役割は、この強大な先住民の怨霊を鎮め封じることにある。
聖女の結界が失われれば怨霊は解き放たれ、無数の死霊――ゴースト、ゾンビ、スケルトン、グール等々が際限なく溢れ出し、この国は滅びる。
「そもそも、この国はもう終わっているのよ。ソフィアさんのやっていることは、それをほんの少し伸ばしているだけだわ。自分の命を削ってね。」
バートレット嬢が悪役令嬢の仮面を外して憤慨する。
歴代の聖女はほぼ例外なく短命だった。聖女の仕事は体に大きな負担がかかるからだ。聖女以外の者が行えば、勤めを終える前に命が尽きるだろう。
ソフィアも聖女の祈りを捧げた後に倒れたことが何度もあった。
このまま聖女を続けていれば、遠くない将来に彼女は命を落とすだろう。聖女専属の医師は持って後二、三年だという。
ソフィアの代わりの聖女は今はいない。
彼女の姪のレティシアに聖女の素質があるが、まだ五歳だ。ソフィアが聖女を継いだ十二歳にもまだ七年もある。
ソフィアは、姪が聖女を継げるようになるまではと頑張っているが、その前に命が尽きる可能性が高い。
ソフィアが聖女を継いだ十二歳は歴代最年少だ。当時まだ早すぎると問題になった。事実、成長しきっていない体で行った激務は、歴代のどの聖女よりも彼女の寿命を縮めることになった。
たとえレティシアが聖女になったとしても、ソフィア以上に短命で終わるだろう。そしてその短い期間で次の聖女が現れるとは限らない。今のところ聖女の素質を持つ子供は他にいないのだ。
フローレンス家の負担を減らすために王家や他の貴族にフローレンスの血を取り込んできたが、なぜかフローレンス家以外から聖女は誕生したことはない。
代を重ねるごとに、聖女の素質を持つ者の数は減り続けた。
レティシアの次の聖女が都合よく生まれて来る可能性は限りなく低い。
もしかしたら、レティシアが間に合うかもしれない。
もしかしたら、レティシアの次の聖女が現れるかもしれない。
上手くいけばそれでギリギリ国を維持できるかもしれない。
だが、この国が存続する可能性は奇跡のように低く、その一方でソフィアは、レティシアは、その次の聖女となる誰かは確実に寿命を大きく削ることになる。
そして、聖女を犠牲にして国を延命したところで、根本原因である怨霊に対する手段は存在しない。
この国はソフィアが聖女になった時から――いや先住民を虐殺して建国した時から滅びる運命だったのだろう。
「だったらせめてソフィアさんだけでも助けた方がお得じゃない!?」
おどけたように言うバートレット嬢だが、我々は別に私情だけで事を起こしたわけではない。
「いずれにしても、この国は滅びる。この半年間が勝負だ。全ての国民を速やかに、なるべく混乱なく避難させるのだ!」
聖女が突然亡くなれば政府も混乱して対応が後手に回ってしまうだろう。
だが、事前に計画を立てて聖女を追い出せば、後は事前の計画に従って避難を始めるだけだ。
「既に始めています。諜報部が一ヶ月前より『殿下が浮気をして聖女様と不仲』という噂を流しております。聖女様の出国に合わせて、『殿下が無実の聖女様を追い出した』という噂を流す手はずになっています。」
「ぐっ……、改めて聞くとくるものがあるな。」
そのように振舞ったのだから正しい噂なのだが……我ながら最低な男だな。
「止めますか?」
「いや、続けろ。悪評は全て王家が引き受ける。」
どのみち国を滅ぼした愚者として歴史に悪名を刻むことは確定している。醜聞の一つや二つ加わったところでどうということはない。
「承りました。聡い者は噂を聞いて自主的に避難を始めるでしょう。後は状況を見ながら段階的に噂と発表で情報を流して自主避難を促します。」
「そして、結界が綻び始めたら国軍を出して残った国民を強制退去。近衛騎士には溢れ出る死霊への対処をしてもらう。この日のために集めた聖属性の武器が活躍するな。」
国軍には民の避難誘導と護衛を任せるが、王族を守る近衛騎士には国に留まってもらう。死霊を押しとどめるために、怨霊の最大の標的であろう我ら王族と共に。
「バートレット嬢は早々に領地に戻り、国外に脱出すると良い。民を導くのも貴族の役目だ。」
「いいえ、その役割は兄上に任せてまいりました。私は、『真の聖女』として最後までお供させていただきます。」
「……そうか、助かる。」
言外に不退転の決意を見せるバートレット嬢に、説得を諦めた。
「それにソフィアさんにも、国のために命をかける者を、ただ見ているだけしかできない気持を味わっていただきたいじゃないですか。」
そうだった。ソフィアは聖女の使命に必死なあまり、周囲で彼女を見ている者の気持ちに気が付かなかった。だからあのような茶番劇に簡単に引っかかったのだ。
彼女の身を案じる者は多い。
「辛辣だな。」
「私、悪役令嬢ですから。」
ソフィアは知らないだろうが、バートレット嬢は国を滅ぼしてでも彼女を解放しろと主張した一人だ。
さあ、全ての準備は整った。
愛する者を守るため、
この国に終わりを告げよう。
追放されてざまぁ展開になる物語は、悪役側が頭悪すぎる! と思うことがよくありました(それはそれで面白いのですが)。
そこで、追放する側がしっかりと考え、よく分かったうえで行動する話を考えてみました。
結果として、全て承知の上、覚悟の上で行動しているのでざまぁ展開は無理。そして、追放された聖女の影が薄くなってしまいました。
追放した側の物語になってしまったのだから仕方がありません。
恋愛要素がほとんど無いためハイファンタジーにしておきましたが、これはこれで愛の物語なのではないかと思っています。