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鈍色レメゲトン  作者: 畑中真比古
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火室馨①

 曇天の下に広がる廃墟群。電柱は憂鬱そうに俯いて電線をたれ下げ、道路からは慎ましくも逞しい雑草があちこちで顔を出して、辛気臭いコンクリートを原初の緑で彩っている。


 巨人の死骸のように沈黙したビルの足元には、腐肉を貪るようにおびただしい蔦が絡みつき、この地の主人は人間ではなく我々だと主張する。


 事実、背後に鎮座する山からは、緑だけでなく猪や鹿といった獣まで街に降りてきて、自然が人間のテリトリーを押し戻そうとしているようだ。


 ここはハイランド化の波に置いていかれた槻代市つきしろし近郊の旧ベットタウン。大疫災後の槻代市への集団移住によって住民は引き上げられ、残された街の抜け殻は見向きもされず朽ちていった。こういう街はハイランド周辺に必ずと言っていいほど点在し、隙間街クレパスと呼ばれている。


 そんな荒廃した街の旧市営住宅の一室に、仮初の根城を構えている不埒な3人組がいた。ハイランドの光に漏れた影の街。その暗がりに潜む者にろくな者はいない。


「おい、何日こんなところに引きこもってるつもりだよ」


 割れたガラスや壊れた家電が散乱する室内で、炎を操るトカゲこと火室馨ひむろかおるは不機嫌そうにひびの入った床を槍の柄で打ち据えた。


「まー待て。別に獲物が逃げるわけじゃない」


 たちばなはスパイアプリから転送されるターゲットの位置をトロメア上に投射した。


「逃げるどころか閉じ籠ってしまったけどな。決めただろ、今は様子見だ」


 そう諭す橘の声も心なしか苛立っている。まさかあの夜しくじるなんて思っていなかった。そのせいで風太ふうたとクロはモノリスに保護されて、白狩背しらかせよりも手を出し辛い状況になってしまった。


「でもぉ、その間に『条理の胚胎はいたい』、グリモア化されちゃうかもよぉ」


 闇夜のような黒髪に紺色のメッシュが差し込んだロングヘアの女が、割れた窓から外を覗いている。頬杖をつき気怠そうに薄ら笑いを浮かべた。白狩背でモノリスを散々苦しめた死人使い──天辻美羽あまつじみうだ。


「それはない。……多分、風太がさせない」


 橘は耳からいくつもピアスをぶら下げた窓辺の美羽に言った。美羽は顔を室内に戻して、泣きぼくろのある目元をイタズラっぽく歪めた。八重歯が挑発的にのぞいている。


「あはっ、信頼してるんだぁ」

「うるさい。……それにまだ大帯おおたらしが胚胎だと決まったわけじゃない」

「んじゃいったん引き上げたらどうだ。こんままあてもなくここにいるなんざ、馬鹿みてえじゃねえか」


 これと言った打開策も見出せずいたずらに時間を浪費する橘に対して、火室は苛立ちを隠そうともしない。そもそもこの仮宿が気に食わない。狭くて汚い市営住宅は、火室に嫌でも貧しかった少年時代を思い出させた。


(しかも間取りまでそっくりそのままときたもんだ。クソッタレ)


 火室家は代々トカゲのDNAが色濃く外見に現れるリュカオンの家系だった。ナノン中心にデザインされた社会では、ヒューム同様リュカオンの肩身は狭い。


 特に火室のように外見が動物に近い者はケモノと呼ばれて中傷されることもざらで、社会的な立場は極端に弱かった。


「あてがないわけじゃないさ。このクレパスの裏手にある山はかつての神体山しんたいさんだ。その影響でここら一帯は祟り神の出現率が高い」


 人類から忘れ去られた願いの結晶――神の居場所は、すでにハイランドには残されていなかった。ヒュームの隠れ里や廃村、かつての信仰の地に彼らは取り残されてしまっていた。


 しかし白狩背のそれらが運命を受け入れ、静かに消えゆくのを待っていたように、全ての神がそうとは限らない。


 新たな信仰の地を求めて彷徨う神や、人の畏怖を得るために自分の存在を誇示して暴れる神もいる。そうするうちに自我を亡くし、ただ存在し続けたいという怨念に囚われた祟り神、あるいは魔性トークンと呼ばれるものへと成り下がるのだ。


「祟り神どもは人が集まって暮らすハイランドに引き寄せられる。光に群がる虫みたいにな。祟り神が現れたら必ずモノリスも出張ってくる」


 ちょうどこのクレパスは、神体山――神が宿っているとされる山と槻代市の対角線上にあった。


「出るかわからねえ祟り神を頼りに、それに釣られるかもわからねえモノリスを待とうってか」


 火室は鼻で笑った。しかもそこに今回のターゲット、風太やクロがいるなんて、どれだけ幸せなオツムをしていればそんな都合のいい推測ができるのだろうか。


「ここでグダるよりもよ、『越境者えっきょうしゃ』様のお力でも借りて、とっとと攻めちまったらどうよ。どうせどっかから見張られてんだろ? あいつならモノリス支部のひとつくれえ、わけねえはずだ」

「ふざけるなっ。……それこそあてになんてしてたまるか」


 自分の失敗を取り戻しにきたのに、手柄を横取りされるなんてたまらない。これ以上、黄昏内で自分の立場が悪くなるのはなんとしても避けたかった。


「少なくとも風太は絶対来るさ。俺のこと、殺したいほど恨んでるからな」


 橘はそう言いながら、あの夜自分に向けられた殺意を思い出した。まさか虚弱体質で運動の補佐をしてあげていた子どもからあんな圧力を感じるとは。自分がそうしたくせに、本当に白狩背は壊れてしまったんだと確信した夜だった。


「あと3日だ。あと3日待ってやつらが来なかったら、俺は降りるぜ」


 火室はそう言って部屋から出て行こうとした。


「おい、どこ行くんだ」

「今夜の晩飯を調達しに行くんだよ。文句あんのか?」

 とにかくこの部屋は火室を必要以上に苛つかせるのだ。橘をひと睨みして火室は行ってしまった。

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